9話 完全敗北!JKIII!
「いつまでこんな仕事やるんすかー?」
官属秘密作業員の蔵安冴子は、先輩の溝口勝平に苦言を呈した。体のラインが浮き出るダイバースーツを身に纏い、酸素ボンベを背中にしょって、足先に水鳥の足のようなフィンをつけて、船から海に飛び込む直前だ。クラヤスは伸びをした。二十五歳の彼女の体は若く引き締まっている。しかし胸と腰に関しては肉付きがいい。男性の好む体型だ。
彼女はミゾグチのことを信頼している。ミゾグチは彼女に体目当てで言い寄って来ないからだ。恋してもいる。クラヤス自身は己の恋心に気づいていないが。
「見つかるまで、だ」
ミゾグチは海に飛び込んだ。
彼らに課された任務は死体の捜索。シデンレーザーとの戦いの末、眉間を打ち抜かれながら海に落ちた怪人、『ブラックマスク』の死体を探しているのだ。クラヤスが腰につけたキーボードに文章を打ち込むと、ミゾグチのゴーグルの端にその文章が表示された。
「死んでると思いますけどね、見たでしょう記録映像。生きてたら怖いっすよマジで」
ミゾグチは周囲を見渡しながら、キーボードに打ち込んだ。
「死体が発見されるまではこういう犯罪怪人は法律上死んだことにできない。死なない怪人が居るかもしれないからな」
ミゾグチは大きな岩が海中に沈んでいるのを見た。
「あの岩、ひっくり返してみるか?」
ミゾグチのチャットに対して、クラヤスは「いやさすがにありえせんて」と返したが、ミゾグチは「わからねーだろ」と打ち込んだ。
二人は念力を用いて岩を持ち上げる。彼らは作業員として、怪人作業員の国際規格基準を少し超過した出力の念力を与えられている。
結局、岩の裏には何もなかった。「ほら、無駄骨だったじゃないすか」そうやって打ち込んだクラヤスのチャットに、返事は入ってこない。視界の端で海が赤く煙るのが映った。
クラヤスはその煙を見た。その煙を放つ物が、上半身を失ったミゾグチであることに気づいた。これは血だ。クラヤスは周囲を見た。ミゾグチを殺した存在が近くに居る。(こいつか!)クラヤスは歪んだ顔で睨んだ。異常なほど巨大な体に成長したウツボの姿がその目に映った。強力な宇宙細菌の反応がある。このウツボは"魔物"だ。成人男性五人分のその身をくねらせながら、ウツボは一瞬にしてクラヤスの目の前に迫る。
クラヤスは念力で自らの体を動かし、身をかわした。そして海岸に向かって泳ぎだした。ウツボはそのクラヤスを血走った眼で追う。クラヤスの足先についたフィンを食いちぎった。クラヤスはバランスを崩す。
クラヤスは海底の砂を念力で動かし、ウツボの視界を眩ませる。それと同時に鼓崎市宇宙細菌災害対策所本部(シルバーライトやスギが所属している事務所である)への応援要請をかけた。
そしてクラヤスはバランスを崩しながらも海岸へ進む。片足を噛みちぎられる。クラヤスは念力で傷口を圧迫し止血。泳ぎを再開させる。体を巡るアドレナリンがぎこちないはずの動きを加速させた。
なんとか海岸にたどり着いた。這いつくばりながら砂浜に上がった。安心と同時に痛みと悲しみが体を襲う。しかし、後は応援を待つだけ……
そう思った瞬間、砂を見つめる視界に暗い影が映った。体ごと後ろに回して振り向くと、さらに七回りほど大きくなった巨大ウツボが水面から顔を上げていた。大口を上げて襲いかかる。逃げる手段はない。
クラヤスの上半身はまるごと喰らわれ、砂浜には無残な死骸が孤独に残った。巨大ウツボの胃の中で、クラヤスは死んだミゾグチの顔を見つめ、今に死ぬ心で安心した。脳は死に向かって壊れ、苦しみに耐えるため分泌される快楽物質が負の感情を消し去った。この理不尽極まりない死がロマンチックに映るほど、クラヤスの認識は崩れ、涙が胃液を薄めながらクラヤスは死んだ。
ウツボはその死骸を一瞥もすることなく、少し身を縮めて赤い海に姿を隠した。
「もしもし、スギさん。怪人少女ホワイトルール、殺害完了ッス」
シデンレーザーが右手で無線機を持ち、左手で銃をくるくる回しながら通信した。眉間を撃たれ脈の止まったホノカを見つめながら。
