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起きたら猫に!?~夫の本音がだだ漏れです~

作者: 水中 沈
掲載日:2026/02/14

「本当は私を愛していないんでしょう!!」


アネットがそう叫んで自室に閉じこもったのは昨日の事。

サロンに出す花を薔薇で注文していたのに、夫であるマリウスが勝手にチューリップに変えてしまったのだ。

おかげで必死に準備していたサロンは微妙な空気のまま終わった。


私に何の相談も無く花を変えるだなんて!

しかも、これが一度目ではない。


外出しようと誘われ、綺麗なドレスで着飾ったのに。

馬車ではなく馬に乗せられ、重たいドレスを汚さない様にするのに必死だったこともある。


きっと、きっと彼は私の事が嫌いなんだわ!


ベッドの枕は涙でびしょ濡れになった。


そして翌朝――――


窓から差し込み光で目を覚ました私の視界に入って来たのはピンクのフワフワな肉球だった。

ああなんて柔らかそうな…と思っていたら、私の動きに合わせて肉球が動く。

体を伸ばすといつものベッドなのに、やけに広く感じた。


視線をずらすと、窓辺で小さな妖精がいたずらっ子の様に笑っている。


(まさか!)


急いでベッドから飛び起きて、絡みつくシーツに四苦八苦しながら鏡へと向かう。

転がる様に鏡の前に立った私は悲鳴を上げそうになった。

なんと、鏡の前にいたのは。


「猫!!???」

 

にゃにゃっ!!と猫の鳴き声が部屋に響く。

私は白猫になってしまっていた。

十中八九、先ほどの妖精の仕業だろう。


「妖精の悪戯」


巡り合えば幸運を引き寄せるという噂があるけれど、実際に悪戯されると迷惑でしかない。

そう長くはもたないと聞いているけれど、いつになったら人間に戻れるのか見当もつかなかった。


困ったわと、部屋の中をうろつく。

もうすぐ侍女が朝食を持ってやって来る時間だ。猫になっただなんて、誰も信じてくれないだろうし…

それに、喋ろうとしても口から出るのはにゃーという可愛い声だけ。


コンコンと控えめなノックの音が聞こえ、僅かに扉が開く


「奥様、朝食を…」


(侍女は猫が苦手だわ!見つかったら大変!)


侍女の声を聞く前に、私は開いたドアに向かって走った。




「猫だ!!」


「猫がいる!!!」


廊下を走る私を見て執事と侍女が驚く声が耳にこだます。

キーンと耳に響きその音に、私は更に驚き、パニックになった。

体中の毛が立ち、尻尾がピンとなる。


(誰も、誰もいないところへ、早く!)


尻尾を踏まれそうになりながら、走って走って…どのくらい走っただろうか。

人気のない部屋にサッと体をねじ込んだ。

そうしてようやく、静かになった。


(ああ、良かった)


ホッのもつかの間。

山ほどに積まれた本のその向こう側で、カリカリと筆記用具の音がした。


恐る恐る覗いてみると、そこには真剣な面持ちで書類にペンを走らせるマリウスがいた。

彼はまだ私の存在に気付いていないようだった。


(ここも駄目ね)


別の場所に移動しようと踵を返すが、誰かが閉めてしまったのか、扉が完全に閉まってしまっている。


(せめて、手があれば開けられたのに!!)


猫の前足では扉は開きそうにない。

それでも。と開かない扉に奮闘していると、その音に気が付いたのか、マリウスが椅子から立ち上がった。


「何だ?」


(ああ、神様お願い…)


出来るだけ小さく、見逃してもらえるように尻尾を丸くする。

しかしその効果は無く、夫は扉の前で固まる私を見つけてしまった。


「なんだ、猫か」

 

マリウスはそっと私を抱き上げ、私の顔を覗き込む。

暫くじっと私を見つめたのちに、小さく。


「猫ならいいか」


と呟いて、私を部屋の奥へと連れていく。

どさりと椅子に座った彼は、私を自分の足の上に座らせて、背中を優しくなでながら「猫よ」と問う。



「私は妻を愛しているんだが、どうやったら上手く伝えられるだろうか…」





…はい?

今何とおっしゃったのですか?

私を、愛している?嫌っているのでは?


