57.ぼうけんしゃかーど。
迷宮内、教官詰め所前。
「さて、と。
こっちは、どうなっているかな、っと……」
ひゅん。
「……明かりがついている、ってことは、誰かしらいるんだろう。
んーっと……おお。いたいた。
すいませーん。
ちょっと見学させてらって、いいっすかぁー」
「ああ。
誰かと思えば、ぼっち王の旦那じゃないですか」
「おう、お前らか。
おれ、今、一時的に新人さんたちの教官やらされていてさ。
で、こっちに新しい修練所、しつらえるって聞いて、どんなもんかなー、って見に来たところだ」
「そりゃあ、どうも。ご苦労なことで。
で、どうですか? こんな具合で」
「こんな具合もなにも、まだ来たばっかりで何もみてないよ。
ちょっと、図面みさせて……。
うん、なるほど。
行き止まりの通路を利用して、いくつか射的場にしているわけな。あっ。ちゃんとスリング専用の場所まである」
「スリング用のは、どんずまりの壁面におおざっぱな的をペイントしているだけですがね」
「とりあえずは、それで十分だろう。
あとは……おう。
うまい場所を、選択したもんだなあ。
転移陣を中心にして、蛸足状に通路が延びていて……」
「ええ。
マルガの嬢ちゃんが、うまい場所を選択してくださいました。
直線状の通路を射的場に、曲がった通路は他の用途に使用するようです。
どこも細長く、広々とした場所こそありませんが……」
「ま。
もともと、迷宮内での戦闘を学ぶのが目的だしな。
これでも十分だろう。
この内装工事は、まだまだかかりそう?」
「いえいえ。
内装といっても、射的場の設営と、共用部にいくつかのベンチをしつらえる程度のことで……今日明日には全部、完了する予定です」
「そいつはよかった。
そっちの準備が済んだら、どんどん使わせてもらうよ。
基礎鍛錬コースの人数がかなり膨れ上がっていて、場所が足りてないんだ」
迷宮内、教官詰め所。
「中間層からの脱落者と新規者を併せて基礎鍛錬コースの人数が、かなり膨れ上がっております」
「今日明日中には、迷宮内の鍛錬所が使えるようですから、あと一日二日ごまかしてください。
実習まで進んだ連中の様子はどうですか?」
「座学を修めたのち、単独実習を経て、それをクリアしたら、晴れてここから放免……そう伝えたら、俄然、やる気を出していました」
「こっちとしても、いい加減放免になってくれるパーティが出てきて欲しいところだよなあ」
「こればっかりは、教練を受ける側の素質とやる気任せですからな」
「まったくです。
その他の変化は……中間層……基礎的な武器の扱い方を学び終えた人たちがくっついたり離れたり、パーティ的な意味で、動きが活発になっています」
「これも、予想した通りの動きですね。
パーティが固定したら即座に教官相手の演習をやって、鍛えるなり基礎コースからやり直させるなりしてください」
「あと、臨時教官の人たちが、新しく教本の草稿を提出しはじめています。
あの人たち、ちょっと反応が暗いですけど、ここでやっていることの意味をよく理解してくれて、とても協力的です」
「一応、おれもその草稿には目を通しますけど……大部分は、そのまま写本化する流れになるんだろうなあ。
キャヌさんにも、今のうちから手配を頼んでおこう。
そういう流れは、今後のためにも実にあたがたいと思いますよ。ええ」
「それから、シナクどの。
ちょっと、いいかしらぁ?」
「おや、カスカさんですか。
こういう場で発言するのは珍しいですね。
なんでしょうか?」
「今の評価体制、ちょっとぉ、パーティ単位に偏りすぎていると思わなぁい?
それも悪くはないんだけぉ、それだけだと取りこぼしちゃう人材が出てくるっていぅかぁ……」
「と、おっしゃるからには、カスカさんが惜しむほどの人が、実際にいらっしゃるんですね?」
「何人かねぇ。
例えば、この子とかぁ……」
「シズハズさん……ですか。
確かに成績をみる限り……悪くはない。いや、むしろ、かなりの優等生だ。
いますぐ現役のパーティの中に入っても、普通にやっていけそうだし」
「彼女、どうも、パーティ運が悪いようでねぇ。
例の掲示板を利用して、何組かにあってみたんだけどぉ、いまいちしっくりこないていぅかぁ……」
「同じ新人さんの、女子のパーティに入れて貰うとかは……」
「どうにもね、彼女……他の女子とは毛色が違うっていうか……遠巻きに敬遠されているっていうかぁ……。
ぶちゃけ、能力はともかく、性格的に、かなりの堅物なのよねぇ。
わたくしのみたところぉ、どっかの軍人さんの家の子だと思うんだけどぉ……代々の軍人さん、って、なんとなくしゃちほこばっているっていうかぁ、挙動に色がつくでしょ?」
「なるほどねえ。
他の女子は、大半はグレシャス姉妹のような夜逃げ同然に出てきた子が大半だそうだし……。
好き嫌い以前に、そりがあわないか……」
「この子みたいにぃ、パーティ運がなくとも高い能力を持っている場合は、きちんと拾いあげる方法を考えた方がいいと思うのぉ」
「そうですね。ギルドにしても、優秀な人材はきちんと生かしたいわけですし……。
それについては、ちょっと考えてみます。
その子以外にも似たような境遇の新人さんがいたら、チェックして知らせてください」
「それから……地の民数名を試験的にこちらで受け入れてくれないか、との打診が、ギルド本部よりありました」
「来たか。
いきなり現場に放り込むよりは、一度こっちに入れてで慣れさせようとするよな」
「シナクどの。
やはり、いわれたとおり、受け入れた方が……」
「条件については、少し検討しなければなりませんが……。
ええ。
基本的には、受け入れる方向で。
地の民だけではなく、これから別口の異族が増えることも十分想定できますので、いちいち二の足を踏んでもいられません。
むしろ、われわれ受け入れる側にとっても、いい経験になると思ってください」
「最後に、シナクどの個人に」
「おれに?」
「ギルド本部から、なるべくはやく出頭するよう、要請がきてます」
「……今度は、なんだぁ。
あそこに呼び出されると、決まってやっかいなことを押しつけられるんだよなぁ……」
ギルド本部。
「で。
今度はどんな難題でしょうか、ギリスさん」
「何もいう前からシナクさんにそんなに構えられると、わたし、悲しくなります。
それはともかく……安心してくださいね。
今回は、その手の呼び出しではありません」
「と、いいますと?」
「これです。
ようやく、正式なものが完成しました」
「ああ。
この前、試作品を見せてもらった……」
「ええ。
これが、完成した冒険者カードになります。
いわば、ギルドが発行する身分証明書、ですね。
今後、賞金受給のときなどには、これが必要となります。
これまではパーティ全員の分も代表者が一括して受給できたのですが、昨日の逮捕劇もあって、今後はあくまで個人別にしか受給できない仕組みに変えます」
「鎖がついてますね」
「ええ。
首から下げられるように。
シナクさんのように表記されている内容を隠したい人は、カードを服の中にいれるか、それとも別の方法で身につけてもらうことになります。
それから……裏側をみてください」
「裏、ですか?」
「魔力供給の関係で迷宮内限定の機能になりますが、そこにあるギルドの記章を十秒以上長押しすると、ギルドの担当の者と音声で連絡が取れるようになります。
これはあくまで緊急用ですので、普段から頻繁には使用しないでください」