2.りはびりのひ。
「む。
帰ったか」
「そっちの方が、余計な面倒がなくていいけどな……」
「……起きるか」
「あら。シナクさん。
昨日はお楽しみでしたね」
「ぜんぜん、楽しんでやいませんよ。
それよりご飯、お願いします」
「この時間に起きてきたって事は、さっそくお仕事にいくのかい?
帰ってきたばかりなんだから、もう少し休んでいても罰はあたらないだろうに……」
「休んでも、やることがないしなぁ……。
まあ、仕事場の様子をみがてら、ゆるゆると体を慣らしてきます」
「シナクさんはここ最近の稼ぎ頭なんだから、あんまり無理をしないでね」
「おはようござ……います! シナクさん!
ほ、報酬の残りはまだ用意できていなくて……」
「はい、おはよう。
残りの報酬の件は、別に心配しなくてもいいよ。用意できたら知らせてくれれば。
それよりも今日は、さっそく復帰戦にいくからね。
最新の地図と認識票を……うーん。五百、といいたいところだけど、しばらく間あけちまったからな、今日のところは三百でいいや。
ちょうだい。
お代は、残りの報酬から精算しておいて」
「はい。
いつものとおり、最新の地図と認識票ですね。
どうぞ」
「どーも。
んー……留守にしていた間も、あんまり攻略は進んでいないっぽいなぁ……」
「ずっと吹雪いていましたから」
「迷宮の中なんざ、外でいくら吹雪いていてもあんま、関係ないだろうに……」
「基本的に、この辺の人たちは、雪が積もっている間は働きたがりませんからね。
今の時期動いているのは、流れの冒険者とかどうしてもお金が必要な人たちくらいなもので……」
「そんなもんなのかな?
その辺の地元の感覚は、おれ、余所者なんでよくわからないけど……。
まあ、おれとしても、競争相手が少ないにこしたことはないからいいんだけどね」
「うぃーっす」
「おお!」
「旦那だ!」
「ぼっち王の旦那が帰ってきた!」
「馬鹿!
せめて一人勝ちのシナクさんといえ!」
「ああ。まあ、呼び名はどうでもいいや。
それよりも、今日からまた稼がせて貰うから、フォローの方よろしくな」
「任せてください、旦那。
旦那が動くとがっと攻略がはかどるし町も潤うんで、ばっさばっさモンスター倒してってください!」
「認識票、つけ忘れないでくださいよ!
モンスターの死体やみつけたお宝の後始末は、おれらがしっかりさせていただきやすから!」
「おう。いつものとおり頼むわ。手当ははずむからさ。
で、今日はもう、先行してしてるやつらいるの?」
「夫婦の方々がF地区、斧使いの旦那と魔女っこのお嬢さんが組んでK地区方面に進んでいやす。
最近来た三人組の方々は、今朝はまだ、見えていませんねぇ……」
「あいつらのことだ。おおかた、どっかで酔いつぶれてんじゃねーの?
ん、じゃあ……今日はちくっとG地区に潜ってみるかな……。
あそこ、比較的攻略が進んでいなさそうだし……」
「あそこらへんはほかと比べて地盤が緩いんで、いきなりあんまり深いところにはいかねーでくだせーよ、旦那」
「うーん。地盤が緩いのか……。
それじゃあ、あんま大きな発破は使えないな……。
ん。わかった。
じゃあ、いつもよりちょい慎重にいくわ。
じゃあな!」
「……って、相変わらず速いな、おい……。
あっという間に見えなくなっちまった……」
「おい、お前ら!
おれたちもいくぞ!
バリケードの材料をトロッコに積み込め!
ぼっちの旦那に追いつけなんて無茶はいわねーが、冒険者の方々が露払いしてくれた場所には十分な灯りをいれて、残っている荷物を片っ端から集めて外に運び出せ!
元鉱夫の意地をみせてみろ!」
「おう!」
「残り三匹。いや、五匹か。
メイキュウメクラオオカミってのは……群で動くから……よっ! と。
これで四匹。
はっ! ほっ! っと……。
あと二匹。
ほらっ! 来いよ!
