10.ていさつかんこう。
「……ようやく着いたぜ、目的地ぃー!」
「恥ずかしいからいきなり道ばたで叫ばないでください、小隊長」
「ったく、うるせい野郎だ。
第一、なんでお前までついてくるんだよ!
せっかく休暇を取って羽を伸ばせると思ったのに!」
「小隊長を野放しにするとなにをしでかすかわかりませんからね」
「お?
それは、あれか?
心配とかしてくれてんの?」
「まさか。
どうせ、小隊長がなにかしでかしたとき、尻拭いの動員されるのはうちの小隊なんですから、できるだけ被害を小さくするために自主的に同行しているだけですよ。
いわゆる、お目つけ役ってやつですね」
「あー、そうかいそうかい。
聞いた俺様が悪かったよ。
しかしまあ……思ったよりも、小さな……典型的な、鄙びた田舎町って風情だなあ」
「その割には、人通りが多いようですが。
なんか、変わった服を着ている人、多くないですか? 最近の流行ですかね?」
「あんな、のっぺりしたのがか?
確かに、動きやすそうではあるが……」
「小隊長。
いつまでも町外れに立っていても仕方がしかたがありません。どこかに移動しましょう」
「とはいっても……こちとら、土地勘がないからなあ……。
お。
そこの宿屋から誰か出てきた。あの人にでも声をかけてみるか。
おーい、そこの人ぉ!
ちょっといいですかぁ?」
「あの方、変わった耳の形をしていますね?」
「異族ってやつかな? こんな田舎では珍しいけど……。
ややや。どうもどうも。
おれたちゃ、たった今この町に着いたばかりの旅人でしてね。
できれば、迷宮への行き方なんかをお教えして欲しいかなあ、って……」
「……へぇ。
旅人さんっすか?
こんななにもない、小さな町に来る旅人さんも、珍しいですね。
迷宮……目当て、なわけですか。
ええ。
ちょうどおれも迷宮にいくところですから、よければご一緒しましょう」
「やや、これは奇遇ですな。
それでは、是非とも同道お願いますわ」
「同道いっても、ここから歩いても、そんなにかからないんですけどね。
なにせ、小さな町ですから。
しかし、まあ……迷宮、か。
外では、迷宮に興味を持つ人が増えているんですか? 確かにこの町には、それ以外、なにもないような辺地ですが……」
「有名っつうか、なんつうか。
俺様の場合、ちょっとわけがありまして……」
「わけ……ですか。
失礼ですが、学者さんのようにも見えませんが」
「学者ぁ? いえいえ。
休暇を有効に活用したいだけの観光客です、はい」
「ああ、なるほど。
こんななんにもないところでいきなり何日か時間が出来て、噂に聞く迷宮というやつを見に来たとか、そんなところですか」
「そうそう。まさしく、そんなところです。
ところで、道行く人たちが全体に同じ方向に流れているようですが……」
「ええ。
目的地はおれたちと同じ、迷宮ですね。
今では、この町の主要産業です」
「迷宮が主要産業?
と、おっしゃいますと……兄さんも迷宮にお勤めで」
「そうっす。
まあ、ときおり別口の仕事で出張なんかもしていますが、基本的には迷宮で働いています」
「余所者ゆえご当地の事情に暗いので、失礼を承知であえておたずねいたしますが……迷宮とは、仕事になるようなものなのですか?」
「金にはなりますね。
モンスターを狩る冒険者、狩ったモンスターを加工する者、それを売る者、冒険者のサポートをする者……仕切っているのは、だいたい、冒険者ギルドになりますが……まあ、迷宮のおかげでこの町は、現状、大いに潤っているわけで……」
「なるほどねえ。
そいつは、また……実際に来てみなければ、想像もできない世界ですなあ」
「そうかも知れませんね。
ここに暮らして働いているおれたちにとっては、それが当然なんでなんとも思いませんが……外の方からしたら、予想できないかも知れません」
「あっ。
そこが、迷宮の入り口になります」
「おお。
人ごみでごったがえしてるわ」
「朝のこの時間だと、ちょうど通勤ラッシュにあたりますね」
「ところで兄さん、迷宮の中へは勝手に入ってもよろしいんでしょうか?」
「特に禁止さえていませんし、入り口付近でしたらさして危険もないと思われますが……。
ギルドで冒険者の登録をしていない方には、あまりおすすめできません。
誇張でも脅しでもなく、命に関わります。
でも……この入り口付近だけでも外の方にとって物珍しいものが多いでしょうし、売店では他では手に入らない珍しい物品いろいろ売っていますので、それなりに暇を潰せると思います。
それじゃあ、おれ、これから仕事がありますんで……」
「……あー、いっちまったよ。
あれ?
あの兄さん、冒険者ギルドの受付に並んでら……。
小柄で細っこいから全然強そうにみえなかったが、どうやらあれで冒険者だったらしい……。
ふんふん。
あの受付で、なんか指示書みたいなのを貰って……ああ! 転移魔法陣だとぉ! それも、あんなにたくさん!
ここのギルドは常駐の魔法使いをあれほど雇えるほど、豊かなのか?」
「ギルドは魔法使いを数えるほどしか抱えておりませんお客様」
「……へ?
ああ? 木彫りの人形が……しゃべっているだぁ?」
「当地へははじめてご来訪でございますねお客様あれら多数の転移魔法陣は迷宮内に充満する魔力によって稼働しております外部から魔力を供給する構造ゆえ正確な術式を記述できれば迷宮内においては何者でも魔法を使用可能です現にあれらの魔法陣のうちのいくつかはわたくし自身が書いたものですし売店には迷宮内限定で誰でも使用できる魔法札がお手ごろ価格で販売中でございます」
「お、おう……。
そういう……ことか。
あんたが何者かは知らないが、そのへんの事情はよく飲み込めた。
わざわざご親切に解説してくれてありがとうよ」
「いえいえこの程度のこと当地の者なら子どもでも知っていることなのでわざわざお礼には及びませんお客様それからわたくしのことはどうかきぼりんとお呼びくださいそれではわたくしもこのあとなさねばならないお仕事がございますのでこのへんで失礼させていただきます」
「……小隊長」
「……ああ?」
「木彫りの人形がメイド服着てしゃべってましたね」
「ああ」
「ここでは、あれが普通なんですかね?」
「おれに聞くな」
「……冒険者たちが転移陣で出勤していって、かなり人が少なくなってきたなあ。
ちょっと、周辺をぶらりと回ってみるか……。
ん?
あっちの方で、大きなテーブルに身を乗り出してる女の子が……ありゃ、なにやってんだ?
ちょいといって確かめてくるか……」
「……ふーん。
なるほどなるほど。
このやたらでかい紙にごちゃごちゃーっと書かれているのは、あれか。迷宮の地図ってやつか……。
こりゃあ、思ったよりも……複雑怪奇な代物だなあ。こんな迷路を進軍する作戦を考えろなんて要求したら、参謀本部の連中も集団で知恵熱出すレベルだぞ、これは……」
「小隊長……あの少女は、どうやら……先ほどから、迷宮の地図に矢印を書いているようですが……」
「ああ、おそらく……人員だか物資だかしらねえが、とにかく……迷宮内の出入りをここで一気に仕切っているんだろうよ」
「あの少女一人で、ですか?」
「こんな複雑な経路、何人かで分担したら、かえって混乱して間違えが多くなるるわ。
ヘレドラリク卿がこの娘のことを知ったら、かなりの高給を提示して召し抱えようとするだろうな。
これだけそばでしゃべくっても気がつくどころか顔を上げもしねえ。
その集中力も含めて……かなりの上玉じゃねーか」




