12話 災害級
シデンレーザーは追いかけていた。触手を蜘蛛の足のように動かし走るホノカを。
「逃げんなッスよ!」
シデンレーザーはそう言った。行く場所に目星はついている。海だ。そして……その方角にはスギたちが居る。シデンレーザーは直ちに報告した。
「もしもしスギさん。そっちにホワイトルールが向かってるッス。スギさんにできることはなにもないんで、速く退避を」
無線機にかけた言葉に返答が帰ってくる。
「了解だ」
シデンレーザーは返事の早さに安心した。
「それと、街全域に避難指示を、超災害級の可能性があるッス。とりあえず推定6.0ってことにして……」
冷静に、シデンレーザーは言う。彼女はプロだ。驚くべき事象でも冷静に報告することができる。そう訓練されている。
「了解だ」
スギも冷静に了承する。街中で緊急放送が始まった。
『市民は直ちに別の街に避難をしてください怪人による災害級被害が想定されます。推定脅威度は6.0。市街一帯への甚大な被害が推定されます。直ちに避難してください』
サイレンの騒ぐ音。街中に放送された言葉と共に人々は群れて走り出している。
しかし逃げない者も居る。非常事態でありながらカメラを構えるような奴らだ。
シデンレーザーは怒った。「あーもうこれだから嫌なんスよッ !」 民衆の声やシャッター音、視界に映る存在全てが鬱陶しかった。
シデンレーザーは走り続けているホノカの体を自らに向かって伸ばしてその肩を掴む。ホノカの体は彼女に向かって縮んだ。彼女は肩を消そうとする。しかしホノカの肩の肉の一部は無数の触手に変化し、その中からシデンレーザーが触れたものだけが消え始める。ホノカは消えていく触手を自ら切断した。肩はすぐにもとの形に戻った。
怪人化に飛躍的に上昇したホノカの反応速度は、自らの体の気化への対応を可能にした。しかし、シデンレーザーの武器はこれだけではない。
襲いかかる触手を消しながらシデンはホノカの懐へと潜り込む。そしてホノカの胸に掌底と共に電撃を放つ。ホノカの体は宙に浮いた。ホノカは空中で気絶した。そしてその肉体はカメラを構えた民衆の方へ落ちていく!
民衆のうち四人が腰を抜かして倒れた。彼らは怪我をしなかった。シデンが空中でホノカの胸ぐらを掴み止めたから、ぶつからなかったのだ。
「巻き込まれたくなきゃ、サッサと逃げるっスよ」
シデンは民衆を睨みそう言った。民衆の殆どはシデンの様子を伺いながらも逃げ出した。しかし逃げないものが一人いた。シデンは溜息を吐いた。
次の瞬間、シデンは自らが掴んでいる白灰色の体から触手が七本伸びているのに気づいた。(気絶からの立ち直りが早い……!)シデンは驚いた。
シデンは全身を丸ごと気化させて触手を消しながら即座に背後に回り込む。無数の触手は取り残された衣服を貫き、衣服は解けて散った。
シデンは手のひらに氷の刃を作り出し首を突き刺そうと腕を引いた。そしてシデンは見た。ホノカの首の皮の一部が触手となりこちらに向かってくる。
同時にシデンは見ていなかった。彼女の横から飛びかかる、逃げなかった一人の野次馬の姿。彼がシデンの体に覆い被さり、二人倒れる。シデンを狙っていた触手は空を切った。
「何ッ……ッで」
シデンは男の体をはね除けながら喉から絞り出すように言った。自らが好奇心故に危険を顧みず戦いを妨害する無能な俗物だと見下していた存在に助けられる屈辱……!しかし、シデンは取り繕った。
「……ありがとッスよ」
この男が自らを助けようと行動したのは事実だ。男は顔を合わせず、頷いた。なぜ顔を合わせないのか?シデンレーザーは気になった。
「子供が闘ってンだもん。見てられなくて……」
