58.しょうにん。
「遭難時の連絡用に、ですか。
なるほど」
「本当は、遭難したパーティの救助を専門におこなう人材も養いたいところですけど……現状では、とてもではありませんがそこまで手が回りません。
今の時点では、今後の課題ということで」
「ですね。
それから……シナクさんのカードのみ、ギルドからシナクさんへの緊急呼び出し機能がついています」
「なんで!
それ、不公平でしょ!」
「だって、シナクさん、今のところギルド唯一のスリーエスクラスなんですもの。
心配におよばずとも、よほどのことがない限り、呼び出されることはありません。
仮に呼び出されるとしても、そういうときはギルドの危機ですので、うまく切り抜けることができたら、莫大なボーナスが保証されることになります」
「でも……なるべく、呼び出されたくはないものですね」
「そうですね。
ギルドとしても、そんな機能を使う必要性がないほうがありがたいです。
そちらの箱に、現在、研修を受けている方たちと教官分のカードが入っているので、あとで手の空いている方、何名かを取りに来させてください」
「おれが持って行こうとも思ったんですが……結構、ありますね」
「薄くても金属製、箱の分も含めると、かなりの重量になります。
無理をしない方がよろしいかと」
「……ですね。
ギリスさん。
いい機会だから、ついでに……例の、地の民の受け入れのことなんですが……人数とか想定している待遇とか、意志の疎通が、実際にどこまでスムースにできるのかとか……わかっている範囲で、教えていただきませんか?」
「人数は、とりあえず二十名。ただし、これがうまくいくようでしたら、今後も増える可能性があります。
待遇については、特別扱いは無用とのこと。
貴族兼戦士階級……彼らの部族にとっては、戦士であることと高い身分であることは、完全に合致していてぶれがないそうですが……そういう割には、食事や住居についての要求とかはありませんでした。
こちらの新人さんの状況も一通り、リリス博士が説明済みだそうですが、それと全く同じで構わない。むしろ、より多くの地上の民と同じ物を食べ、同じ場所に寝て、同じ目線で触れあいたい、とのことです。
最後に、意志の疎通についてですが……基本的には、問題はないとのことです」
「リリス先生が、そういったんですよね。
その……基本的には、っていうのが気になるところですが……ギリスさん、なにか聞いていませんか?」
「ええっと……こちらのいうことは、ほぼ完全に理解できるそうです。
ただ……彼らのしゃべり方に、ちょっと特徴というか癖があって……それに慣れるまでは、聞き取るのに苦労をするのかも知れない、と……」
「……やっぱり、裏があったか……」
「あっ。でも、ですね。
リリス博士、数日中に通訳はお役ご免になるそうで……そうしたら、彼ら地上に出てきた地の民と行動をともにして、お世話をなさってくれるそうですよ?
なんでも、帝国の別の研究者の方が、地の民が地上の風習にうまく適応できるのかどうか、観察したいとかで……そちらとの繋ぎもかねて、しばらく当地にとどまってくださるとか……」
「別の、研究者……あの先生の同僚、っていうことですよね?
それ聞いて、ますます不安になってきた……。
ここにくる直前、教官の方々には、地の民を素直に受け入れるように勧めてきたのですが……。
日程的には、彼らはいつくらいにこちらに到着する予定なのですか?」
「ええと……こちらの受け入れ体制が整い次第、いつでも、とのことです。
つまり、こちらから了解の連絡をいれれば、そのまま転移陣でこっちに来てしまう感じですね」
「……ずいぶん、腰が軽い貴族様だな。
いや、こっちの貴族とは、かなり意味合いが違うみたいだけど。
わかりました。
その旨、教官の方々に伝えて、準備を整えます」
迷宮内、教官詰め所。
「……との、ことです。
受け入れの準備といっても……とりあえず、宿舎の寝台は空いてますか?」
「十分、空いている。
今後も人数が増えることを想定して、かなり多めにしつらえてあるし……脱落していく者も、それなりに多くなっているからな。
出ていくのと入ってくるのが相殺して、今は毎日二、三十名程度の微増といったところだ。
寝台に関しては、男女とも、まだまだ十分な余裕がある」
「食事の方は?」
「新人たちの食事はギルドが売り物にしている保存食を作る工場で、一緒に調理をしているわけだが、こちらも毎食分、十分に余裕を持って用意している。余った分は人夫やギルド職員、迷宮前に集まった人たちに、ほぼ毎回、分けているくらいだ。
それ以外にだぶついた保存食の在庫分なんかも、各宿舎に差し入れてもらっているし……食べ物で困るということはあるまい。
さらにいうなら、少々狭いが自由に湯が使える簡易浴場も何カ所か備えているし、比較的低廉な手間賃で洗濯を請け負ってくれる人も何人か宿舎に出入りしている。
贅沢をいわなければ、衣食住にわたって不自由はしないだろう」
「そういう福祉厚生面での厚遇が、冒険者志望の人が次々にやってくる原因にもなっているわけですね。
ここで研修を受けてさえいれば……身一つでやってきても、しばらくは困らない、と」
「研修中は、小遣い程度の金額であるとはいえ、毎日ギルドから補助金まででるからな。
本当に困窮した者の目には、かなり魅力的に映るのであろう。
今の時点では、ここに居座ることを目的として研修を受け続けている者はいないようであるが……」
「まあ、多くを望まず、とりあえず食べていければいいというのなら、ずっと研修生を続けるのもありかな、という気もしますが……」
「その程度のことは、われらなぞが心配せずとも、ギルドの者たちもすでに想定してなんらかの対策を講じておるであろう。
昨日の一件をみてもわかるとおり、ここの冒険者ギルドは決して無能ではない」
「ですね。
では、あとは……それこそ、心構えだけの問題、ということになりますが……。
呼んじゃいます? 地の民」
「……決断を遅らせる理由が、なくなってしまったな。
みな、異論はないか?
……では、いつでもよろしいと」
「はい。
ギルドにそう伝えてきます。
あと……四、五名……いや、十名ほど、膂力に優れた男子を呼びだしてください。
ギルドから運んでくる荷物があります」
「あ、あの……」
「はい?」
「お、おれたちにも、手伝わせてください。
荷物運びには、自信があります」
「お二人は、臨時教員の……」
「カ、カラスラです」
「ラスレ、だ」
「……ナジク」
「フレスヌです」
「パディアも、いく」
「ロンヌ。
よろしく」
「クラシア。
お役に立てれば」
「タイレフ。
協力する。今後とも」
「トエル。
ああ、よろしく頼む」
「おれをいれて、ちょうど十名。
人手、足りちゃったな」
「……さて、これが、今回、ギルドが発行した、冒険者カードだそうですが……。
これが、教官の分かな?
ええっと……」
「……え?」
「おれたちの、分も……」
「そりゃあ、あるでしょう。
みなさんだって、以前からギルドに登録している冒険者なんだから。
今までの記録だってちゃんと残っているし、それを元にして算出した適性レベルも記載されているはずです。
さ、ご自分の名前が記されたカードを、受け取ってください」
「……気づかぬ間に……」
「……ああ……」
「……ギルドは……」
「……認めてくれて、いたのだな」