3話 つまり、説明回
図書館で、本を読む女子中学生がいる。
彼女は学校の宿題で、怪人のことについて調べているのだ。横に広げられたノートに、様々な情報が纏められている。
背の高い痩せぎすの男が、少女の背後からノートをかすめとった。男はガタガタの歯を見せて笑いながら、ノートのページを長細い指で捲る。
「君、学校行かなくていいのン?あっ……今日土曜かァ……」
男はそう言った。背骨を丸めて少女の顔を覗き込んでいる。
「誰、ですか」
少女は逃げ出そうと席を立とうとした。そのとき男は少女の肩に手を置いた。
男はノートに書かれたことを読み上げる。
"ブラジルで隕石に付着した宇宙細菌Xが発見され、科学者による検査を受ける。Xが投与された生物は姿の変化と、現状の科学では説明が困難な特殊能力の所持が確認された←1930年"
"Xを投与されたラットが研究所から脱走。異常発達した繁殖力で世界中に数を増やしていく←1945年"
"Xの感染が広がる、彼らは『魔物』として特級の駆除対象になった←1947年"
"Xの初の人間への感染症例、『怪人』が確認される……Xが地球環境に適合した影響か、姿の変質をコントロールできるようになっており、感染時期から発見までに時間がかかった←1950年"
"一部の人間が、Xの成分を体内に持った状態で生まれるようになる。母親の体内で潜伏していたXが感染した物と思われる←1972年"
「俺さ、」
男が無機質に話し始める。震える少女の肩を、たしなめるようにポンポンと叩いた。少女は気持ち悪いと思った。
「知りたかったんだよねェ、俺の体がどうなってンのか。でも俺、本とかニガテでさァ。皆こんな風に、わかりやすく纏めてくれりゃいいのに」
男はノートを持ち、表紙を顔の近くに近づけなめるように見た。
「あァ……つまりコレ、くれない?」
男の手は赤錆色に染まっていき、口は狼のように尖っていく。荒い鼻息が少女の首筋にかかった。少女は頷いた。
「カネも欲しいな……ちょっとでいいよ。生活、苦しいのヨ」
少女は再度頷こうとした……その時、銀色の光が背を差した。男は振り向いた後すぐに眩しさで目をつむった。バン。銃声。男の額に衝撃が走る。男は気絶した。
「やめてよね。恐喝は犯罪だってば」
騒ぎを聞いてかけつけた魔法少女シルバーライトが、ステッキ型銃剣から放たれる麻酔弾で男を打ち抜いたのだ。
シルバーライトは変身をしたまま、110番に電話をかけた。
「もしもし、お世話になります……」
警察とやりとりしながら、シルバーライトは男の掴んでいたノートを少女に渡した。開かれていたページに書かれていたことを、ほんの少しだけシルバーライトは見た。
"Xを特定の環境で繁殖させることによって、ある程度遺伝子を変化させることが可能。それによって任意の能力を与えた暴走の危険性が少ない怪人を生み出すことができるようになった←2013年"
"遺伝子改造済みのXは、暴走の可能性が少ない若く健康な人間の体に与え怪人退治に使われるようになった。身体改造を受けた人間が気味悪がられ市民からの信頼を妨げるのを防ぐため、彼らはヒーローや魔法少女の格好をとることとなった、アイドルグループを結成するなどの活動で知名度を伸ばす者も多い←2016年"
「よく調べたじゃん」
シルバーライトがそう言って、少女の肩についていた怪人の毛を払った。スマホはゆるぴょりんに渡した。ゆるぴょりんが警察に連絡事項を流暢に述べている。シルバーライトは少女に微笑んだ。
「あ……ありがとう……ございます……」
少女がお辞儀した。シルバーライトは微笑んだ。
「別に、当たり前のことだってば」