来なけりゃこっちから……。
ひょっい! っと!
って……威嚇しても、最後の一匹まで逃げないからなあ、こいつら……」
「悪いな。
お前らに恨みはないが、こっちも仕事だ。
しかしまあ、暗いから弓も使えないし、発破も駄目となると……結構、手間がかかるもんだなあ。
特に、お前らみたいに数が多いと……」
「このあたりから、未確認地域か……。
ここいらに、カンテラ置いて……っと。
ええと、コンパスと紙と矢立てを……。
こっから……十五歩、で、三つ叉になって……道幅が五歩……高さが……うーん……目測で、八ヒロくらいかなあ……。
で、三つ叉を、右から順番に進んでみるか……」
「って、うるせー!
コウモリかよ!
ああ。放置しておいても害はなさそうだけど……後続の人夫どもが気味悪がるからなぁ……。
ええっと、燻し草……あ。まだ残ってたか。こいつでも炊いておくかな。
臭いが残っている間は、帰ってこないはずだし……」
「って、おいっ!
なんでこんなところにクマがっ!
ってか、おとなしく冬眠してるか他のやつらがいるところに、だな……。
って、やばいな。
滅茶苦茶気がたっているみたいだし。
……子どもでもはらんでるのかな?
っと……ほいっ! 爆竹と目潰しっ!
で、目と耳が利かなくなったところで近づいて……。
よっ! ほいっ!」
「って、喉笛掻き斬っても元気だなあ……。
下手に近寄るより、失血死するまで逃げ回るか。
すまねーな。
遅かれはやかれ、ここにも誰かヒトがくる。
どのみち、お前さんの居場所は、もうここにはないのだよ……」
「ふう」
「ようやく、くたばってくれたか。
だいぶ、逃げ回って走りまわったなあ……。こんなときに、新手と遭遇しないでよかったけど。地図書いてないし……認識票たどっていったん、引き返すか」
「ええっと……三つ叉の左が、五千三百歩ほどで地下水にぶつかって、行き止まり、っと……。
この水は、どっから流れ込んできたんだか……。
ええっと……試薬が……反応なし、か。ちょっと硫黄くさいけど。
目立った毒性は、なし、と。硫黄の臭いは気になるけど、沸かせば飲めそう……かな?
で、また、三つ叉まで引き返して……」
「ここで休憩するか。
カンテラの燃料を補充して、弁当と水筒……」
「今日は、先を急いでもなあ……。
メイキュウメクラオオカミ、群単位で皆殺しにしちゃったからな。
人夫ども、そっちの搬出におわれて当分こっちまで追いつかないだろうし。
で、こっちの先にはどデカいクマがまだ一匹、どでんと控えているし……」
「休憩終了」
「今度は真ん中の道、いくか。
ひさびさの仕事だし、今日は無理をしないでほどほどのところで切り上げよ」
「真ん中の道は、五百三十四歩ほどで溜まっている地下水にふさがれている、っと……。
このへん、どこからか水が沸いているんだな。
それはいいんだけど……わっ!
なんか出たっ! って、ワニかよ! なんでこんなところに白いワニ! しかもちょーデカいしっ!」
「とりあえず、爆竹と目くらましっ!
ちょっとひるんだところで、口の中に小さい発破っ!
っほ……流石に気を失ったか……口から煙吐いて白目剥いてらぁ。
ああっ! ちゃんとした発破が使えりゃあ、一気に吹っ飛ばせるのになあ……。
あいつらのウロコって、かなり硬いんだよなあ。しゃあない。例の切れ味するどいの、使うか。
まずは、頸動脈を……。
やぁっ!
とぉっ!」
「って、動いたぁ!」
「ひゃあっ!
こら! おれはうまくねーって!」
「っくっそぉー……気管斬る前に目を覚ましやがって……。
っと……もう一発、ちっちゃい発破っ!
