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Short Short Circuit

ぐるぐる

作者: 境康隆

 私にはすることがない。

 家には居る場所がない。

 時間を潰すものがないのだ。

 家族に会わす顔がないのだ。

 居たたまれなくなってすることは、家を出て街を彷徨うことだけだ。もっと若い人なら、自分の部屋に閉じこもるのかもしれない。

 だがこの家の主であったはずの私は、そのはずだったのに私だけの部屋がない。

 個室は子供達が使っている。それこそ閉じこもるように使っている。

 妻との寝室は一分たりとも居ていられない。愚痴を聞かされるだけなのだ。将来の不安を訴えられるだけなのだ。これからどうしたらいいのかと、私をなじる一方なのだ。

 それは私が聞きたい。

 これからどうすればいいのだろう?

 勿論誰も教えてはくれない。

 転げ落ちるように私は人生の落伍者になった。詳しくは説明しまい。最近は誰もが辿る人生だからだ。

 だがこれだけは言っておこう。私は指示待ち人間だった。

 思えば上の指示だけで仕事をしてきた。係長が右を指せば右を向き、課長が左を見れば左を向き、部長が天を仰げば上を見た。勿論社長があさっての方向を指せば、私もあさっての方向を向いたものだ。

 だから会社がなくなると聞いたとき、それも何かの指示のように思えた。

 訴えることも、抗うこともなく、私はその指示に従った。まるで左折や右折を指示する交通標識の矢印に引かれるかのようにだ。

 待っていたのは進入禁止のあの指示標識だ。

 行き止まり。この先には入れません。

 指示に従って道を進んできただけなのに、私はその標識に人生を阻まれる。

 今日もまた何をする訳でなく、私は街を彷徨う。

 することなどない。お呼びでないのだ。何処もかしこも書面一つで断られる。

 見えないところでうろうろしていれば、家族の愚痴や現実からは逃げることができる。だから私はいつの間にか、街を彷徨うのが日課になっていた。

 元より自分から何かする性格ではない。だから目的もなく私は街を彷徨う。

 誰かに指示されなければ、一方に向かうことすらできないのだ。

 だがいつしかそんな私は、一つの楽しみをこの彷徨に見いだした。楽しみというか、幾ばくか気が楽になる方法だ。

 それは人の指示に従って行き先を決めることだ。

 そう、それはまるで私の今までの人生そのものだ。

 私は街中で指示標識を見つけると、その矢印の指す方向に進んだ。それは直線や右折の指示だったり、一方通行の指示だったりとまちまちだったが、確かに矢印で方向を示してくれていた。

 私は何処に連れていかれるかも分からず、その指示標識に従って街を彷徨った。

 やはり私は指示待ち人間だったのだろう。まるで生産性のないその行為に、ただただ時間が潰れてくれるその行動に、私は何とも言えない安堵を覚える。

 誰かの指示に従って、唯々諾々と指示をこなす。思えば私がしてきた仕事そのものだ。私は指示標識に従うことで、何かをしているような気になっていた。

 だがそんなことの為に設置されている訳ではない指示標識。私の楽しみは数日を過ぎると、幾つかの道で途切れてしまうことが分かった。

 その時に指示はない。誰も私の彷徨う先を教えてくれない。私はとぼとぼと引き返す。

 そんなある日私はある行動に出た。指示待ち人間の私が自分から動いた。

 別に褒められた話ではない。私は指示標識の向きを一つ、勝手に変えたのだ。

 それだけで新たな指示が私の前に現れた。私は新しい方向に嬉々として進む。勿論いつかはそれも行き止まる。そして私は指示標識の方向を、自分の手で変えてしまう。

 この積極性を他のことに活かせばよかったのかもしれない。だが私は指示されることの気楽さが身に染みついているのだ。今更自らの意思で、自分の進むべき方向を指示することなどできない。

 そして更に私は、その指示標識を己の都合のいいように変えてやった。家を出て最初の指示標識に従って道を行くと、何処までも新しい標識が続くようにしてやったのだ。

 勿論無限に標識がある訳はない。ぐるぐると同じところを回れるように、私がその標識の向きも変えてやったのだ。

 代わり映えのない同じ道を、私は毎日ぐるぐると回る。別に苦痛はない。私の人生そのものだからだ。

 時に標識は直されていることがある。その度にもう止めた方がいいかと、思わされることもある。

 だが止める訳にはいかない。

 私は直されていた標識の前で、後ろを振り返った。

 そこには私と同じ年格好をした――いや、同じ目をした人間がぞろぞろと私の背に続き、次の指示を待っていたからだ。

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