4.ひそかにじょうりくしたものとのかいこう。
「ふふん。
お忍びで転移魔法が使えないため、えらく難儀したものだが……ようやく、ここまでたどり着いたか……。
さて、ここまでくれば、あと一息の辛抱じゃ」
港町デラルデラム、某茶店。
「ある意味……今まではなしてきた有名人たちよりも、よっぽどたちが悪いような気がしてきた。
その……数、ってやつについては」
「善悪の問題ではない上、なにが起こるのか予測がつきませんからね」
「見えざる神の手にゆだねるしかないね!」
「なんだぁ? コニス。
その、見えざる……ってのは?」
「成り行き任せにするよりほかなし、ってことですよ」
「ま、おれらがあれこれ考えたところで、どうにかなるわけでもないしな」
「なるようにしかならないよね!」
「そだな。
やめやめ。
それついては、考えたところでどうにもならん」
「ところで、シナクさん。
いつこの港町を発ちましょうか?」
「そうだな。
どうせ、あの町へいく便が乗せているのは日用品、護衛の仕事なんかあるわけはないんだから、いつでもいいんだが……。
今日一日くらいは、ここでゆっくりしていくかな……」
「すると、早めに宿泊場所を押さえておいた方がいいですね」
「んー、そだなー。
空きが見つからないようだったら、おまえら夫婦優先でな。宿が見つからないようなら、おれはそのまま出発するから。
野宿できるだけの装備は持ち歩いているしな……」
「ご心配なく。
今の時期は、どの宿もかなり空きがありますよ。陸路の往来がかなり閑散としていますからね」
「そんなもんか?」
「ええ、そんなもんです。
シナクさんも、どうせしばらく働きずめだったんでしょうから、一日くらい骨休めをしても……」
「シナク、シナクと申したか?」
「……あれ?
今、どこかでシナクくんのこと、呼んでなかった?」
「そりゃあ、ないだろう。コニス。
おれ、この町に知り合いなんていないぞ?」
「やはり、シナクと聞こえた。
この店に、シナクと申す者がいるのか?
よもや、同名ということも……」
「……ほら、あっちの子が、なんかシナクくんの名前、連呼してるけど……」
「……あん?
なにかの間違いでは……わぁっ!」
「おお! おお!
文にしたためられていた通りの尖り耳、風貌。
そして、名まで同じシナク。
ここまで合致しておれば、よもや別人ということもあるまい!
おぬしが冒険者のシナク、それに相違ないか?」
「え、ええ。
確かに、おれは、冒険者のシナクで間違いはありませんが……。
あんた……じゃないな、あなた……お嬢さんは、いったい、いずこのご令嬢で?」
「おお!
これはこれは、わらわとしたことが、この僥倖に感じ入ってろくに挨拶もせなんだ。
わが名はシュフェルリティリウス・シャルファフィアナ。
おぬし、冒険者のシナクを訪ねてわざわざ帝都より長の旅をしてきた」
「……シャルファフィアナ!」
「どうした、レニー。
おまえが大声出すなんて、珍しいな」
「シナクさん、シナクさん。
この人、帝国の……」
「さよう、皇女、ということになるな」
「……へ?」
「シナクさんにもわかりやすく、かみ砕いて説明するとですね……。
この方が、名乗っている通りの方だとすると……百以上の諸王国を束ねている帝国、その、皇女様です」
「つまり……この大陸で一番偉い一族の、娘さん?」
「多少、語弊はありますが……おおむね、その理解でよろしいかと」
「……シナクくん、レニーくん。
注目、今、わたしたち、かなり注目集めているからね!