その言葉はシデンレーザーの癪に障った。シデンレーザーが思ったことはこうだ。
(私は仕事でやってるんだから勝手な感情を持たないで欲しいッスよ。そういうことはサッサと逃げてからSNSにでも呟いたらどうッスか)
しかし言い返さなかった。二人に向かって十三本の触手が伸び向かってきたからだ。シデンは自らの腕を消して触手を消すと、目をぱちくりさせている青年の方を見た。
「別に、あんたが庇わなくてもこんなふうに大丈夫だったんスよ。わかったら早く逃げてください」
シデンレーザーは指でしっしと青年にジェスチャーする。青年は顔を合わせないまま、「でも……」と何かを言おうとした。シデンは遮るように口を開いた。
「なんで目を合わせないんスか」
その言葉に青年は戸惑いながらも強く答えた。
「だって君……裸じゃないか!」
「あ」
シデンレーザーはその事に気づき、青年の上半身を消して服を盗むと、青年の体を元に戻した。
「これ、もらってくッスよ。裸で戦うの馬鹿みたいッスから」
シデンレーザーはその服を着ながら言った。彼女の小柄な体にたいして大きいその服の袖が風に揺れれてぷらぷらとなびく。青年は驚いて後ずさった。
「逃げなきゃもっといろいろ奪うッスよ」
シデンがそう言うと、「あ、はい……」と青年は答え、逃げ出していった。
このやりとりをしている間にも、ホノカは海に向かい進んでいた。もう海はすぐそこだ。
シデンは自らの体を伸ばし、縮めると一瞬でホノカの傍に近づいた。
「スギさん。避難終わったッスか」
シデンレーザーは無線越しに話しかけ、肯定の言葉と共に覚悟を決めた。そしてホノカの目の前に立ちはだかった。
「見せてやるッスよ……私の一番、ブサイクなとこ」
シデンレーザーは怪人化した。周囲の空気中に薄紫色の粒子が現れ、それが彼女を取り囲んでいく。彼女のは口を開ける息を吸うと共に、その粒子は体内へと放り込まれる。
彼女の腹部は気化し、上半身は浮き上がって下半身と分離して別れる。体内に放り込まれた薄紫の粒子が膨張と収縮を繰り返す球体になる。両腕は解けて消える。次は両足が解けて消える。今度は頭が解けて消える。
それらは膨張と伸縮を繰り返すそれの部品となる。
原型を止めなないそれは球体の周囲を包む歯車となり、そこからはスカートのような一枚の布がだらりと垂れる。藍色の布の端は金箔で彩られている。
球体には無数のネジのようなオブジェが刺さる。そして球の頂点にあるネジが、人間の上半身と変化する。しかしその腕は長く長く骨のように細く伸び、顔は紫色の鑞のようにダラダラと溶けて無限に滴り落ちる。そして、彼女の全ての輪郭は霧となってぼやけていた。
宙に浮くその姿を、ホノカは見上げていた。
シデンレーザーの秘匿されている能力の正体は、疎密の変化である。触れた空間を『密』として接近する。気体の原子を『密』に変え液体、固体と変化させる。そして気体化させた体を動かして移動する等、用途は多岐にわたる。
『電撃』の正体は空気中の水分子から作り出した水滴の雲を気化させた指で高速でかき混ぜ、発生させた静電気である。
発動条件は彼女が触れていること。そして今彼女の周囲八メートル全域に気化した彼女は散らばっている。
つまり、今ホノカがいる空間も『彼女』だ。
全ては気化して消えた。アスファルトの道路も、ランプの消えたコンビニも、ホノカの体も気化して消えた。
シデンレーザーは笑う口も勝ち誇る目もなく、ただ溶け続ける顔を消えたホノカに向けていた。
シデンレーザーは気づいていなかった。消える瞬間に一本だけ、『範囲外』へと投げ出された触手があったことに。それが転がって、海にポトリと落ちたことに。




