48.もるもっとのあつかい。
ギルド本部前。
「それじゃあ、フェリス。
あとの、必要な書類の作成は任せたぞ。
そのためにわざわざ、お前みたいなのを同行させたんだから」
「それは、シナクさん。このフェリスの能力を高く評価してくださるという……」
「……というわけでは、決して、ない。
おれは書類仕事が嫌いで、なおかつ、仕事をごり押ししても良心が痛まない相手が、たまたまお前しかいなかっただけのはなしだ」
「そんな……それは、あまりにも、身も蓋もない……」
「事実だからな。
それじゃああとは、お前は書類作成、おれは酒場。
別に今すぐ取りかからなくてもいいけど、明日は明日でまた仕事が増えるだろうから、早めに手を着けておいた方がいいぞ」
「自分がやられたことを、より立場が弱い相手にやり返しているわけですね。
さすがはシナクさん、なかなかの悪辣ぶりです」
「なんとでもいえ。
とにかく、おれは書類仕事が嫌いなんだ。今日、それを実感した。
じゃあ、また明日な」
「あ、シナクさん」
「なんだ?」
「シナクさん、思ったよりも真面目に仕事していらっしゃるんですね。このフェリス、感服いたしました」
「さっさと仕事をするか……寝ろ!」
羊蹄亭。
「あはははは。
シナクくん、今度は新人さんの、教育係だって?」
「おーよ。
なんてーか……このギルドも、意外に貧弱な基盤の上に成り立っていたんだなーって、最近になって実感しているところだ」
「そりゃあ……冒険者を養成する学校なんて、大陸広しといえども、どこにもないからね!」
「ああ。
冒険者なんてもんは、なりたくてなるんじゃない。他にやりようがないやつがいやいやなるもんだ。
好んで冒険者になろうなんてやつの気持ちは、おれには皆目わからん。
わかりたくもない」
「気持ちはわからないでもないけどねー。
シナクくん、意外に似合っているよ!
どっちも!」
「どっちも?」
「冒険者と、教育者」
「……悪い、冗談だな」
「でも、向いているのは事実」
「なおさら、たちが悪い。
で、お前らの方はどうなの?
その後の進展とか?
あのきぼりんとかはどうしている?」
「魔法札の開発を任せている。生物相手のものだから、効果の検証が面倒」
「この間、はなしていたやつか?」
「そう。
麻痺札と凍結札。
麻痺札は、もともと攻撃補助魔法として発達したパラライズの術式に手を入れて一枚の札に収めたもの。生物の肌に貼ると、周辺の部位を麻痺させ、感覚をなくす。結果、痛み止めとして作用する」
「で、検証ってのは?」
「どこからどこまでを麻痺させれるのが実用的なのか……判断が難しい。あと、効き方が、どうも、人によって、個人差がある。その見極めも、難しい。
もう少しデータがそろわないと、安心して売りに出せない。
これは、キャヌに頼んで数十人単位の志願者を募り、実験に参加してもらっている」
「なるほどなあ。
その実験って、やっぱ参加者に謝礼とか用意するの?」
「当然。
でなくては、誰も参加してくれない。
老若男女、できるだけ多様な人々の実証データが欲しいから、検証に時間がかかる。検証する側にとっては、根気が必要となる」
「根気って点では、あれは有利だよな。
普通の人間よりは、単純な繰り返し作業に強いだろう」
「強い」
「それで、凍結札ってのは、例の止血用のか?」
「それ。
一枚の札でどこまで凍らせるのが適切なのか、これも、条件設定が難しい。
傷口に対してあまり広い範囲を凍らせてしまうと、そっちの治療の方が、かえって大変になる。あとで手術や治療にあたる医者とも、相談しながらの検証となる。
これは、家畜や生きている野生の動物を買い取って、実際に傷をつけて実験している。
麻痺札よりも実験用検体の調達が困難だから、お手軽に実証データを増やせない。難航している、というよりは、そんな理由で、予想よりも、検証作業が遅れている」
「ま、そんな理由なら、仕方がないんじゃないか?
焦る必要はないし、気長にいくしかない。コツコツやってさえいれば、いつかは終わるさ。
あと、休憩時につかう、警報用のは?」
「あれは、術式も検証も容易なので、もう印刷の終わった製品があがってきている。ギルドにも売っているので、明日にでも売店に並ぶと思う。
効能からとって、わかりやすく、警報札と命名した」
「すんなりできあがるのもあるのか。
いろいろだな」
「あと、武器に付加する術式……」
「別の新しい術式、できたの?」
「できていない。
ルリーカは戦士ではないので、適切な効果を持つ術式が思いつかない。
この前売り出したものも、元はといえば、バッカスのバトルアックスに刻まれていた術式に手を入れたもの。
むしろ、シナクとか戦士職にある人からの意見を求めたい」
「なるほどなあ。
とはいえ、とっさには思いつかないんだけど……。
あと、今、売っているやつだって、まだまだ出回りはじめで、ほとんどのやつは使いこなしていないわけだから……そんなに、急いで次のを用意する必要もないとも、思うけど……。
あっ。
そうだ。
武器ではなくて、防具とか、強化できないか?
この間、リンナさんと遭遇したとき、この兜……リンナさんの魔法を弾いたらしいんだよな、どうも。
おれもそのときまでまるで気づいていなかったけど、どうも、そういう細工がしてあったらしい」
「してあるよ!
耐魔法だけではなく、耐投射武器、いわゆる矢除けの術式とか、思いつく限りの防御術式を組み込んであるよ!」
「おま……そういうことは、まず、実際に使用する持ち主に、知らせておくべきなんじゃないのか、コニス……。
って、ことは……かなり気軽にもらっちまったけど……この兜と胸当て、実は、かなり高価なものになっていないか?」
「……うーん。
あくまで試作品、これからの展開を考えた上で、想定しうる限りの攻撃に耐えきるものを、現在最新の技術を駆使して作ったわけだから、値段なんかはおいそれとつけられないけど……。
強いてつけるとすれば、白金貨……いや、やはりミスリルのインゴット、何十本分とか、そんな世界になるね!」
「そんなバカ高いものを気軽にくれているんじゃーねーよ!」
「別に、気軽にあげたわけではないよ!
一つは、お金に糸目をつけずに職人さんの腕を向上させるため。経験はお金では買えない、ってのは、冒険者も職人さんも同じなのだよ!
もう一つは、シナクくんならこれからも常に最前線をひた走って、迷宮でも一番危険なところにひょいひょいいってくれるだろうってことから、性能試験にちょうどいいからだね!
さらにいうと、シナクくんの防具に使った技術はちゃんと還元して新世代の製品に反映するつもりだから、無駄にお金をかけているわけでもないのだよ!
いうなれば、シナクくんは……最上の、モルモットだね!」
「……ちっとも、うれしくねー!」
「と、いうわけで、シナクくん。
防具に関してはすでにオーバースペック気味の先行試作品が稼働済みなんで、時期と状況を見極めてそれなりの術式付加品が商品として出回るはずだから、それほど心配する必要はないのだよ!
どちらかというと、武器用のアイデアが欲しいところだね!」
「……はぁ。
そうかい、そうかい……。
あっ。
そうだ、コニスの知恵を借りたいと思っていたんだ」
「なになに?」
「非力な人用の効果的な武器、って、扱ってる?」