7話 成多純華、失踪十日後
「十日経つぞ。まだ連絡が取れないのか」
ユウコはそうホノカに言った。スミカは十日前、ボクサー作戦の決行後、撤退し別れてから連絡がつかず、学校にも来ていない。探しても見つからなかった。
「しんぱいだねー」
ホノカは無感情にそう言った。決してスミカのことをどうでもいいように思っている訳ではない。ただ、ホノカは本当は心配できるような精神構造をしていない。
ユウコはそれを理解していた。二人は静かになった。ホノカは何か紙に書き綴っていた。ユウコはその紙を覗き見た。
「これは……次の作戦か?」
ここ一週間、悪の秘密結社としての活動は途絶えていた。一人居ないと勝機も少ないと考えていたためだ。しかし、ホノカには考えるのを止めるという考えはなかった。
「……そうだな。やるしかない」
ユウコは自分を納得させた。また静かになった。立ち入り禁止の学校の屋上は強い風が吹いている。
「週末、決行しよー」
ホノカが言った。ユウコは頷いた。いつまでも待っては居られない。悔やんでは居られない。進むしかない。ユウコは決意を振り絞ろうと手を握りしめた。
昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。二人のクラスは違う。二人は別れた。
ユウコは肘をついて授業を聞く。本当は何も聞く気になれない。学校の授業は退屈だ。彼女の怪人性は異状な共感能力。周囲の退屈を受信し、彼女は余計退屈になる。
退屈になると、寂しくなる。スミカがどこにいるのか、どうしているのか。考える時間が長くなるから。
(うるさい)
彼女はそう思った。人々の心の声が脳内で反響する。彼女はこのうるささが嫌いだ。皆濁った声をしている。
「では、問題八を、空徒さん」
「はい」
ユウコは席を立ち、カツカツと歩き始めた。チョークを手に取り、答えを書き綴る。書き終わるときびすを返して席について、足を組んだ。
「正解です」
先生は事務的にそう言った。ユウコは窓の外を見つめている。晴れている。鳥がたまに窓を横切る。なにかこの退屈を紛らわすことは起きないものか。例えば、教室に蜂が入ってくるような些細なことが。
鈍化した時間を引き戻す授業終了のチャイムが鳴った。ユウコは席に着いたまま、窓の外を眺めていた。
「昼休みどこ行ってたんだよー!」
クラスメイトの渡良瀬美咲が話しかけてきた。隣の安芸二子はショートボブの髪を軽く揺らして、ユウコを覗き込むように見た。
「あー、ずっとトイレに居たんだ。最近便秘気味で」
ユウコがそう嘘を答えると、ワタラセは心配の表情をした。ユウコが感じる感情の声は大して心配していなかった。つまり、コミュニケーションを円滑に進めるための小さな嘘というわけだ。
「大丈夫だったかー?おなか痛くない?」
ワタラセがそう言うとアキはスマホをいじり始めた。その心は嫉妬と退屈。アキはワタラセが誰かと話していると少し不機嫌になる。
「いや、もうすっきり出たから大丈夫だよ」
ユウコがそう言うと、アキは「汚い……」と呟いた。
「それでさ、今週末空いてる?」
ワタラセがそう聞いた。期待の感情とほんの少しの諦めの感情を込めて。
「いや、空いてない」
ユウコは決まってこう答える。本当に空いていない訳ではない。しかし彼女は誰かと共に行動するのが得意ではない。上手く取り繕っていて、端から見れば一切そうは見えないが、彼女は他人を恐れている。
「ちぇー、一回くらいユウコと遊びたいのに」
ワタラセは(やっぱりか)と思っているようだった。ユウコに興味を持っているらしい。
「ごめんよ」
そう言ってユウコは席を立った。
「ちょっと自販機に行ってくる」
ユウコはこの場から立ち去ろうとした。アキの負の感情が少しずつ高まっているのを感じたからだ。
「私も行くよー!」