できるだけはやく、場所を変えた方がいいかなー、なんて……」
港町デラルデラム、某高級宿屋。
「ね、シナクさん。
いったとおり、宿の部屋は簡単に取れたでしょう?」
「……そういう問題じゃねーだろ、レニー……。
どうなってんだ、この状況……」
「姫様、このようなお部屋しか用意できずに、まことに心苦しく……」
「ふふん。
苦しゅうない。
そもそも、旅費が逼迫していた関係で、野宿かもっと薄汚い木賃宿ばかり渡り歩いていたからな。
風呂つきの部屋に泊まるのは、ひさかたぶりになるのう……」
「……どういうお姫様だよ。
そもそも、この子、本当にお姫様なのか?」
「シナクさん。
前にも聞いていると思いますが、帝室の名を騙るのは死罪に相当します。
この方がそんなリスクを背負ってまで、シナクさんに突拍子もない嘘をいわねばならない理由が、思いつかないのですが……」
「よい。
その疑問、もっともである。
身の証、といっても、このようなものしか持参してはおらなんだが……」
「……どこかでみたような短剣ですね」
「柄頭に、蜘蛛と百合の紋章。
これは、前に見せてもらった、シナクくんの……」
「……ちょっと、待て……」
ごそごそ。
「そう! この短剣と同じだよ!」
「て、ことは……この子は……」
「ふふん。
冒険者のシナクよ。
わらわは、おぬしを育て上げた男の、姪……ということになるな。
直接の血の繋がりこそないが、まあ、義理の縁者、といったところか」
「その、皇女様が……遠路はるばる帝都からこんな辺境まで、なにをしに……」
「ふふん。
決まっておろう。
おぬしから、直に伯父上のことを聞きたくなっての」
「……ただ、それだけのために……おともも連れず、何ヶ月もかけて、ここまでやって来た、と……」
「……シナクさん、気を確かに」
「目眩がしてもしかたがないだろう。
なに、この突拍子もないシュチュエーション……」
「こんなシュチュ、軽薄草子でもなかなかお目にかかれないね!」
「かりに書かれていたとしても、リアリティがないから読者からは非難囂々でしょうね」
「そこの夫婦、冷静に現実逃避しない!
あの……姫様」
「苦しゅうない。
気軽にティリと呼ぶがよい。
親しい者にはいつもそう呼ばれておる」
「では、ティリ……様。
いくつか、疑問があります」
「申してみよ」
「率直にいいまして……皇女がいきなり一人旅に出て……その、帝室的には、支障はないものでしょうか?
たとえば、ティリ様のお立場が悪くなる、とか……」
「なるな。
だが、しょせん、それだけのことじゃ。
皇女とはいっても、王位継承権では下から数えた方が早い身。わらわ一人が姿をけしたところで、帝室の営為には、毛ほどの支障もない。
一方、わらわの立場はといえば……実のところをいえば、これ以上、悪くなりようがない」
「と、いいますと?」
「どうも、わらわは、遊牧民たるご先祖の血が濃く現れた祖先帰りであるらしくての。
どうにも一つの場所に腰を押しつけるのが性に合わん。
窮屈な後宮暮らしなぞ、もっと性に合わん。
これまでにも何度か帝城を抜け出しておるから、今回の件も、またかと思われるだけであろう」
「……どんだけ、城を抜け出しているんだよ……」
「あまりに頻繁なんで、いちいち数えておらぬが……そうさの。
物心ついてからこのかた、年のうち半分以上を市井に紛れて暮らしておるわ」
「つまり、周りの人たちはすでにあきらめモードである、と。
この姫様……ティリ様のおつきの人たちに、同情したくなってきた……」
「ぼくもです」
「えー!
わたしは、ティリ様の方に同情するけどね!」
「ええっと……ティリ様。
今回のは、なにしろ、こんな辺境だ。
ティリ様にとっても、かなりの遠出になることとと思いますが……なんらかの連絡は、さすがにしてらっしゃいますよね?」
「無論、無用な心配をしないように、手紙を置いてきたぞ。
王位継承権は放棄するから、ティリのことはいなくなったものと思ってください、と」
「駄目じゃん!」