59.はーれむにはならない。
羊蹄亭。
「……臨時の人たちが来てくれて、ようやく、どうにかこうにか、まともな研修がやれそうな気がしてきた……。
研修を受たい人数と比較して、面倒をみる教官の数が少なすぎるんだ。今でも教官の数は少なすぎるけど、かなり改善されてきたっぽい。
各人の成績データなんかも、結局、そういうのに向いているアイハナさんって人が一人で頑張って面倒みてくれていたんだけど、今ではもう何人か、助けてくれるようになったし……。
座学の教本も、同時進行で何冊も一気に増えそうな勢いだし……。
昨日の顛末自体は、決して、歓迎されることじゃないけど、本当、臨時教員様々だぁ……」
「期間限定でいやいや引き受けた割には、シナクくん、結局熱心にやっちゃうんだよね!」
「そういうわけでもないけどさあ。
出来ることをやらないで放置しておいくのも、なんか、後味が悪いじゃないか」
「わははははははは。
シナクは、元々、そういうやつだからなあ」
「シナク、折をみて、一度、新人たちの様子を見学したい」
「……珍しいな。
ルリーカが、この手のことに興味を持つなんて……」
「それだけの人数が集まっているのなら、何人か、魔法使いの素質を秘めた人が混ざっているかも知れない」
「ああ、そういうことね。
魔力を体内に貯めることができる体質、ってやつだっけ?
確か、かなりレアって聞いているけど……」
「数百人に一人とか、数千、数万人にひとりとかいわれているけど、いまだ定説はない。
とにかく、珍しいのは確か。
他の魔法使いに発見されていない素質を持った者がいたら、早めにはなしをつけて、確保しておきたい」
「そういう魔法の体質って、さ。
親から子へ受け継がれたりしないの?」
「遺伝は、する場合もある。事実、ルリーカの両親はともに魔法使いだった。
しかし、確実に遺伝するわけでもない。
多くの魔法使いの家は、家門を存続させるために養子縁組をするのが普通。
それも、魔法を使える跡継ぎがいないと意味がない」
「で、魔法使いの素質を持った人を探している、わけか……。
いろいろ大変なもんだなあ、名門ってのも……。
ルリーカが見学をしたい理由は把握した。
まあ、動機には関係なく、みるだけならまるで問題はないだろう。
いつでも見にきなよ。ルリーカと同じ年頃の女の子なんかも、結構いたりするよ」
「了解した。
時間があるときにお邪魔する」
「そういやさー。
この間、シナクくんもそんな体質だとかいっていなかったけ?」
「ああ。そうらしいな。
自覚は、まるでないんだが……」
「事実」
「じゃあさ、そのシナクくんがルリーカちゃんのお家に養子にいくっても、十分にありだよね!
婿養子でもいいけど!」
「コニス、おま……」
「あり。
ルリーカも、その可能性は常に検討している」
「……うん。
ルリーカ、よく聞けよ。
ルリーカには、その手のはなしは、まだまだ早いからな。
そうだな。
あと十年くらいたってお互いフリーだったら、改めて考えることにしよう」
「おっと、シナクくん。
見事に日和見ましたぁー!」
「黙れ、コニス。
他人事だからって、茶化すんじゃありません」
ばたん。
「……ちょっと、待ったぁー!」
「……」
「……」
「……」
「わはははははは。
本当に、リンナだ!
はなしには聞いていたが、本当に、ロストしたリンナと寸分変わらないな!」
「おうよ、バッカス!
拙者にとってもひさかたぶりの再会になるわけだが……それよりも、そこ!
なにを勝手に拙者抜きで不穏なやりとりをしておるのか!」
「……魔法剣の姐さん。
いいんですか?
こんな時間に出歩いていて……」
「昼間っから横になっていると、なかなか寝つけぬのだよ!
それよりもルリーカ、そのような談合を拙者抜きでおこうとはなにごとぞ!
この者の体質については拙者も初見から気づいており、あわよくばと目をつけておったところだ!」
「リンナさん、それ、駄目だから!
これ以上、回復を遅らせたくなかったら、目がさえていようがなんだろうが、さっさと帰って休んでください!」
「そういって首尾よくこのルリーカと結ばれようとするのかこのロリペドが!
いいか、シナク、よく聞け!
おぬしの体質は、おぬしが自覚している以上に貴重なものなのだぞ!
こうしてみているだけで感得できるのだが、おぬしの体には通常の魔法使い以上の魔力が滞留しておる。
それほどの魔力を宿し得るとするなら、魔法に携わる者なら誰もがおぬしの血統を所望することであろう!」
「……表まで聞こえるような大声で血統をしょもーするーだなんてお下品なことを喚いている子には、こうしちゃおうかなー」
「うわぁ!」
「……先生」
「……はぁーい、どーぞくくぅん。
地の民の件で、お礼がてらお知らせがあって来てみたら、この貧乳スレンダー魔法剣士ちゃんが大声で騒いでいるしさー。
あ。
本当、スレンダー。
……ここまで引き締まっていると、ちょっと、腹が立ってくるわねー……」
「……それは……単に、やせ細っているだけで……。
ちょ……やめ……。
あっ。
そ、そんなとこ……。
お、お願いだから……」
「うふ。
涙目になって頬を染めちゃって、可愛いわよん。
さらに、ここを……こーしちゃおーかなぁー……」
「……あっ。
駄目……これ、以上……」
「……先生も……もう、適当なところで、放してあげてください。
ちょっと……みていていたたまれないっていうか……」
「いいのん?
これからが、いいところだったのにん。
はい」
がく。
「あらー?
膝をついちゃって、可愛い。
生殺しになっちゃったけど、続きはまたの機会にねえ……」
「……はぁ、はぁ、はぁ……。
………………不覚……」
「……リンナさんは、一休みしてから帰ってください。
あと、先生も。
今後は、セクハラ禁止」
「くっ!
お、おぼえておけよ!」
「あっ。
リンナさん、芝居の下っ端かたき役みたいな捨てセリフを残して退場」
「わははははははは。
なにをしに来たんだかなあ」
「……えー。
セクハラ、駄目ぇー……」
「上目遣いになっても、駄目です。
人前でやるあれは、十分、人権侵害の域にいっています。
で、先生。
礼はともかく、お知らせってのは?」
「あ。はいはい。
そうそう。まずは、お礼からね。
シナクくんがギルドに口を聞いてくれたおかげで、無事に地の民の望み通り、出稼ぎができることとなりました」
「いや、わざわざおれを経由しなくても、直接、先生がギリスさんに掛け合っても、結果は同じだったと思いますけど……。
それで、知らせってのは?」
「うん。
いつでもいいということなので、明日の朝から地の民を二十名、迷宮前に送ります。初日だから、あたしもご同行します」
「転移陣を使えば、移動は一瞬ですもんね。
でも……ぶっちゃけたはなし、本当に大丈夫なんですか?」
「ん? なにが?」
「その、明日くるとかいう、地の民の人たち」
「異族だけど、陽気でフレンドリーな人たちよー」
「それはいいんですけど……言葉とか、マジで通じるんですか?
あと、文化の違いとかでいきなり怒ったりしないですよね?
背こそ小さいけど、あの筋肉で本気で暴れられたりしたら、被害が半端じゃなくなる。
それ以前に、些細な行き違いが大事にまで発展しちまったら、それこそ外交問題になっちまう」
「あっ」
「……先生、まさか……」
「ごめん。
そこまで考えてなかったわ。てへぺろ」