これは聞き逃してはならないと、私は耳をそば立てる。

マリウスは無口な人で、私に愛してるだなんて、一度も言った事は無かった。

彼は私を撫でながら話を続けた。


「妻を喜ばせようとしても、いつも失敗してしまうんだ」


妻は花の中でチューリップが一番好きだ。

二つ隣の領地に少し早い春が来て、見事なチューリップ畑が広がっているという。


季節外れの薔薇を愛でるより、妻の大好きなチューリップで庭を満たしたら、妻は喜んでくれるだろうか。

そう思って、薔薇の代わりにチューリップを注文した。


だがしかし、その日のサロンは王都で咲いた珍しい薔薇を愛でようと事前に皆で決めていたというのだ。

結果、妻は酷く恥をかいてしまった。


「それだけじゃない」とマリウスは続ける。


生まれたての子馬を見て、妻は「遠乗りに行きたいわ」と言った。

けれど、妻は一人では馬に乗れない。


それならばと妻を誘って二人で遠乗りに出たのだが、目的地の泉に着いた時。

妻が足を引きづっていた。

それを見て思ったよ。「失敗した」と。


「部下にこのことを話したら、酷く怒られてしまった。『ドレスの女性を馬に乗せるだなんて!!』と。妻には悪い事をしてしまった」

 

その後も次々とマリウスは失敗を語った。

そしてその全てが「妻が喜ぶ」と思ってした行動だった。


「酷く間抜けな夫だろう?

正直に妻に愛を伝える事も出来ず、彼女を喜ばせてやる事も出来ない」


私の背を撫でる手が止まる。

どうしたんだろう?と顔を上げると、今にも泣きだしそうな顔のマリウスがいた。


「いつか、いつか私は妻に捨てられてしまうかもしれない」


そうなったら、とても生きていけそうにない。


心臓でも貫かれたのかと思うくらい苦しげな声で彼は言う。

そのあまりの必死さに思わず声が出る。


「大丈夫ですよ」


私があなたを捨てるなんて事。絶対にありえませんから。


部屋ににゃーと声が響く。


「慰めてくれているのか」


お前は優しい猫だ。とマリウスは私の頭を撫でた。


この魔法が解けたら夫に伝えなくてはならない事がある。

魔法が解けるまで。それまでは…この人の情けない話に付き合ってあげよう。

 

「随分と長く話し込んでしまったな。ところでお前、どこから入って来たんだ?」


私を抱き上げてマリウスが問う。

本当におまぬけさんね。今更気になったの?


思わず笑い声を上げた時、パチリと音がして魔法が解けた。



「あ、アネット!!??」


天井まで届くんじゃないかと思うくらいの勢いでマレウスが飛び上がる。

彼の膝に乗った私は、突然至近距離になったマリウスの顔に目を白黒させていた。

彼とこんなに近づくのは久しぶりだった。


「どうして君がここに!」


「あの、私、猫で…妖精の悪戯が…」


マリウスはその言葉で全てを理解したらしい。

耳を真っ赤にさせながら、「なんて事だ…」と呟いた。


「ああ、アネットどうか落ち着いて聞いてくれ。君と離婚するのは死んでも嫌だ」


神に懺悔するようにマリウスは私の手を握って懇願した。

 

「勝手に決めつけないでください。私はあなたと離婚する気はありませんよ」


「本当か!本当なんだな!?」


ああ、良かったと彼は私の手を取ったまま立ち上がる。

そのままダンスでも始めてしまいそうな喜びようだった。


「ですが、一つ条件があります」


「なに、条件だと」


宝石か?花か?ドレスか?君の為なら何でも用意しようとマリウスが言う。


「違います。一週間に一回。私の講座を受けて貰います」


「講座?」


「ええ、そうです。女心の分からないあなたに、私がしっかり教えてあげます。どうすれば、私が喜ぶのかを」

 

「なるほど、それは面白そうだ」


直ぐに君の為の時間割を作ろう。とマリウスがペンを走らせる。


「毎日水曜日。一時間ちゃんと受けてくださいね」


「勿論だとも」


ああ、これでやっと妻を喜ばせる事が出来る。

マリウスが私を抱き上げた。


その時――――。



「マリウス様!奥様がいなくなりました!!!」



顔を真っ青にした侍女と執事が執務室の中になだれ込んでくる。

彼らは抱き合う私たちを見るなり、はーっと大きく息を吐いた。

そして、目にも止まらぬ速さで扉を閉めると。


「お邪魔しました!!」


と大きな音を立てて去って行く。


その様子があんまりにも面白かったものだから、私とマリウスは暫く笑いが止まらなかった。

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