5.ほうとうこうじょ、とりあつかいちゅうい。
「冒険者のシナクよ、なぜに驚くことがあろうか。
おぬしの養父、伯父上のひそみにならったまでのことじゃぞ」
「それとこれとは、問題が……。
あー。
もう、この、はなしの通じなさ……。
確かにこの子、あのじじいの血縁者だよ!」
「おう、それそれ。
周囲の者たちもの、親族の中でわらわが一番、伯父上に似ておいでですね、と、世辞をいうての……」
「それ、皮肉だから!
絶対、皮肉だから!」
「……ねーねー、レニーくん。
初対面からいくらもしない皇女様に、ここまで遠慮なしのつっこみをいれられる人って……」
「ええ。
シナクさんくらいなものでしょうね」
「……はー。
なんだか……今ので、すとんと腑に落ちたってえか……。
皇女だかなんだか知らないが、確かにこの子、あのじじいの関係者だわ……」
「……あー、シナクさん。
積もるはなしもおありでしょうが、姫様、ティリ様も長旅でお疲れのご様子。
ひとまずはお風呂にでも入っていただいて一息入れ、続きはそれからということで……」
「む! 風呂か! 風呂はいいな!」
「ティリ様。
湯はすでに整っているはずですから、先におつかりください。
その間に宿の者にいって、なにか食べるものを用意させます」
「そうだな! 歓談に飲食はつきものだ!
だが、まずは風呂だ! さて、たっぷりの湯を使えるのは、いったいつぶりになるのかのう!」
「……いったか。
おい、レニー。
おれ……どうすればいいと思う?」
「あー……。
まずは、あの町に急行。
その後、ありのままを書いて、その文を、レキハナ官吏に託しましょう」
「うてる手は、それくらいしかないか……。
あの人くらいしか、帝国の関係者で信用できる人っていないもんな……。
レニー……おれ、帝国に捕まったり罰せられるってことは、ないよな……」
「シナクさん、なにもしてないじゃないですか」
「そりゃ、そうなんだが……。
あのティリ様がこんな無謀な家出旅行をあえて敢行したのは、そもそもおれの存在が原因なわけで……」
「シナクさんらしくもない。
そもそも、シナクさんの養父に当たる方の出自は、公には認められていないわけですから、どんな罪にも問えませんよ」
「そっかぁ。
そういうことに、なるのかぁ……。
ところで、あのティリ様は……」
「当面、われわれが面倒をみるより他、ないでしょうね」
「……だよなあ。
おれ……すっげぇ、いやな予感がしているんだけど……」
「奇遇ですね。
ぼくもです」
「まさかこの宿に、一人、ティリ様を置いて、おれたちだけ帰るってわけにもいかないから……」
「ええ。
ぼくたち四人、そろって帰ることになりますね」
「そこには、あの迷宮があるわけだ」
「ぼくらが帰るまでにあの迷宮が消えてなければ、そうなります。
いえ、つまらない冗談です」
「レニーよう。
あの迷宮を目の前にして……さっきのティリ様が、おとなしく帝国に帰ると思う?」
「まことに遺憾なことながら、シナクさん。
あのティリ様なら、目を輝かせて迷宮に挑戦するのではないかと予想されます」
「それ……なんとか、避けられないものかな?」
「避ける方法を……思いつけると、いいですね」
「「……はぁ……」」
「なんだい、なんだい、二人とも!
今、宿の人にごちそうを部屋にもってくるよう頼んだから、くよくよ考えるのは後回しにして、まずは腹ごしらえをしようじゃないかね!
腹が減ってはいくさができぬ、よい思案も浮かばないというものだよ!」
「コニス。
おまえの脳天気さがこれほどうらやましく思えたのは、これがはじめてだ」
「シ、シナクくん!
な、なんだか褒められた気がしないよ!」
「うむ! 馳走であった! よい風呂であった!」
「いえいえ。
食べ物の用意も、さきほど整いましたので……」
「大儀であった!」
「ああ……この無邪気さも、うらやましい」
「なにをしょんぼりとしておるのか、冒険者のシナクよ。
ようやくこのようにして出会えたのだ、今宵はこころゆくまで伯父上のことを聞かせてもらうぞ」
「ええ、ええ。
それで満足してくださるのなら、思いでばなしくらいいくらでもさせてもらいますがねー……」
「それもよろしいですが、ティリ様。
その前に、替えのお召し物なぞ、宿の者に頼んで洗わせましょうか?
今から頼めば、うまくすれば明朝には乾くと思いますが……」
「そうなのか、レニー?」
「ええ。
一定レベル以上の宿屋には、洗濯物を早く乾かすための専用の暖房室を備えているものです」
「へー。
おれ、普段、安宿しか利用しないから、知らなかった」
「そうか! それはいいな!
そなたはなかなか気が利くな!
ちょっと待っておれ……では、これを……」
「コニスちゃん」
「はいな!
じゃ、ちょっと頼んでくるね!」
「さて、いつまで思い悩んだところで事態が好転するわけでもなし、今宵は、大いに歓談することにいたしましょう」
「……それもそうか。
悩んで解決するんなら、いくらでも悩むところだが……そういう問題でもないからな」
「なんだかよくわからぬが、これも何かの縁じゃ。
なんぞ悩ましい事柄があるのなら、このティリにはなしてみるとよい!」
「謹んで、ご遠慮させていただきます。
ティリ様」
「なんじゃ、つまらん。水くさい」
「それよりもティリ様。
帝国人のお口にあいますかどうかわかりませんが、みなで食卓を囲むことにいたしましょう……」
「うむ! よきにはからえ!」
「ほう。
では、おぬしらはこのシナクの同僚、同じ冒険者仲間ということになるのか!」
「ええ。
夫婦で、冒険者を務めております」
「わたしは武器商人でもあるけどね!」
「冒険者のう。
具体的に、なにをしているものなのかはよく知らぬが、なんとなくいい響きじゃのう」
「具体的に……まあ、今回のように、商隊の護衛とか、素人には手に負えない動植物を採取したりとか……」
「それから、迷宮に入ったりだね!」
「あっ! コニス! ……しぃーっ!」
「迷宮! 迷宮といったか!
聞き覚えがあるぞ、その名!
確か、際限なくモンスターを吐き出す、どこまでも続く迷路とか!
そんなものが……昔のはなしではなく、今現在、存在するというのか!」
「存在するもなにも、シナクくんをはじめとしたあまたの冒険者たちが、必至になって攻略している最中なんだね!」
「……あたぁー……」
「シナクさん。
遅かれ早かれ、ばれることですから……」
「さきほどからなにを小声でごちゃごちゃいっておるのか、そこの二人は」
「いえいえ。
なんでもありません。
どうか、お気になさらず」
「そうか!
では、その迷宮というやつは、この近くに存在するというのだな!」
「天候に恵まれれば、トナカイの曳く橇で三日か四日、ってところだね!」
「ふふん。
ならば、われらの足なら、せいぜい二日もあれば届こうな、シナク」
「はい?」
「聞いておらぬのか?
シナク、伯父上がおぬしに施した養育法は、帝統一族に古くから伝わるもの。とはいえ、今どき律儀にそれを実践する者は少なくなっているのも、事実なのだが……。
一気に結論をいってしまえば、シナク。
おぬしに出来ることであれば、このティリもおおかたは成し得るということじゃ」
「シナクさん並の方が、もう一人増えるわけですか……」
「これは、吉報だね!」
「……凶報の間違いじゃないのか?
この子、まじで手がつけられないぞ……」