2.おうじさまのぐんたい。
「あとはおれが新人さんたちに、あるいは、お前らが猟師兄弟やヤンキーどもにしてきたことを、繰り返すだけのことさね」
「……シナクさんの口からそういわれますと……実に、説得力がありますね。
少なくとも、安心できます」
「なんでもいいけどな。
いくつか確認しておくぞ、レニー。
王子様は、自分が常に、絶対的に優位に立っているものと確信している。
ゆえに、必要以上に他者を傷つけることをしない。する動機がない。
王子様は、このままいけば将来、王様になる。しかし、それも現時点では確実ではないので、醜聞を避け、身を慎まなければならない。
ことに、軍隊を引き連れての略奪などは論外である。この点では、他人の領地では恥のかき捨てとばかりにやりたい放題の大貴族よりは、よほど始末にいい。
王子様は、傲岸不遜、唯我独尊、ようするに、この世で自分が偉い、この世のものは全部自分のためにある、と、妄想している。
性格が悪そうなのは確かだが、ま、本人の王子様と配下のみなさんの問題だな。おれたちにとっては、んなこと、知ったこっちゃない。
少なくとも、迷宮とかギルドとかが直接迷惑をこうむることがないかぎり、干渉すべき理由はない。
備考としてつけくわえるなら……迷宮は、多少の権力、特殊能力、妄想を持っていたからって、それだけでどうこうできるほどやわな存在じゃあない。
あの王子様が自分の能力を過信すればするほど、迷宮によって挫折感を植えるつけられる結果になるだろう。
以上……どう考えても、おれたちの不利益になる要素は、ほとんどないように思えるんだけど……」
「そうですね。
シナクさんのおっしゃるとおり……しばらく、静観して様子をみてみることにしますか」
港町デラルデラム郊外、王国軍野営地。
「……本当に、昨夜、デラルデラムの近場にいた商隊は、これのみなのか?」
「関税に勤務している兵たちに、直接確認してきました。
もともと、今の時期は天候が変わりやすく、陸路の便は極端に数が減るとか……。
頻繁に行き来があるのは、例の迷宮とこの町を結ぶ便くらいなものだそうです」
「この商隊の野営地は、この町を挟んでわれわれの野衛地とは反対方向になる。どちらも、夏場でさえ、馬で一日はかかるくらいには離れている。
ふむ……。
まだしも、例の襲撃者はこの町から出発した、と考える方が、理には適っているのか……。
周辺に転移魔法の反応は認められなかった、と、うちの魔法兵たちも、うけあっていたことであるし……」
「でも……あの、吹雪の中を、ですよ?」
「うちの王子様がそうであるように、この世の中、なにかの拍子でひょっこりとんでもない特殊能力を持って生まれ出てくるやつもいるからな。
可能性くらいは、いろいろ検討するさ。
もっとも、一番知りたいのは……例の襲撃者がどうやってやってきたのか、という方法ではなく、なぜやってきたのか、という動機の方だがな……。
この港町には、盗賊ギルドのたぐいは存在しないのか?」
「商人同士の縄張り争いや小競り合い、セコい窃盗団などは存在するようですが、もともとさほど大きな町でもなく、大規模な地下ギルドが形成されるほど、経済が発達していないのではないか、との分析結果が出ています」
「ふむ。
今、この町で一番羽振りがいいのは、例の迷宮産の物品を一手に商っているやつらだからな。だが、その手の連中の周囲には、かの地の冒険者ギルドの手の者が組織だった警護を行っていて、容易に手を出せないとも聞いているし……。
まてよ? 冒険者ギルド……。
能力的には、可能な者がいても……。
いや、でも……やはり、動機が……。
冒険者が、大貴族や王子を害さねばならない理由……しかも、あえて殺害するのではなく、重傷止まりという中途半端な暴行を加えねばならない理由とは……いったい……。
……むー……。
やはり、もとになる情報が、大いに欠落しているな。
ここ数ヶ月、旅の空の下、だ。
極端に、外部での出来事が耳に入らなくなっているのも、無理はないのだが……。
あの迷宮のある町で、今、いったい、なにが起こっているんだ?」
港町デラルデラム、某茶店。
「王子様については、ひとまず、それでいいとして……。
このままなにもなければ、あと数日あとには、王国軍が町に入る。
その王国軍について、なにか俺たちが知っておいた方がいい情報はないのか?
たとえば、軍隊の中での要注意人物とか……」
「迷宮派遣軍について語る際、まず第一に名をあげなければならないのは、ヘレドラリク卿ですね。
この方は、なかなかどうして切れ者です。
貴族としては外様の生まれですが、度重なる部隊長の辞任劇にあっても派遣軍が維持できたのは、この人一人の功績であるといっても過言ではありません。
特段、武勇に優れているわけではなく、どちらかというと文官としての資質が強い方ですが、それだけに輜重や部隊秩序の長期維持にはめっぽう強い。
平時の将校としては、かなり優れた人材であるといえます」
「そんな切れ者が、なんでこんな辺境まで飛ばされてきているんだよ」
「いなかったんですよ、他に。
名目上の頭のすげ替えはいくらでもできます。
が、五万以上の軍勢を、しかも、この悪天候の中、補給を途切れさせることなく整然と率いることができる、能力の持ち主は、今の王国には彼しかいませんでした」
「本物の知将ってわけか。
下手すると、王子様よりやっかいな相手だな」
「敵に回せば、ね。
個人的には、なかなかはなしが解る人物であると認識していますが……」
「レニー、その人と面識あるの?」
「パーティ会場で、少々、会話をしたくらいのものですがね。
あと、派遣軍の中で有名な方といえば……」
港町デラルデラム郊外、王国軍野営地。
「ようやく、終わりがみえてきたか。
いやあ、実に、退屈だった!」
「少しはオブラートに包んでください、小隊長。
隊の志気に関わります」
「ここ三ヶ月近く、雪の中をいったり止まったり、いい加減、うんざりしているんだよ、おれは。
軍籍を得てから初めてだぜ。こんなに長いこと、ドンパチチャンバラから遠ざかってたのは!
ったく、どうなっているんだろうな、今回の派兵は!
ちょこっと進んだかと思ったら、すぐに上の人が勝手に帰っちまって、代わりがくるまで足止めくらって……。
あー。
どっかの盗賊ずれが血迷ってこの派遣軍を襲わねーかなー!」
「小隊長、大声で血迷った願望を口走らないでください!」
港町デラルデラム、某茶店。
「野盗狩りのグリハム?」
「ええ。
階級は、さほど上でもないんですが……。
王国内の各地、主に治安が悪い土地を転々、数多くの山賊、水賊を壊滅させてきた立役者です
しょせん、田舎の匪賊退治ですから規模は大きくないものの、実際に争えば連戦連勝。その功績が認められ、人数は少ないものの、彼一人のために独立部隊が設けられたほどです。
天性のいくさ上手、と申しましょうか……」
「……軍人よりも冒険者の方が向いているんじゃないか、そいつ……」
「あとは、王国軍の魔法部隊から、何名か。
虎の子の魔法兵を派遣軍に編成していることかとからも、今回の件について、王国がそれなりに本気であることが伺えます。
その中で名高い方といいますと、やはり、テリスとパニスのご姉弟になりますか……」