6話 対処を強いる
「シデンレーザー、君はどう思う」
よれたスーツをだらしなく着ているつり目の男は、紫のメッシュが入った中学二年生ほどの少女に尋ねた。
ゆるぴょりんの瞳状カメラから共有される映像を二人は見ていた。
「センパイなら、たぶんなんとかするッスよ」紫の少女は、缶ジュースを開けながら言った。
「君の出番があるかもしれない。準備していてくれ」
つり目の男がそう言うと、シデンレーザーは缶ジュースを逆さまにして飲み干した。
そしてゴミ箱に向かって缶を投げた。缶は彼女の手元近くからゴミ箱まで弧を描き伸びたかと思うと、ゴミ箱の真上で縮んで落ちた。
「能力の使用を許可なく行うな。それも私の目の前で……」
つり目の男がそう言うと、シデンレーザーは面倒くさそうにため息をついて肩を落とした。
「わかったッスよ、スギさん」
そう言ってシデンレーザーは再度もたれかかる。顔と右手をスギの方に向け、ニコッと笑って口を開いた。
「それ取ってください」
彼女の目線と手の先には、ポテトチップスの袋がある。
「自分で取れ」
スギがそう言うと、シデンレーザーは舌打ちをした。ポテトチップスの袋がシデンレーザーの手に向かって伸びる。彼女が袋の端を掴んで引き寄せると袋は縮み本来の大きさに戻った。
「シデンッ!」
怒るスギを無視してシデンレーザーは袋を開けて寝転んだ。スギの説教を意に介さずポテトチップスを頬張る。
横目にスクリーンを見つめた。銀色の光が、黒真珠の瞳に映った。スクリーンは消えた。カメラが壊されたのだろう。
「行くぞ」
スギは言った。
(どうする?)
シルバーライトは考えていた。逆境。焦っている。汗を流している。しかし、大丈夫だ。シルバーライトはそう自分に言った。
勝ち目が見える気がしないことなんて、初めてのことじゃない。シルバーライトは考えていた。銃に撃たれながら、拳を受けながら。
こめかみを狙って飛ぶ銃弾。シルバーライトは避けられない。
鉄の音。飛び交うネジ。撃たれたのはシルバーライトではない。ゆるぴょりんが銃弾とシルバーライトの間に入ったのだ。
「言語機能、異常なし」
「飛行機能、異常あり。移動不可能。」
「通信機能、異常なし」
「瞳状カメラ、異常なし」
「耳状マイク、異常なし」
「AIサポート機能、異常あり。対象への支援、不可能」
「引き続き瞳状カメラ、耳状マイクにより取得した情報の送信を続行します」
いつもの野太い声ではなく、無機質な機械音声が告げる。
シルバーライトは銃弾の放たれた方向。ホノカの顔を見た。シルバーライトは思いついた。
なぜこの女には人質が通じなかったのか?私はなぜもっと早く撃てなかった?なぜもう一発撃てなかった?立て続けに撃たれる銃弾の対処を強いられたからだ。
対処を強いる。どうやって?床に転がるネジがヒントだ。散らばった部品を見て、奴らは一瞬攻撃を止めたのだ。
シルバーライトは右手で後ろにステッキを捨てた。左腕は攻撃の意思を示さない位置でだらんと垂らしている。
「諦めたか」
ユウコがそう言って……すぐに気づいてスミカに声をかけた。しかし一瞬遅かった。
左手の小指からステッキまで、この場にいる全員の死角になる位置を通してステッキの一部を変形させた紐が通る。ステッキは空中でバズーカに変形した。引き金と紐が繋がっている。
左手の小指を少し引くだけで、天井へ弾が放たれる。銀色の閃光が天井を崩した。
「退避しろ!!」
人質をどうこうしてからでは間に合わない、そう判断したユウコが叫んだ。私は走った。二人のボクサーたちのもとへ、バズーカをステッキに戻し、手元に引き戻し走った。崩れゆく瓦礫の中で走る。走る。瓦礫が彼らに向かって落ちていく。シルバーライトはステッキを盾に変え、投げた。
盾が瓦礫を防ぐ。私の頭上に影がかかる。瓦礫が落ちてくる。シルバーライトは後ろに跳んだ。土煙が視界を塞ぐ。
