14.おうこくぐんとちゃくぜんや。
「……以上で、当教練所を一通り、ご覧になっていただいたわけであるのだが……ご満足いただけただろうか?」
「いやあ、もう。
満足っつうか、満腹っつうか……なあ」
「ええ。
予想以上のものでした。
おなか、いっぱいいっぱいです」
「そうか。空腹でないのか。
ちょうど時間もいい頃合いだし、フェリスに食堂まで案内させようと思ったのだが……」
「食堂? ……ですか?
そんなものまで……」
「あるぞ。
食堂も、風呂も、宿舎も。
ここにくる新人たちは迷宮内で共同生活をしているようなものだ。
ほう、興味がおありか?
では、フェリス。
一通り、案内して差し上げろ!」
「おい……今日のあれ見て、どう思ったよ」
「打ちのめされましたね。
その……格差に……」
「軍の野営とあの宿舎を比べるのは酷ってもんだが……それを除いたって、なあ」
「つまり、あそこでは……ずぶの素人に、王国の下士官並の戦闘能力、王国の士官並の状況判断応力、王国の衛生兵以上の応急処置能力まで教え込んでから、迷宮に送り込んでいるわけで……」
「ここの冒険者ってのは、新人でさえ、そのレベルってわけだ。
じゃあ……年期が入ったベテランだと……ははっ。
いったい、どんくらい、いくんだろうなぁ? おい……」
「……こーんなでかいクマでも、一人で狩れるわけですよね」
「まったくだ。
まあ、それはそれとして……。
もっと驚くのは……聞けば、あの修練所はできてからまだ半年もたっていない、ってはなしじゃないか」
「それどころか……ギルド本来の仕事を休まず、泥縄の片手間で作って、あれですよ!」
「どんだけ人材に恵まれているんだよ、このギルドっ!
ってはなしだよなあ、おい!」
「侮れない……どころじゃ、ないですね」
「ああ。
あの教練所を作ったやつら全員、今すぐ王都にご招待申し上げて今の士官学校教官と総入れ替えにしたいくらいだ!」
「……はぁ。
そりゃ……あんな教本くらい、軽く用意できるわけですね……」
「……ああ。
今にして思えば、ありゃあ……ここのレベルの、ごく一端をしめしただけのものだったんだなあ……」
「なんか、もう、帝国の援助を受けているのかどうかなんて、どうでもよくなってきましたよ」
「受けていてもいなくても、ここのギルドが凄ぇってことには変わらんしな」
「……明日か明後日には、本隊が到着するんですよね?
……どう、報告しますか?」
「どうもなにも、みたまんま、聞いたまんまを伝えるだけに決まってんだろ。
どうせ……そんときには、やつら自身の目と耳で、ここの状況を確認できるわけだからな!」
「それも、そうですね」
「参謀やら幕僚やら、後方で偉そうにしているやつらの、目玉をひん剥いて驚く顔が目に浮かぶぜ」
「今日は……たった一日で、いろんなことを知りすぎて……頭が重いです」
「同感。
まだ少し早い時間だが、冷静になるためにも、早めに寝るか……。
……あっ」
「どうしました?」
「あの教本、誰が書いたのか、聞くのを忘れてた!」
王国軍野営地、司令本部天幕。
「……明日の夕刻には、到着の予定、っと……。
いや、急ぐ旅ではなし、これ以上、兵たちに負担をかけない速度でお願いしますよ」
「はっ!
お言葉ですが、兵たちの方がこの旅程に飽きて、目的地にはやく着きたがっております」
「それもそうですね。
なにより、この長旅です。
到着したら、兵たちに交代で丸一日の休暇を与えてください。
なに、どうせあと何日か、忙しいのは兵たちよりもわれわれ幕僚の方ですから。
役場や冒険者ギルドに提出する書類は、そろっていますね?
会見の申し込みは、滞ることなく済んでいますね?」
「はっ!
すべて、王国府、当地領主の書状を添えた上で提出済みであります。
会見のスケジュールも、明後日以降の予定で組んであります」
「わが軍は、当地にしてみれば、呼んでもいないのに無理に乱入してきた余所者になります。
くれぐれも、地元の方々を無用に刺激することのないよう、徹底してください。
とくに明日から休暇に入る兵士たちには、町に出ても羽目を外しすぎないよう、強く指示を出しておいてください。
いよいよ明日から、司令部は次のフェーズ、外交戦仕様に移行します。
幕僚のみなさんもそのつもりで、今までに収集した資料をよく読み込んで、明日以降に備えてください」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」
王国軍野営地、一般兵士天幕。
「おい、聞いたか?
明日、現地に到着したら、交代で一日づつ休みがもらえるってよ!」
「給金の一時払いもしてくれるってよ!」
「さすがはヘレドラリク卿、はなしがわかるぜ!」
「ただ、向こうで羽目を外しすぎるなって命令もでるようだな」
「そりゃ、しかたがないだろう。
そんな命令でもなけりゃあ、酔って騒いで暴れるばかりの連中だ」
「だなあ」
「司令部にしてみりゃ、これから長居することになる地元民と、初っぱなから険悪な雰囲気にはなりたくないだろうし」
「酒が飲めればそれでいいよ、おれ」
「おれは女だな。女は、買えるのかな?」
「それなりの場所はあるだろうけど……。
ただ、小さい町だというからなあ」
「順番待ちをしているうちに、夜が明けたりしてな」
「ともあれ、これでようやく行軍生活ともおさばらだ!」
「ああ!
なんといっても、そいつがうれしいな!」
羊蹄亭。
「……王国軍は、明日の夕刻到着予定。
ギルドに打診があり、明後日の朝から会見を申し込まれました。
ギルド的には、それからが正念場ですね」
「お疲れ様です、ギリスさん。
そういえば、今朝、自称旅人の、なんだか堅気じゃなさそうなのに声をかけられて、迷宮まで案内しましたが……」
「それ、二人組の方々ですか?
おそらく、同じ方たちだと思うのですが……ギルド本部にも、見学の申し込みに来られました」
「へえ。
真っ正面から、申し込みに来たんですか。
意外にも、品行方正なんですね」
「特に、新人さんたちの教練所に興味を示されていて、ダリルさんがご案内するたびに、いちいち、驚きの声をあげていたようです。
時期が時期ですし、おそらく、王国軍の関係者だとは思うのですが……態度が、その、あまりにもあけっぴろげで、ギルドに探りを入れていることを隠すようでもなく、無邪気で……」
「つまり、通常の、間諜っぽくない?」
「そう、それです。
おそらく……王国軍上層部の指示で動いている人では、ないのではと……」
「かも知れませんね。
おれが迷宮まで案内したのは、どうみても素人には見えませんでしたが……同時に、身元を偽ったり極秘の任務を帯びたりすることには不向きであるようにも、見えました。
まあ、王国軍の内情も、いろいろあるんでしょう」
「つまり……彼らが、勝手に動いている、と?
うーん。
軍隊のことはよくわかりませんが、そんなことって、あるもんなんでしょうか?」
「あるのか? レニー」
「どんな組織にでも、跳ねっ返りや型にとらわれない人たちはいるものですよ。
管理する方にしてみれば、下手に押さえ込むよりも、好きに泳がせて暴発を未然に防ぐものではないでしょうか?」
「ああ。なるほど。
いわゆる、ガス抜きというやつですね。
それなら、よく理解できます」
「……なんで、おれの顔をみながらいうんですか、ギリスさん」