1.みなとまち。
港町デラルデラム、某茶店。
「……こんだけ栄えた町になると、茶だけを出す専門店なんてのがあるんだな……。
おっ。
メニューに、珈琲がある」
「内密な商談や公然と噂を流す際に重宝されるようで、最近、あちこちで増えてきていますね。
それでは、シナクさんは珈琲にしますか?」
「いや、暖めた牛乳を半分くらいいれた……なんていったっけ?
なるほど。
ここは、金持ちがさらに金持ちになるために、相談をするための場所か。
道理で、適度にテーブルの間隔があいていて、隣のはなし声が聞こえにくくなっていると思った」
「はいはい、シナクくんはカフェオレね。
すいませーん。
カフェオレひとつと珈琲ふたつー。
それよりさあ、二人とも、これからどうするの?」
「どうするって……商隊護衛の仕事はここまでで終わりなわけだし、いったん、迷宮のあるあの町まで帰るよりほかあるめえ」
「ですね。
ぼくも、この町には人脈がなく、魔法使いの知り合いもありませんから、転移魔法で移動することもできませんし……」
「結局、王子様には手出しできず、かあ……」
「しかたがないだろ。
なんといっても、王位継承権第一位、なわけだろ? 下手に手を下したら、最悪、国が荒れる。
どう考えても、手を出さない方が無難だ。
ま、いざとなったら、始末する方法はいくらでもあるんだが……」
「え?
シナクさん、王子の体質は、昨夜ご説明申し上げたはずですが……」
「聞いたよ。
鉄壁だとか絶対防御とかいうアレだろ?
でもよ、レニー。
あの王子様、鉄壁ではあるかも知れないけど、決して絶対な防御なんかではありえないから。
ちょっと考えただけでも、攻略法の二、三は、すぐに思いつく」
「ええっと……参考までに、お教え願いませんか? シナクさん」
「王子様が通るはずの道の上に、罠をしかける。
土砂を崩して生き埋めにしてもいいし、水場に沈めるようにし向けてもいい。
いくら防御があろうとなかろうと……水や土砂で周辺を埋め尽くされて長時間、助けがこない状態なら、息くらい詰まるだろう?」
「あ……ああ……。
確かに……その方法なら……始末は、できそうですね」
「表面的なイメージとか通称に惑わされすぎなんだよ、レニーは。
で、だ。
当面の問題は……その、いつでも始末できる王子様は、このまま見過ごしていた方が得策なのか、それとも、早めにご退場願った方がいいガンなのかを見極める、ってことなんだが……」
「シナクさんは、このまま王子のさせたいようにさせておけばいい、という意見なんですね?」
「させたいようにさせておけばいい、とまではいわないがね。
少なくとも、今までの欲の皮がつっぱった大貴族どもよりは、害がないんじゃないかな、とは思いはじめている。
あくまで、昨夜のレニーから得た情報からの判断、だけんどな」
「カフェオレひとつと珈琲ふたつ、お待たせしました」
「カフェオレはこちらの方です。
ではシナクさんは、王子を排除するのは、リスクが大きすぎると考えますか?」
「それもあるけど……それよりも、積極的に排除すべき理由がない、って方が大きいかな?
そもそも、今回の襲撃だって、地元に大きな負担をかける軍隊をできるだけ無害なものにしよう、ってのが、最初の動機だったはずだ。
民のことを考えもしない大貴族なら、無理なこといって金をせびってくるだろうが……軍の頭が王子様となると、そんな迂闊なことはかえってできないだろう?
評判が極端に悪くなれば、王位を剥奪されかねない立場なわけだし……」
「それに、王子様の軍隊ともなれば、軍隊の維持費についても、絶対に保証される。
それもひとつの考え方ですね」
「って、ことは……レニーには、別の考えがあるわけだ。
ひとつ事情通として、今のうちに腹のうちをぶちまけておけよ。
どうせ……レニーがぶん殴ったとかいってた馬鹿王子ってのは、あいつのことってオチなんだろ?」
「そう……ですね。
今さら、隠すつもりもありませんが……。
王子が、てんせいしゃでちーとだと自称していることは、昨夜、簡単に説明させていただきました。
このうち後者、チートについては、貴族や王族の間にたまに発言する体質ということで説明できます」
「お偉いご先祖様がどこぞの神様の恩恵にあずかって、その功徳で……ってやつだな」
「それはあくまで後づけの理由であって、ぼく自身は、ルリーカさんたち魔法使いの体質と同じく、気まぐれな遺伝法則の発露だとしか思っていませんけどね。
で、王子のもう一つの特徴。いや、本人にしか真偽のほどが確認できませんから、虚言、としておきましょうか? 自称、てんせいしゃであることが、少々、問題なのです」
「前世の記憶が……うんぬん、なんてのは、怪しげな宗教家や占い師の常套手段じゃないか。
まともな良識の持ち主なら、まず相手にしないし、妄想としてみても、無害な部類に入ると思うけど……」
「彼が、一国の王子様でさえ、なければそれでもいいんですけどねえ……。
悪いことに、彼の言動は、影響力が大きすぎます。さらに悪いことに、彼は生来の体質として、他者からきわめて危害を受けにくいように出来ています」
「もっと、はっきりいってくれよ。
おれは頭が悪いんだ。
やつの、なにが問題なんだ?」
「彼は……ルテリャスリ王子は、ある種の虚無にとりつかれています。
彼が生まれたこの世界全体が、彼一人のために用意された一種の虚構、精緻で複雑きわまる遊技盤のようなものであると、思いこんでいます。
昨夜ぼくは、彼が自分の欲望を解放するために、国庫に手をつけたことがないといいました。
さらに正確にいえばこうなります。
彼、ルテリャスリ王子は、目前に広がる世界のことごとくが、自分のために用意されたと思っている。ゆえに、いまさらその所有権を争う必要もなかった。
なにせ、彼の中では……この世のすべて、ことごとくが、当然のこととして彼の所有物であるわけですから。
少なくとも彼にとって、その認識は自明であるわけです。
将来、一国を背負って立つ者として、為政者として……彼の人格は、根本的な部分で不適格です。
彼の中には、他者が存在しません。
彼に与して楽しませる仕掛けか、それとも、あえて彼を妨害して楽しませるための仕掛けか……彼は他人を、その二分法でしか認識できていません。
妄想と、王族として生まれたこと、それに、一見不可侵にみえる体質に生まれついたことによって……彼の人格は、根本的な部分から損なわれています。
この世に自分しかいないと思いこんでいる孤独な王様を歓迎する臣下が、民が、どこにいると思いますか?」
「だいたいの問題点は、把握した。
悪いがおれは流れ者なんでな。将来、やっこさんが王様になってこの国の人たちがどんな苦労をするのか、なんて点には、まるで興味がない。
だけど、まあ……現状、やつがいやなやつだということは把握した。
ようするに、あれだろ?
誰も自分を傷つけることが出来ないと確信している尊大で思い上がったガキ、ってこったろ?
だったら、まあ……やりようはあるわ」
「……え?」
「別に、難しいこっちゃないぞ、レニー。
レニーは、いつも考え過ぎなんだよ。
あの王子様がこの世に自分の思い通りにならないことはないと思いこんでいるのなら、どうあがいても自分の思い通りには動かないことがあるってことを、思い知らせてやればいいだけのことじゃないか?
なに、別段、難しいこっちゃない。
あの迷宮は、その手の教育にうってつけの場所だ」