煙がやんだ頃には、三人の怪人は居なくなっていた。
「また……逃がしちゃった」
シルバーライトは座り込んだ。そして変身を解いた。全身の傷が痛い。ボクサー二人の安全を確保したのち警察や救急車を呼び、瓦礫に埋もれたゆるぴょりんを回収するため、探し始めた。
「遅れたか。派手にやったな、仕事が増える」
つり目の男性、杉堅郎がシルバーライトに近づきながら言った。
「やっぱり出番、なかったッスねー」
シデンレーザーが辺りを見回しながら言った。シルバーライトがシデンレーザーを見つめると、シデンレーザーは手を振った。
「久しぶりッス、センパイ!無事で良かった」
シデンレーザーは駆け寄って、シルバーライトに抱きついた。そして驚いた。
「センパイ、ボロボロじゃないッスか!」
全身から血が出ている。何カ所も撃たれた。殴られた。強靱な怪人の肉体故に致命傷にはならない、再生力の高さ故に一晩で治るだろうが、服が汚れてしまったことは悲しかった。
「……来てたんだね、シデン」
シルバーライトが微笑んだ。シデンレーザーは微笑みを返した。
「今日からJKIII関連の事件をサポートすることになったッス。よろしくお願いします!」
「心強いよ」
そう口では言ったが、シルバーライトはほんの少し心配だった。私一人では手に負えないほど驚異と、三人が認識されていると言うことだ。そして、シデンレーザーの性質はあまりに過激だ。仕方ないことはわかっている。だが、予期できる苦しい結末に覚悟は追いついていない。
「ゆるぴょりん捜索については、俺たち後処理部隊が引き継ぐ。車を呼ぶ。事務所で休んでいろ」
スギがそう言うと、シルバーライトは頷いた。シデンレーザーは「自分も休んでいいスか?」とスギに尋ねる。スギは「勝手にしろ」と言った。
スミカは仲間たちと解散した後、コインランドリーに立ち寄った。土埃で汚れてしまった服を洗うために。この服は、もっと大事にしようと思った。隣に女の子が座り込んだ。
紫のメッシュが入った、ませた格好の中学生ほどの少女だ。彼女は白いワンピースを洗っていた。
その服に見覚えがあった。ギンガが着ていたワンピースだ。隣の女の子は、黒真珠の瞳でスミカを見つめた。
「センパイに、頼まれたんス。大事な服だからきれいにしてほしいって」
女の子が言った。スミカは飲み込まれそうな紫色の空気に気圧された。
「怪人少女ブラックマスク……スミカさん、ッスよね?」
女の子は笑っているような顔で、怒っているかのような声で言った。
「私はシデンレーザー」
スミカはその名前を噂に聞いていた。普通の方法では捉えることが困難な悪性怪人を影のやり方で捉えるエージェント。紫色の執行人。国内保有最強の人造怪人。それがシデンレーザーだ。
「判決は有罪。排除ッス」
シデンレーザーは拳銃を取り出した。スミカはスマートフォンの通知に気づく暇もなかった。
ギンガからのメッセージに、気づけなかった。
「また遊ぼう。今度は戦うとかなしで」
ギンガは既読を待っていた。
怪人にされてしまった少年ボクサーは病院で目を覚ました。三日経過していたらしい。眠っている間に怪人から人間に戻す手術が行われていたらしい。たまたま手術により取り出せるタイプの怪人化薬を飲まされていたのは、幸運なことだ。
彼は自分の罪を思い出しながら、ベッドに横たわっていた。一応利用された被害者として扱われ、少額の賠償金で済むようだが、彼には違和感があった。自分の罪がこんなに軽いはずがないという感触だ。彼が怪人になったとき感じた感情は、薬により歪められた物だとしても本物だと思うからだ。
しかし、罪悪感に苛まれながらも彼の心は清々しかった。拳を握ると、すこし励まされたように感じる。
悪いことばかりではなかった。あそこで戦えたから、俺はまたボクシングをやれる。そんなことを考え、病院の白い天井に拳を突き出した。