ワタラセがそう言った。ユウコは予想外だった。誤算だ。アキは当然のように何も言わずついてきた。
「なあ!どれが良いかなー?」
ワタラセはお金を入れてからだいぶ長く悩んでいた。
「自分で決めなよ」
ユウコがそう言いながらぶどうジュースのペットボトルを開け、飲み始める。
「……ごめんね、ソラトさん」
アキがユウコにそう言った。ユウコは警戒した。アキが自分に嫉妬心を向けているのを知っていたからだ。
「ミサキは押しが強いから、大変でしょ?」
この言葉には真剣に答えないといけない。アキはユウコとワタラセを近づきすぎないようにしたいのだ。この言葉は牽制だ。真意はこうだ。(もしお前が少しでもいやな感覚を覚えているなら、この娘とお前が接する資格はない、今すぐ離れてくれ)
ユウコはこれに対して穏便に答えることにした。
「むしろ助かってるよ。あのくらい積極的な方が、一緒に居て楽しいし」
アキは口元に手を当てて笑った。目論見とは少し違った答えだったが、友達が褒められたのは嬉しかったらしい。
「あー、どうしよう!」
悩んでいるワタラセを見て、アキは自販機とワタラセの間に細い体を差し込むと、勝手にボタンを押した。ガコンとココアが出てきた。
ワタラセが驚いた。アキは「休み時間終わっちゃう」と言った。ワタラセはアキが持っている飲み物を見た。
「おそろいだ!」
ワタラセは笑った。アキは少し照れた。
ユウコはそのやりとりを十歩離れて見ていた。
放課後。ユウコは行きつけの喫茶店に行った。彼女以外に客はいない。この喫茶店ではいつでも同じ曲が流れる。この店でしか聞いたことのない、曲名も知らないジャズの曲だ。寂れた町を想起させるその曲が、ユウコは好きだった。
ユウコはコーヒーをすする。彼女は一人が好きだ。誰の声にもあてられず、誰にも操られず静かに居る時間だけの中でだけ自分が存在している気がする。
ユウコは気取ってブラックのまま飲んだが、少し苦くて角砂糖を入れた。三つだ。
ポチャンという水しぶきの音と共に、声が聞こえた。ユウコの孤独な時間は消え去った。
「相席、いいかな」
ギンガがそう言って、ユウコが返事をする前に座った。
「ごめんね、尾行してた」
ギンガがそう言うとユウコはコーヒーを若干強く机に置いた。
「何しに来た」
ユウコはそう言った。ギンガは少し悲しい顔をした。
「スミカの行方不明……心当たり、ないかな」
ユウコは怒った。それはユウコがギンガに言いたかった言葉だ。ユウコは不信感を燃料に怒りに心を燃やした。
「何だと……こちらが聞きたいくらいだ。お前がやったんじゃないのか!お前のどこに心配する資格がある。お前なんかが!」
ユウコは胸ぐらを掴みそうになった。理性が躊躇して、伸ばした手は行き場をなくしたまま空中にとどまった。ユウコは己の手の位置を自覚し、手を下ろすまで数秒かかった。ユウコは心を冷ました。次に理解した。ギンガは真剣にここに居る。彼女の声はそう言う声だ。
「すまない」
ユウコが謝罪すると、ギンガは首を振った。
「別に良いっての、気持ち分かるから」
ギンガがココアを頼んだ。ユウコは落ち着きを取り戻すためにコーヒーを少し飲んだ。
「……それで、やっぱり心当たりないんだ」
ギンガはしょぼくれた顔をした。ユウコは頷いた。
「お前も、心当たりはないのか」
ユウコがそう聞くと、ギンガはココアに口をつけた。そして、飲み干した後で答えた。
「あるけど、言えないの。そして魔法少女は常に国の監視下にある。私の持ってる手がかりは、国の秘密に繋がる」
ギンガがそう言うと、ユウコはコーヒーを飲みきった。
「つまり、何が言いたい」
ユウコは汗をかき、目を尖らせて瞬きを止めた。次に来る言葉が分かっていたからだ。
「私に勝ったら、教えて上げる」
ギンガはココアを飲み干した。そして会計をユウコの分まで済ませると、こっちに来いと手招きをした。ギンガの目は決意で揺れていた。




