19.よるのとばりとともに、おうこくぐんきたる。
「今回だって……最初はキョドってたもんなあ、みんな」
「マルガが一喝してくれたから、正気に戻った」
「そう。
それ、いえる」
「そっからは、ほとんどマルガの独り舞台だったね」
「次は……わたしらも、頑張らないと……」
「冷静に、迅速に……」
「必要な、指示を……」
「……ねー。
閉じこめたイナゴ、どうする?」
「ルリーカさんの隔壁がどれくらい保つのか、確認して……」
「それより、残った虫除け、片っ端から火をつけて、転移魔法で隔壁の中に放り込まない?」
「「「「「……あっ!」」」」」
「それは、もうちょい休憩したら、ルリーカちゃんやリンナさんと相談しよう」
「そうしよう」
「今回は大量発生の源流、まだ確認できてないんだよね。
前回と違って……」
「そうだね。
それも、調査しないと……」
迷宮内、閉鎖区域。
「……あはははははははは……」
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
「……あはははははははは……」
「よう、吸血鬼」
「なに? 人狼のおじさん」
「虫の生き血なんざ浴びて、面白いもんか?」
「面白い、面白くない以前に……すっごく、気持ちいい!
だって、わたしぃ……吸血鬼だもん!」
「駄目だ、こいつ……本格的にいかれてやがる。
以前から、まともでなかったことは確かなんだが……今は、もっと別の……。
そう、なんか、前までとは別種の毒気を感じる……」
「……なーにー?
心配してくれるわけぇ?
人狼のおじさん!」
「心配なんざするもんか!
ただ、なあ……。
前々からお前の匂いは気にくわなかったが……今のお前の匂いは、もっと気に食わねえんだ。
あまりにもまずそうで……今にも反吐がでらあ!
いったい……なにがお前をそんな風に壊しちまったのか……。
だいたいよう。
お前、あの塔の魔女直々に、ヒトには逆らえない呪いをかけられてたはずだろ?
それが、いきなりおれをそそのかすようなこといいはじめたのが、まずもっておかしいし……。
あの魔女の呪いを解けるやつなんて……。
いや、まてよ。
今までの呪いはそのままに……さらに別種の呪いを、重ねがけされたのか?
それなら……ここまでまずそうな匂いになっているのも、納得がいく。
だが……いったい、誰が……」
「さっきから、なにわけがわからないこといっているぉ。
人狼のおじさん。
それよりも、さあ。
こんなことになっているのに、いつまでたっても誰も助けにこないねー……」
「……今日は仕事でではなく、気晴らしのために迷宮にはいったからな。
冒険者カードは外に置いてきたし、おれが迷宮に潜っていることを知っているやつもいやしねえ。
ま、ゆっくり待ってりゃ、そのうち誰かが来るさ。誰も来なかったら、自分ででていくしな」
「ふーん」
王国軍、将校用馬車内。
「んふふ」
「ふはは」
「ふふふふふふふふふふふふ」
「はははははははははははは」
「「おかしい」」
「王国軍到着のお祝いに、ちょいとバランスを崩してやれば……」
「あっという間に瓦解するかと思ったけど、意外や意外、あっさりと持ちこたえてくれたねえ」
「しかも、死者なし」
「そう、死者なし」
「だけど、モンスターはいっぱい死んだから」
「「迷宮の魔力はさらに増大した!」」
「わたしたち魔法使いにとっては、」
「ぼくたち魔法使いにとっては、」
「「さらに居心地のいい場所となった」」
「意外といえば、あの人狼」
「仕掛けた罠にはかからずに」
「「傀儡の毒を見抜いたとさ」」
「ふふふふふふふふふふふふ」
「はははははははははははは」
「「あの迷宮は、意外なことばかりだ」」
「予想外に、多くの死者に出迎えられることはなかったけど」
「そう。
いよいよ!」
「「わが王国軍があの町に着く!」」
町外れ、雪原。
「……ギリスさん、来ました!」
「あれが……」
「小隊長、見えました」
「おう、こっちも見えてるよう」
「……どこまでもどこまでも続く、人、人、人……」
「荷物を満載した橇、将校用の豪奢な馬車……」
「地平線まで埋め尽くす隊列……」
「五万人って……こんなに大勢だったんですね……」
「あれが……」
「はっはぁっ!
こうして外から改めてみてみると、いやー、でかいねー!
……わが本隊はっ!」
「あれが……王国迷宮派遣軍……」
商人宿、飼い葉桶亭前。
「……ん?
おぅ。
ついに、着いたのか……。
よりにもって、おれの定宿の真ん前にがーっと広がってなさる。
王国軍の天幕がよ!
はっ。
さて、こいつらは……おれの、ギルドの、敵か味方か……。
……。
それはさておき……。
疲れたから、寝よ」
王国軍司令部。
「ついに、到着しましたね。
みなさん、今宵はしっかり休んで、明日からの仕事に備えてください。
兵たちも、最小限の歩哨のみを残し、全員、休まれるように。
交代での休日は、明日からとします。
われわれ幕僚は……役場や冒険者ギルドとの交渉、周辺地域の測量、この町の経済構造の調査、迷宮探索事業の検分……そして、今後の計画の確認と見直し!
忙しくなりますよう!
明日からこそが、本番です!」
「ヘレドラリク卿……」
「はい?
ああ、彼ですか……。
そういえば、休暇をとっていたんでしたね……。
よろしい。
すみませんが、誰か、彼のおはなしを真摯に聞いてあげてください。その上で、もし、われわれが知らない新事実が彼のはなしに含まれているようなら、報告書にまとめて提出のこと。
ええ。
彼のようなタイプはね、自分自身で報告書をしたためるのを嫌うんですよ。
お手数ですが、彼のようなタイプをフォローするのもわれわれのお仕事と割り切って、お願いします」
ギルド本部。
「……大量発生……。
よりによって、こんな日に……」
「ギリスさん、冷静に。
今回も、ロストなしで切り抜けられました。
迷宮詰めの事務員たちも、冒険者の方々も、反省点はあるものの、みなさん、よくやってくれました」
「では、報告書は……」
「あとでも、よろしいかと。
どのみち、明日からまたしばらくは後始末に奔走することになりますし……今日の報告書も、いやでもこれから、何度でも目を通すことになるかと……」
「ですね。
今のうちに、急いで読む必要性も、ありませんね……。
それよりこっちは……あの巨大な王国軍とこれから正面からぶつかって交渉しないければならないかと思うと……」
「プレッシャーが、ですか?」
「もちろん、それはありますけど……それ以上に、今では、あの迷宮にかかわっているみなさんのためにも、気を抜けないと思ってしまいます。
冒険者も、ギルドの職員も……それぞれの職場で、最善を尽くしているんです。
わたしだけが楽をしてていいわけがありません」
「それではこの報告書はこのフェリスが重要な部分のみを抜粋して読みやすい形になおしておきます」
「頼みます。
でも、元の報告書も参照できるように、同封しておいてくださいね」
「もちろんです。
ギリスさんのお仕事を軽減するために、フェリスはここにいるのですから」
「フェリスさんも……早く育って、わたしにもっと楽をさせてくださいね」
「あとのことは、このフェリスにおまかせください。
明日は重要な交渉の日、ギリスさんはもうお帰りになって、早めにおやすみください」