68.きょういくかていはさかばでつくられる。
「足切りや入り口を塞ぐ手は、とりあえず置いておこう。これらは決断をしさえすればいつでも実行できるわけだから、今、ここで細かいことを考える必要はない。
今は、そうしないようにするために、なにか出来ることはないか、と考えるべきではないか?」
「すると、研修の期間を少しでも短絡して、早め早めに実戦の場に送り出す方法を考える、ということになりますね?
みなさんの方で、なにか気づいたことはありませんか?」
「放免をする者に、等級をつけるというのはどうか?」
「等級、というと?」
「現在の課程では、迷宮攻略の最前線である、最深部でも通用する人材の育成に目標を置いている。
それはそれで、必要な人材なわけだが……それ以外にも、人夫が作業する際の護衛や既踏地域の巡回など、必要な人材の種類はいくらでもある。
後者の場合、取得しなければならないスキルもそれだけ減らせるのではないか?」
「なるほど。
警護や巡回は、行動する枠組みが決まっている分、遭難や突発時に備えなくてもいいわけで、修得すべきスキルも減らせるしそれだけ早く放免できる、と。
それらの仕事は、今後も需要が増えそうですし、新人さんたちにとってもそれだけ手っ取り早く現場に出られるというメリットもある」
「そういう職場を選ぶ場合、最前線でモンスターを狩りまくるのと違って、報酬もそれだけ少なくなるわけだが……その手の仕事に就きながら、あとで試験を受け直して最前線に出る道もあるわけだしな」
「なにより、教練所から人を減らせる。
いい案ですね。
さっそく、明日にでも進言してみましょう」
「あと、基礎コースと中間層の区分についてなのだが……。
剣や槍、弓矢など、武器の扱い方を習うのが基礎コース、それらを修め、一定以上の実力を得た上で、どうにかパーティを組める段階まで達したのが中間層、という理解でいいのか?」
「ええ。
なにより今までも成り行きでやってきたもので、厳密な定義や線引きがあるわけではありませんが……おおむね、そんなもんでしょう」
「この二つを、最初からごっちゃにしてみてはどうか?」
「と、いいますと?」
「ある程度、多様な局面を乗り切れるようにと、何種類かの武器の扱い方を教えている意味は、よくわかる。いつでも主力の前衛が倒れる可能性はあるわけだからな。
しかし、教練期間の短縮を考えた場合、汎用性よりも一芸に特化した方が、圧倒的に教える時間を短縮できる。
せめて、冒険者に登録した時点での身体能力によって、前衛向けと後衛向け、二種類の人材に分化するべきではないのか?」
「緊急時のことよりも通常時の性能を重視、と。
人によって向き不向きは、どうしても出てきますからね。
安易に賛成していいのかどうか、微妙なことではありますが……。
ここまで来たら、なりふりも構っていられないか……」
「結局、より完全な研修を目指して時間をかけるか、それとも、多少いびつで不完全な形でもいいから、さっさと放免して迷宮で働かせるか、そのどちらかを選ぶことになるのではないですか?」
「教える側の人数が限られている以上……結局は、その決断に尽きるわけか……。
ギルドの方針もあるので、今ここではどうするとは発言できませんが……こういう意見がでている、とは、ギルドの方にいっておきます」
「あとは……新人さんたちの成績表だが……あれ、今は教官側が一括して管理しているが、一人一人の新人さんに持たせてみてはどうか?
分厚い紙の束を抱えて、いちいち確かめながら指導するのは、いかにも効率が悪いし、それ以上に時間がかかりすぎる」
「それだと、本人が自分の成績を改訂したりしないか?」
「そうしたいのなら、勝手にさせておけばいい。
その結果、自分の死期を早めることになるかも知れないが……それも本人の行動の結果だ」
「確かに、成績表をめくっているあの時間は、地味に無駄ですよねえ。
この案も、意外に課程短縮に効果ありそうかも」
「新人さん本人に渡すのが駄目なら、実習の際、教官の一人につき成績表を預かる補助人員、一人をつけるとか。
もともと、教員の人数は、今でも圧倒的に不足しているわけだし……」
「効率を考えると、そういうのもありか。
本人に成績表を持たせる案も併せて、明日、ほかの教官方と考えてみましょう」
「あとは……教練期間の圧縮というより、教官不足への対処なのだが……。
基礎コースで教えることは、基本のフォームを一通り教えたら、だいたいのところ、自習できる。いや、むしろ逆に、教官抜きでも自習できるように、教えていくべきだな」
「基礎を身につけるまでは反復が多いですもんね。
自習カリキュラムの充実、と」
「その自習の末、どこまでのレベルに達したのかは、教官が実際に見てみないと判断できないわけだが……それは本人が希望したとき、いつでも試験を受けられるようにして、試験をクリアしたら成績表に結果を残せるようにしておく」
「単位制にする、ということですね?」
「単位制……と、いうことになるのか?
例えば前衛としてやっていけるだけの実力を持った、と公認された者は、どんどん、同じように後衛として公認された者と組んでいく。場合によっては、教官側が引き合わせて組ませていく。
ずっとそのパーティでやっていかせる必要はなく、あくまで実習用のパーティと割り切って、場数を踏ませていく。
あとで現場に出る際、メンバーを集めるにせよ、実際に迷宮に入った経験があるのとないのとでは、条件が大きく違ってくる」
「ふむ。
基礎コースを、自習中心のカリキュラムにして教官側の省力化をはかり、前衛後衛の単位制にする。
単位を取得したら、即座に、本人にえり好みをさせる前に即席のパーティを組ませ、とりあえず、現場を教えてしまえ、と。
そこで実力をつけてなら、確かに、以後の選択の幅は増えますね。
いや、聞いてみると、いろいろな案が出てくるものですね」
「現在、座学は実習組に入ってから教えているが、これからは出来るだけ早い段階、それこそ基礎コースから開始する。
教えるべき事は多く、できるだけ時間が欲しい」
「それは……これまでは教材が全然間に合わなかったから、現状でそうなっている、というだけなので……。
はい。
実にまっとうなご意見で、すぐにでも改めるべきかと……。
ああ、いい案がどんどん出てくるな。
こういう流れになるとわかっていれば、それこそ、フェリスでも連れてきて筆記させておくんだったが……」
「呼びましたか?」
「うわぁ!
おまえ、いつの間に……」
「仕事帰りに飲みに来たら、みなさんが興味深いおはなしをしていたのでついつい口述筆記してしまいました。
いや実は、時間があったら出来る限りシナクさんのところにいって記録を取っているようにと、ギリスさんにお願いされていたからでもあるんですが。知っていますか、シナクさん。ギリスさんのお願いって、とってもとっても迫力があるんですよ?」
「そんなことはいいから、その筆記したの貸せ」
さっ。
「ただでは差し上げません。
フェリスのボーナスアップに協力してくれるのなら、喜んでご提供しますが……」
「ようするに、ギリスさんによくいっておいてくれ、ということだろ?
わかったから貸せって!」
「シナクさんがフェリスに感謝してくれたらお貸します」
「いいから貸せ!
酒くらい奢ってやるから!」