あっけない戦いだった。ホノカは受けた電流を触手から地面へ逃がし、気絶を防いだものの感電により素早い身動きは取れず眉間に銃弾が命中。そのまま死亡。シンプルな死因だ。
「よくやった。死体の回収はナナキに任せる。待機していてくれ」
スギはそう返した。無線機から伝わる音声は少し騒がしく、スギの声は聞き取りづらい。
「なんかあったんスか?やかましいッスけど」
シデンレーザーがそう言うと、スギは少し疲れた口調で答えた。
「魔物が出たんだよ。ノギとクロサキと俺で退治に行くんだ」
スギがそう言うと、シデンレーザーは首をかしげた。
「センパイはどうしてんスか?」
「クリムホライゾンを倒したらしい。気絶したそいつのそばで迎えを待ってるよ」
シデンレーザーは嬉しそうに笑った。
「さすがセンパイ……これで私たちの勝利ッスね」
「そうだな……」
スギの声は少し憂鬱だ。魔物退治に向かう彼らは、本来戦闘員ではない。危険な任務。しかし行くしかない。
スギの言葉にシデンレーザーは「怯えてんスかァ?」と返した。「生意気な……」スギは言った。
「まあ、生きて帰って下さいよ。死んだらめんどくさいッスから」
スギは少し黙った。シデンレーザーがこのような気遣いができると思っていなかったからだ。
「辛い仕事だよ。平和になれば良いのに」
シデンレーザーは自分より十五も年上のスギのその声が、すこし幼く聞こえた。
「そだね」
シデンレーザーもつられて、少し幼くなった。通話が終わった。
七樹梓は死体を積んだ車に乗って走っていた。ナナキがマスクをしているのは、できたばかりの死体が放つ、血と汗とあらゆる体液が混じったような臭いが苦手だからだ。
事務所にたどり着くと、死体を検死用の部屋に置いた。怪人の検死は通常拘束した状態で、三日かけての長丁場で行われる。何があっても不思議じゃないからだ。
ナナキは検死のノウハウを知らない。事務所に住み込みで働いている専門の医者に仕事を引き継ぐ。
医者と話しているうちに、気絶した怪人、クリムホライゾンを乗せた職員が事務所に帰ってきた。今から取り調べが始まる。
ナナキは取り調べが苦手だ。犯罪者にもいくつもの種類がある。無理矢理二つに分けるなら、『諦めている者』と『諦めていない者』だ。
相手が諦めていれば、取り調べは早く終わる。しかし、諦めていない相手への取り調べは十中八九上手くいかない。何も話さない者。嘘八百でごまかす者。いきなり暴れ出す者……もうこりごりだ。ナナキは自分が取り調べに向いていないと感じる。
しかし、これも必要な仕事だ。気持ちを切り替えて、ナナキは取り調べを始めた。クリムホライゾンはすでに目覚めていた。
「本名は?」
「空徒夕子」
クリムホライゾンはおとなしくその名を明かした。ナナキは少し驚いた。諦めていない瞳をしていながら、包み隠すことはないと言わんばかりの投げっぱなしな態度。
「それで、なんで犯罪ばっかするの?私たちに喧嘩を売るようなこと……」
黒髪の下から瞳の一部を除かせ、ナナキは問う。ユウコは自らにつけられた爆弾付きの首輪や部屋に備え付けられた監視カメラ、そしてそのカメラの奥で覗いているだろう職員の存在を気にかけることもなく、話し始めた。
「少し長くなるが」
「簡潔にお願い」
ナナキは急かした。これは湾曲的表現で伝えられることにより正しい理由がぼかされてしまうことを防ぐためだ。
「ただ生きるだけでは不自由で、あいつらと悪いことしているうちは自由だったから」
ユウコの答えに、ナナキは少し機嫌を悪くする。
「そんな、自己満足的な理由で?」
ナナキの問いに、ユウコは頷いた。否定されることなど分かっていたかのように。
「大事なことなんだ。言葉に変えるとチープになるけど」
ナナキは机を叩いた。不条理を憎み激されやすい彼女の性質が取り調べの事務的な関係を消し飛ばした。
「その『大事なこと』を通したせいでッ!あんたのお仲間はどっちも死ぬことになったのよ!」
ユウコは、呆気にとられた顔をした。次に目の端が涙ぐんだ。ナナキは、ユウコの心が折れたのだと思った。
「そんなことないさ」
ユウコはそう言った。
ネタバレタイトル過ぎる




