7.るーきー。
教官詰め所。
「……あん?
なんだ、この成績……。
なにかの間違いじゃあ……」
「な、ない、ようで……わ、わたしもこの目で……」
「兄貴は、自分の目で確認している、といっている。
おれもこの目でみた」
「筋力は……まあ、この年頃の女子としては、平均よりもやや上、程度。騒ぐほどの数字ではない。
だが……この走力と反射速度は……」
「……下手をすると、シナクどのに迫る勢いではないのか?」
「ダリル教官も、そう思われますか?」
「武芸も……一通り、やるようですな。
特に弓と槍の扱いに、たけている。
本人の弁によると、騎乗でならもっとうまく扱えるそうだ」
「騎乗で、だって?
じゃあ、どこぞのいいとこの出なのか?」
「そうだな。
なにせ、姓があるくらいだし……」
「なんて名前だ?」
「なんだか、長ったらしい……。
ええっと……シュフェルリティリウス・シャルファフィアナ」
「……ん?」
「シャルファ……っての、どっかで聞いたことがないか?」
「ああ。
それ、おれも思った」
「馬鹿だなあ、お前ら。
シャルファフィアナ、っていったら、ほれ、帝統の……え?」
「「「「「「「「「「……えええええええ!!!!」」」」」」」」」」
迷宮内女性用宿舎。
「戦闘能力: Aランク、
移動効率: Aランク、
俊敏性: Aランク、
いやあ、すごい成績ですねえ。
このフェリス、感服いたしました」
「ふむ!
苦しゅうない!」
「ティリ様は、宿舎のご利用をご希望なのですね?」
「ふむ!
横になれれば子細は問わん!」
「では、ここからはロディ教官の担当となります。
今、ロディ教官を呼んできますので、しばしお待ちください。
ロディ教官ー!
ロディ教官はいらっしゃいませんかー!」
「はいはーい。
って、あれ? 珍しいね。
本部内勤のフェリスちゃんがこんなところまで出張るなんて、珍しくない?」
「本日は期待のルーキーをご案内してきました!
宿舎の利用を希望していらっしゃるので、ご案内をお願いします。
くれぐれも、粗相のないように!」
「……なんで無駄にえらそうにしているかな、この子は……。
そこがうざかわいいところでもあるんだけど……。
どれどれ、っと……げっ!
なに、この成績!
あちゃあー。
明日から、教官たちで取り合いになるなあ、この子………。
ここの教官たちって、ちょっと骨がありそうなのみると、とたんに戦いたがるからなあ……。
……わたしもだけど。
ああ。
はーい、どうもどうも。
わたしの名はロディ。
いちおー、宿舎の管理を担当している教官ってことになる。
あんまり気張らないで接してくれると、こちらとしてはありがたいかな?」
「ふむ!
苦しゅうない!」
「……この子も、微妙にずれているっぽいな……。
まあ、いいや。
ざっと宿舎の施設を案内がてら、簡単に使い方やルールの説明なんかもしちゃおうかねー……」
商人宿、飼い葉桶亭。
「……現実逃避、終了。
もう……すっかり、日は落ちているな。
今頃……あのお姫様の噂があたりに蔓延している頃合いだろう。
さて、っと……。
いつまでふて寝していても、埒があかねえ。
例によって、マスターのところに……」
羊蹄亭。
「おおー。
ひさしぶりに来てみたけど、いつになく盛況だなあ」
「おい、シナク。
こっちこっち……」
「……あん?
なんだ、マスター。
カウンターの中に手招きなんかして……」
「おい!
こら、シナク!
おまえ、いったい今度はなにをやりやがった!」
「なにを、って、特になにも……。
って、マスター。
そのいい方はひでえなあ。
なんだかおれがいつも、裏でこそこそ悪巧みをしているみたいじゃないか」
「たいして変わらねーだろ。
おれだって別に、客のプライバシーに口を挟みたくはねーが、おい……。
見てみろよ。
こっちには、教官の方々。
あっちには、ギルド事務員ご一行。
そこには、ルリーカと剣聖様夫妻にレニーとコニス、リンナの冒険者たち。
さらに、こっちには帝国の官吏様とその配下のお役人、リリス博士とその同僚数名」
「商売繁盛で、結構なことだ」
「それだけですめばいいんだがな。
で、その中心にいる美少女が……」
「あっ」
「……シナク。
やはり、おまえの関係者か」
「ああ。
関係者っていえば、関係者といえないこともないっぽい」
「どっちなんだよ」
「限りなく他人に近い関係者。
なにせ、初めて顔を合わせたのが数日前。
それまでは、その存在すら知らなかった」
「……」
「本当だよ」
「で、問題は、だ。
シナク。
あの子がな、シナク、おまえさんのことを、とても大事な人だといい続けている」
「イヤア、ボク、ジョセイウンノワルサニダケハジシンガアルカラ。
ハハハハハハ」
「シナク。
棒読みになっても、事態は好転しないぞ」
「……レニーとコニスがいるんなら、ある程度、事情は伝わっているはずだけどな。
ま、マスター。
心配してくれてありがたいけど、マジでおれ、別にやましいことはなにもしていないから。
ただ……その、すっげぇ、面倒くさいことになっていることは、否定できないけんどな。
んじゃ、ちょっくらいってくるわ」
「シナク……。
骨は、拾ってやるからな……」
「やあやあ、みなさん。お揃いで。
こんばんはこんばんは」
「シナクさん!
これはいったいどういうことなのですか!
この高貴な方は、シナクさんは他人ではないと先ほどから申しているのですが!」
「おお、フェリスか。
何日か見なかったけど、元気にしてたか?」
「シナクさん!
このお方とどういうご関係ですか!」
「どういうご関係といわれても、限りなく他人近い知り合いとしか……」
「このシナクとわらわとは、同じ精神の紐帯を共有する縁者のようなものじゃ」
「……」
「……」
「うん。
過剰に装飾的な表現を廃して事実関係のみを述べると……。
どうやらこの子、おれの育ての親の、姪ごさんにあたる方、らしい。
つまり、限りなく他人に近い……」
「同じ精神の紐帯を共有する……」
「シナクさん、シナクさん。
お気持ちは、わかりますが……ようするに、このティリ様は、シナクさんにつれなくされると、顔を伯父上との絆を否定されたみたく感じてしまうわけですよ」
「……はぁ。
もう、同じ精神の紐帯を共有するナントカで、いいや。
実際にはじめて顔を合わせたのは、ほんの数日前で……それまでは、顔も見たことがなかったんだけど……」
「フェリス、気になることがあります」
「……また、うざいのが……。
なんだ、いってみろ」
「それまで面識がない、とおっしゃるわりには……ティリ様の成績を見ると、あっ、既視感が……」
「だから、無駄に回りくどい言い方やめろって」
「いえ、パラメータの偏り方に見覚えがあるなーって、よくよく思い返してみたら、シナクさんの偏り具合に酷似していることを思い出したわけです。
ただ、シナクさんはティリ様以上……」
「よーくわかった!」
「なんですか、シナクさん。
いきなり大声をあげて……」
「おまえのいいたいことは、よーくわかったぞ、フェリス。
おれのとティリ様の能力が、似た感じに変調しているのは、別に不思議なことではない。
おれはティリ様の伯父上に、ティリの一族に伝わる養育方法で育てられた。
ティリ様も、同じ養育方法で育てられた。
結果、似たような能力を獲得したとしても、別段、不思議なことではないだろう?」