おまけだっ! さらに一発っ!」
「しぶてぇー! まだ動いてるぅー!
こりゃもう、逃げて逃げて逃げるっきゃねー!」
「おう、三つ叉なってる……」
「旦那の認識票はっ、と……三つ叉のうち、二つには、旦那が踏み込んでいるみたいだなや」
「オオカミだけで、トロッコ六往復くらいしたからならな」
「おれらの手間賃を抜いても、毛皮だけでもかなりも儲けだで」
「そんなことはいいから、とっととバリケードかける用意しろ。
とりあえず、ここまでの安全は確保できたってこった。
ぼっちの旦那に無駄働きにさせるんじゃねー!」
「「「おうっ!」」」
「……うぉーっ!」
ぼかんっ! どかんっ!
「……あれ?
どっからか、ぼっちの旦那の声が……」
「それと、爆発音も……」
「うわぁ! 旦那がっ!」
「そんなことはいいから、全員一時退避ぃ!
ワニだ! 白いワニがくるぞぉ!」
「きたーっ!」
「ワニだ! ワニだでよっ!」
「なまらデカい白いワニがっ!」
「血塗れで、口から煙吐いた白いワニがっ!」
「いいから逃げろぉっ!」
「「「わぁーっ!」」」
「……いったか……」
「さて、残ったのは、お前さんとおれだけだ」
「ここは、多少広いし……それ以上に、明かりがあるし……」
どかんっ! ぼかんっ!
「小さい発破も、今ので品切れか。
しかしまあ、あれだけ血を流しても、まだ動けるのか……。
ワニって、クマよりもしぶとかったんだな。
流石に、動きは鈍っているようだけど……」
「まずは、弓矢で目を潰して……」
「……うるせぇー……。
そろそろ、その吼え声が断末魔になってくれねーと……こっちもきついんだが……」
「……あー……。
まだ、動くか。動けますかぁ……」
「やっぱ、とどめを入れねーと駄目っぽいなぁ……。
人夫どもの安全も確保しなけりゃならねーし……」
「目も潰したし、あんだけ煙吐いてりゃあ、もう鼻も効かねーだろうし……」
「……一か八かの肉弾戦、いくしかねーか……。
体重差、百倍じゃきかねーぞ、このデカ物……」
「ままよっ!
背中に馬乗りっ……!
脊髄切断っ!」
「がはぁっ!」
「がっ!
はぁ……はぁ……」
「吹っ飛ばされた……。
逃げる……」
「……手応えはあったから、今度こそは、時間の問題……だと……いいなぁ……」
「旦那、大丈夫ですかい!」
「……大丈夫じゃねーよ……」
「あの、ワニの野郎は……」
「追ってこないところをみると……ようやくくたばったか……あるいは、もう、瀕死の重体なんだろうな……。
もう少し、休ませてくれ……。
息を整えたら……様子を、見にいく……」
「はぁ……」
「静かになったから、おそらく大丈夫だとは思うけど……。
おれが帰ってくるまで、奥にはくるんじゃねーぞ。
しばらく待ってもおれが帰ってこないときは、そのまま引き返せ」
「……ふぅ」
「よかった。くたばってくれている……」
「おーい!
いいぞっ!
この三つ叉になっているところまで、安全を確保っ!
バリケードを頼む!」
「うわぁ……」
「あらためてみると……でけーなぁ……」
「おいっ!
だれかいったん外に出て、応援何十人か呼んでこい!
こんなデカ物、おれたちだけじゃあ無理だ!
残りはさっさと資材を運び込んでバリケードの設営!」
「大きさもだけど……白子のワニなんて、滅多にない出物だ。
ぼっちの旦那、また儲けましたね」
「あんま、儲けたって気がしねーなー。
……しんどすぎて……。
あっ。それからな。
こっちの道の奥に、このワニより少し小さいくらいのクマもくたばっているから、そっちの始末もよろしく頼むわ」
「……旦那……」
「旦那は、やっぱ……」
「一人勝ちの旦那なんだなや」