シルバーライトは微笑みながら言った。そして手を振って、銀色の光とともに立ち去った。
丸刈りの筋肉質男子高校生は公園でうずくまっていた。彼はこの学校のボクシング部の部長である。今日は大事な試合の日なのだが、連絡も入れずにすっぽかした。
「まだ気にしているのかい?君を責める人なんていなかったじゃないか」
聞き慣れない女の声に、男は顔を上げた。女は仮面をしていた。ニュースで見たことがある。指名手配犯、怪人少女クリムホライゾン。
「君の感情が私にはわかる。毒ガスを口からスプレーして死にたい気分だろう。しかし君は死のうとしない。ここに毒スプレーがないからな!」
クリムホライゾンはおもむろに両手を広げ、芝居がかった口調で言った。
「戦いに行くのが怖いんだろう?去年の敗北がトラウマなんだろう?」
男は歯ぎしりをした。図星だったからだ。去年と同じ時期に、告白をかけた試合で負けた。本当にそれだけで戦えなくなってしまっていたのだ。彼は情けない男だった。
「つまり君が感じてるのは、ほんの小さな、誰にも同情されないしょうもない絶望だ」
男は怒った。おまえに何がわかると思った。立ち上がった。殴ろうと思った。しかし殴らなかった。男は座り込んだ。
「足りないのは勇気だけだよ。戦う勇気、あるいは毒スプレーがどこかにないか探す勇気」
クリムホライゾンは己の顔を男の顔に近づけた。男は驚いて、少し恐怖して口を開く。
その開いた口に、クリムホライゾンは錠剤を流し込んだ。
「勇気をあげよう」
どちらの?彼女は言わなかった。クリムホライゾンは男に背を向け去って行った。男は心を決めた。
「……これでよかったか?」
インカムに手を当て、クリムホライゾン、ユウコは言った。
「うんー」
インカムから声が帰ってきた。ホノカの声だ。ユウコはため息をついた。
「心が痛むな」
ユウコは愚痴るように言った。ホノカが「しかたないよー」と言ったから、ユウコは黙った。
駅前でスミカが人を待っていた。スマホを片手に、ベンチにもたれかかっている。ほんの少し(虫眼鏡で見ればわかるほどに)微笑んでいて、頭の中で歌っている。
「ごめん、遅れた!」
ギンガ……つまり魔法少女シルバーライトが、手を振って駆けてきた。
「大丈夫」
スミカがそう言ってスマホを閉じた。直前まで映っていたのは、シルバーライトの図書館での活躍に関する、SNSの最新情報。
「行こっか」
スミカが歩き出した。ギンガも歩き出した。二人は敵同士だが、同時に幼い頃からの幼なじみで、無二の親友だった。向かうは市の体育館。高校生ボクシング大会の会場。
「罠なんでしょ?お見通しってね」
突然、ギンガが言った。スミカは頷いた。
「ごめん」
「別に良いってば」
ギンガがそう言うと会話が止まった。またしばらく歩いた。
「私、決めたんだ。あなたたちがどんな悪いことしても、私が何一つ問題なく解決してみせるってね」
ギンガが言った。スミカはほんの少し立ち止まった。
「だからどんな悪いことも私は許すよ」
ギンガがそう言う。スミカは驚いた。次に、心の底から嬉しくて、少し笑った。
「でも、シルバーライトは許さないから」
ギンガはそう言った。そして拳を上げた。スミカはギンガと拳を合わせた。グータッチだ。
「あ、あれかわいいじゃん」
ギンガが立ち止まり服屋の前、ショーケースの中の服を見た。
「どうする?」
スミカが言った。ギンガはその場で数秒悩んで、「買わない」と言った。その後少し歩いたが、ギンガは名残惜しそうな顔をしていた。
「時間、実はまだけっこうある」
スミカがそう言った。ギンガは顔を上げた。
「おめかしして行かない?どうせなら」
「……ありがと」
ギンガはそう言って、二人は歩く方角を変えた。




