70.ふぶき。
「……寒っ!
っと……珍しいな。
あいつは、もういないのか……。
さてと、着替えて……」
「あら、シナクさん、おはよう」
「ああ、おばさん、おはよう。
今朝は冷えるねえ」
「おや、気づかなかったのかい?
夜中から吹雪いてきてね。
いよいよ、本格的な冬到来だよ」
「……え?
今までも、かなり雪、積もっていたじゃん」
「ここいらの雪は、まだまだこんなもんじゃないよ。なにせ、下手すれば屋根の上まで雪が積もるんだから。あと何日かすれば、シナクさんの部屋の窓から出入りできるようになるよ」
「……本当かよ。
ぱねえなあ、雪国」
「さあ、朝ご飯、いるんならさっさと席についたついた。
今朝も満席お礼でね」
「はいはい。
さっそく、いただきます」
ばたん。
「……顔に粉雪が当たって……寒いというより……痛い……。
確かにこの調子では……一日で、かなり積もるな」
ざっざっざっ……。
「……防水の長靴、防寒具、マフラー、耳当て、もふもふに暖かな上着……。
絶対、今日中に揃えよう……」
ざっざっざっ……。
「吹雪いている間、屋外の迷宮前広場は使えないな。迷宮内の修練場、ぎりぎりで間に合った形だ。手配してくれたギリスさんに感謝。でなければ、教官も新人さんも、かなりの日数、時間を無駄にするところだった。
ただ……収容人数的に、どうかなあ……。
なんだったら、また別の場所に転移陣を設置してもらうか……」
ざっざっざっ……。
「あっ。
ひょっとしたら、この吹雪で、新人さんの流入も、多少は減るかもなあ。
どうしたって、移動に障害が出るだろうし……あるいは、ここまでたどり着けないかも知れない。
ギリギリの状態で、ここを頼りに逃げ出した人たちは……。
いや、考えたところで、おれにはどうしようもないか」
ざっざっざっ……。
「迷宮前広場。
昨日までの喧噪はどこへやら、見事に、人っ子ひとりおりません。
一面の銀世界です。
ありゃ?
ギルドの受付まで、締め切ってら」
ざっざっざっ……。
「ふぅ。
ようやく、中に到着。
ふーん……。
掲示板類は、さすがに内部に移動させてたか。
管制所の横に、ギルド受付の看板と机。
まあ、一緒にしていたた方が、なにかと便利だしな。
しかし、ここも、以前はもっとがらんとしていた印象があるんだけど……こうまでいろいろ入ってくると、流石に雑然としているな。
人口密度も、昨日までと比べてすごいことになっているし……」
しゅん。
「シナク、おはよう」
「ああ、ルリーカ、おはよう
お前ら魔法使いは、転移魔法が使えるからこういうとき、便利だなあ」
「そうでもない。
転移魔法は、周囲によけいなモノがないと確認できない場所でないと、使えないという制約がある」
「たった今、しゅん、って転移してきているじゃん」
「ここは転移陣を多く設置した関係で、対物センサーをかなり細かく敷設している。
シナクのそばにルリーカ一人分の空間が空いた瞬間を狙って、転移してきた」
「さいで」
「やあやあ、ルリーカちゃん、シナクくん、おはようおはよう!」
「朝っぱら騒がしいな、コニス」
「コニス、おはよう」
「いやあ、吹雪いているねえ!
いよいよ、冬だねえ!」
「やっぱ、地元組にとっては、今までなんて冬のうちに入らないのか」
「そりゃそうだよ、シナクくん!
例年なら、これから数ヶ月にわたって、町と外部の物流が四割減くらいになる季節だもん!」
「でも、今年は迷宮があるから、違ってくるんだろうな」
「それはそうだね!
せっかくの商品を外に売りに出せないと、ギルドとしてはすぐに資金が焦げついちゃうわけだし!」
「あー、そうか……。
そういや、商隊護衛クエストなんかも増える、って、ギリスさんもいってたな。
とりあえず、そっち向けに新人さんを調整するのもありか……」
「これからの季節、吹雪の合間を狙って出発することになるから、盗賊の側からみると襲うタイミングが計りやすいことは確かだね!」
「おう、その通りだ。
いわれるまですっかり忘れてたわ。
さて、一応、各種掲示板を確認してみるかな……。
うーん。
昨日と違って、特殊な召集やクエストはなし。
パーティメンバーの募集は、相変わらず賑やかだな。逮捕者が出たのが影響しているのか、今稼働しているパーティからの募集はかなり少なくなっている。ほとんどが、研修中の新人さんが募集しているものだ。
求人は……ああ、教官詰め所が出した口述筆記ができる人の募集、まだでている。単純な読み書きより敷居が高いから、流石にすぐは来ないか。
ん? 迷宮内宿舎の清掃業務、なんてのもあるのか。確かに、新人さんが率先して自主的にはやらないだろうな。たいがいは、めいっぱいしごかれてくたくで帰ってくるだろうし……」
教官詰め所。
「……で、これが、昨日酒場での席上、出た案です」
「このような話し合いの場が持たれたのなら、われらにも声をかけてくれれば手間が省けるのに……」
「いやあ、昨日のは、酒の席でのノリでたまたまそういう話題になったっていうか……別段、やろうとあらかじめ示し合わせたわけでもないですからねえ。
たまたま、ギルドの職員が同じ酒場に来ていてはなしていた内容を筆記してくれたんで、一手間省略できましたが……」
「促成の間に合わせ教育がいいのか、それとも応用の利く人材を時間をかけて育てるべきなのかは、われらの一存では決めかねるな」
「ギルドの意向を、もう一度確認してみましょう。
基本方針としては、人命……というより、経験のある人材を使い捨てにするのはもったいない、という意向のようですが……適所適材ということもあります。
これからは、迷宮内での仕事だけではなくて、商隊護衛や採取クエストなど、迷宮外での仕事も増えるとも聞いています。
目下、到達点は迷宮最深部のみと仮定して指導をしていますが、それだけだとギルド全体の仕事が回らなくなってくることもありえます」
「ふむ。
自主的な教練を主軸にした基礎コースや単位取得制など、カリキュラムの見直しと座学の早期実施……については、詳細はこれから詰めるにしても、基本的には賛成する。
実際に試してみなければ予測のつかない部分も多いが……なんといっても、教える側の数が圧倒的に足りていない事実は覆しようがないからな。ここは、今後、工夫のしどころであろう。
あとは……こちらでメンバーを決めた上での、パーティ実習の早期化、か……」
ギルド本部。
「……というわけで、本部の意向を確認しに来ました」
「吹雪の中、わざわざお疲様まです。
まずは、熱いお茶でも……」
「いただきます。
で、どうですか?」
「一番のネックは、前衛と後衛を専門化した上で教練する、という部分ですね」
「いざというとき、応用が利かなくなることは事実ですが……専門に特化することで、習熟期間が短縮でき、技能も上がりやすくなることは確かです。
一芸特化でも、戦闘技能面で一定レベルに達すれば、護衛や巡回、場合によっては採取など、ほかの任務やクエストに人を回せます」
「本格的に、どんなときにも対処をできる人を作るには、やはり時間が必要となりますか?」
「そうですね。
今も、教官方とはなしあって、できるだけ時間を短縮する方向で進めてはいますが……やはり、本物を育てるには、それなりの手間と時間が必要かと」
「では、促成の方はできるだけ、迷宮深部では使わないという方向性で調整を……」