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67.やろうどものがいか。

 羊蹄亭。

「シ、シナク教官、あんたは……」

「シナク教官、あんたはいいやつだ、と、兄貴はいいたいらしい。

 おれも、シナク教官はいいやつだと思う」

「い、いきなり、なんだあ?」

「いやー。

 セルニちゃんとの親睦をかねて飲みにいこう、ってはなしていたら、他の教員さんたちもついてきちゃってねん……」

「先生、あんたの仕業ですか……」

「失礼ねん。

 あたしはぁ、このお店に案内しただけだもん」

「まあ、まあ、シナク教官。

 今日はわれわれにおごらせてください」

「シナク教官!

 今日ですね、初めてですよ! 初めて!

 新人さんに、直々に、剣技を指導してくれ! なんて頼まれたのは!」

「あ……ああ。

 そいつは、よかったっすね」

「すいませんねえ、シナク教官。

 ロディは、感情の発露が激しいもんで。

 でも、今日、地の民との模擬戦の機会を設けてくれたことで、われわれ臨時教員が面目を持ち直したのは事実なんで、程度の差こそあれ、ここにいるやつらはみんな、シナク教官に感謝をしているわけです」

「大げさですよ、トエルさん」

「大げさということもないでしょう。

 武術の心得しかなかった剣聖様配下のメイドさんたちの中に入って、総合的な冒険者養成プログラムの骨子を作ったのはシナク教官です」

「かなり、大ざっぱな代物ですけどね、フレスヌさん。

 まだまだ、粗も穴も多すぎます」

「そんなものは、あとからどうにでも埋められる。知識や技術なんて時間がたてばいくらでも進歩するもんだ。

 事実、モンスターの能力も強大化する一方なわけだから、今までの方法論がいつまで通用するのかっていったら、かなり心許ない。

 シナク教官は、どうやったら死ににくい冒険者を作れるか、という部分を常に考えている。座学の教本を読めば、それくらいすぐにわかる。

 われわれはパーティ内という狭い場所に長いこと押し込められていたから、なおさら実感できる。あのような情報を公開、共有し、ときに改訂、補遺する機会と場所が存在することの、大きな利点を。

 あの教本群が存在するだけで、迷宮での死者が、何十、何百と減らせるということを」

「い、意外と多弁なんですねえ、クラシアさん」

「シナク教官、われわれのために口述筆記の人員を手配してくれたというのは、本当か?」

「手配したのはおれですが、その案がでたのは、事務処理用の人手が不足していることを嘆いたアイハナさん。

 どうせ事務員を募集することになるんですから、一緒にどうですかー、ってノリだったんで、とくにおれの手柄ということもないですよ、ロンヌさん」

「それでも、感謝する。

 なにしろ、おれたちは他人に気を使われることに慣れていないし、おれをはじめとして、文字を書けないやつも少なくない」

「気を使った、というより、合理的に考えて、どうやったら効率よくみなさんから知識を引き出せるのかと考えた結果ですよ、パディアさん」

「まあ、そう謙遜するな。

 こいつら、他人に認められることにも慣れていないから、今日、新人さんたちにあてにされて、少し浮かれているんだ。

 こういう時くらい、好きに舞い上がらせておけよ、シナク教官」

「タイレフさんまで。

 まあ、それでみなさんのお気がすむのなら、ご存意に」

「長いこと奴隷扱いされてきたおれたちにも、ようやく運が回ってきた!

 おれたちが命がけで身を持って学んできた術を、後続に託す!

 これほどやりがいのある仕事があろうか!

 今日はとことん飲むぞ!」

「「「「「おー!」」」」」

「ああ、もう。

 好きにしてくれ……」


「ずんぶん慕われた門だなあ、シナク」

「普通にお仕事していただけなんですがね、マスター。

 どうしてこうなった」

「そもそも、彼らが自由になったのも、元はといえばシナクが一部冒険者の横暴をギリスに伝えた結果」

「しっ!

 それ、彼らに聞こえるようにいうなよ、ルリーカ」

「はははは。

 表向きは、ギルドが今までの方針を変えた結果、ということになっているからね!」

「コニスまで、そんな大声で。

 表向きもなにも、事実そうだろ。

 決断したのも念入りに準備したのも、おれではなくてギリスさんとギルドなわけだし」

「なになに?

 おねーさんにも、詳しいこと教えてん」

「先生は部外者なんで、ちょっと詳細はお教えできかねます」

「けちぃー」

「わたしも、気になります!」

「セルニさんまで……」

「わたしは部外者ではなく、立派な当事者ですが……」

「セルニさん、セルニさん、こっちこっち……。

 ちょっち、耳貸して」

「あ、はい。

 コニスさん。

 え? ええ?

 あの裏でそんなことが!

 シナクさん、ギリスさんにそんなに影響力を持っているんですか!」

「こら、コニス。

 どんな盛り方、伝え方をしているのか」

「えー。

 ほぼ事実しかいってないよ!」

「そういうことだったのですか……さっそく、明日にでも職場の方たちにもお伝えしなくては……。

 あ、マスター、このカクテル、おいしいですね。

 おかわりお願いします」

「はいよ」

「……勘弁してくれ」

「ちょっと、シナク教官。

 酒の席で悪いんだが、いい機会だから、こっちのはなしにつきあってくれるか?」

「はいはい。飛んで参ります。

 これ以上こっちの席にいると、心臓に悪い」


「はなしといっても大したことはないんだが……シナク教官からみて、新人研修のシステムの、今の問題点はなんだと思われるか?」

「中間層の極端な薄さ、ですかね? 人数的なアンバランスさ、というか。

 実習組に入る実力を持った者が持ち上がっちゃうと、多人数の基礎コースと、少人数の中間層に二極化しちゃいそうな。

 基礎コースから中間層までにあがる壁が、厚くなっていくんじゃないでしょうか?」

「だな。

 今、実習組にいるのや、実習組入りにリーチがかかっているやつらは、早晩、放免になって冒険者として活躍するだろうと予測できるが……」

「対策としては、今の中間層と基礎コースをひっくるめて一体化したカリキュラムの作成。

 並びに……正直、あまりやりたくはないんですが、ある程度様子をみて、適性がないと思った人材の足切り、でしょうか?

 体力とか身体能力に難のある女性でも、工夫次第でパーティを組んで立派にやっていけることを実証しつつある今の時期に、こういうことをいうのもなんなんですが……」

「その工夫すら怠るやつには、適性はない、か……」

「無理に冒険者に仕立て上げて命を落とすよりは、早めに見放した方が、いくらかはましかな、と……。

 もちろん、その判断をするまでには、慎重に慎重を期して、何人もの教官の意見を聴取した上で、下すべきだとは思いますが……」

「ギルドにしてみれば、無駄飯食らいということになるわけだからな」

「それに、リソースの問題もあります。

 現状でも、教える側と教えられる側の人数は、著しく均衡を欠いています。それでも、日に数十人と志望者が増えていくわけで、これからもますます人数差が開いていきます」

「時間がたてばたつほど、一人一人に目が行き届かなくなる、と」

「ええ。

 教える側が極端に少ない人数でも統制が取れた教練をおこなうシステムを、これから短時間で組み上げるか。

 それとも、今のやり方のまま、ぎりぎり教えられる上限に人数を区切って、新人さんの受け入れを一時的に停止するか。

 そう遠くない未来に、決断を迫られることになるかと。

 そもそも……見切り発車でやってきたにしては、これまでがうまくいきすぎていた……という側面も、たぶんにあるわけですが……」

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