11話 K①
「クソッ」
スギはウツボの魔物の死骸を肩で抱えながら言った。彼はシデンレーザーとシルバーライトの交戦に加勢する術を持たない。ただ捕捉されないよう注意を払いながら遠目で見つめていた。瓦礫の舞う戦いの行方を。
「ずいぶん優しいじゃないか」
ユウコはそう言った。シルバーライトの骨を折らず気絶させる範疇に抑えられた威力の拳を避ける。「殺すんじゃなかったのか?」ユウコは初めての正面きって善戦している感覚に喜びを感じ、同時にここまで能力を封じても思うように勝負を決められない感覚に焦ってもいた。そう、先ほど発した言葉は挑発である。
「むかつくっての!」
あえて挑発に答えるようにシルバーライトは前蹴りを叩き込む。ユウコはそれを手のひらで受け止めようとするが、重みに耐えきれず少し飛ばされてしまう。(やはり強い……)この恐ろしい攻撃力。ユウコは攻めあぐねている理由だ。
だからユウコは挑発したのだ。相手から攻めさせるために。シルバーライトはそれもわかっているようだが……しかし、誘いを断るほど無粋じゃない。飛び込む。そして覚悟を決めた。拳を振るう。ユウコはその拳の勢いが増したのを感じた。しかしユウコは動かなかった。着弾の瞬間突然減速した拳をあえて顔面で受け、反撃する。シルバーライトはよろけた。
なぜ拳が減速したのか?それは単純に覚悟が足りなかったからだ。シルバーライトは人を殺したことがない。彼女にとって死はとても恐ろしい物で、それを与えることが自らを変えてしまうことも恐れている。それが正義だと知っていたとしても。
ユウコはそれを理解していた。シルバーライトはほんの少し考えた。(せめて銃があれば、もっと迷わず殺せるのに)その言葉がよぎった後、己の力の恐ろしさを……彼女が自らの力を恐れている理由を思い出しそうになったから止めた。シルバーライトは覚悟を決めた。またさっきと同じ、揺らいでいる覚悟だった。心で戦うのは無理だと悟った。彼女は戦い方を変えた。
異常に増える手数。ユウコは防戦一方だ。シルバーライトが放つのは体重を乗せすぎないよう調節し、軽く速く変えた打撃。しかし受けすぎれば負ける。右拳。左拳。ユウコは的確にガードする。左下段蹴り。ユウコは後ろに下がってかわす。距離を詰めて右拳。対処しきれない!
ユウコは民家の壁に体をぶつけた。(どうする?)ユウコは考えた。彼女の精神干渉能力『陽ヲ蝕ム光ノ夢』は負担が大きく一度使えば高確率で気絶する……この状況では使い物にならない。そもそも力がほとんど戻っていない。怪人化もすでに切れている。とにかく、この場所では利用できる物もない。武器は押収されている。シデンレーザーとホノカの戦いに巻き込まれるのはまっぴら御免だ。ユウコは走り出した。戦場を変えるために!
その走りについていくように、シルバーライトも走る。より速いのはシルバーライトだ。追いつかれ蹴りを受け、ユウコの体はコンビニのガラスにぶち当たった。ユウコはガラスに入ったヒビをたたき割る。そのまま後ろに転がりコンビニ内部に侵入した。砕けるガラス片がユウコの姿を一瞬隠す。一般人がゾロゾロと逃げていく。
しかし、逃げなかった少女が二人居た。ガラスを割った人影に見覚えがあったからである。少女の名は、渡良瀬美咲と安芸二子。
シルバーライトがコンビニに突入すると、商品棚が倒れてきた。ユウコが倒したのだ。それを躱したころにはユウコの姿は消えていた。シルバーライトはユウコを探す。
「助かったよ」
ユウコはコンビニの屋根の上でワタラセとアキに言った。変装用の仮面が押収されてしまったため姿を見られたのは想定外だったが、二人が私に協力をしたのはもっと想定外だった。ユウコはこの店の裏の換気扇と鉄パイプを使って屋根の上に行けることを全く知らなかった。ワタラセが教えてくれたのだ。
「それで、どっちなんだ?」
ワタラセが言った言葉足らずな発言は、今ワタラセの頭にあった二つの可能性について問うている。それは『ユウコが悪人に追われている可能性』と『ユウコが悪人だから追われている可能性』だ。ユウコは(隠すことはない)と考えた。
「私が悪いやつで正義の味方に追われてる」
ユウコがそう言うとワタラセとアキは何も答えなかった。
ワタラセが抱えていたのはほんの少しの恐怖と知り合いが悪人で目の前に居ることへの緊張感を楽しむ感覚。
アキが抱えていたのは今この状況を楽しんでいるワタラセへのあきれと庇護意識。そしてその楽しさを共有したい感覚。
ユウコは彼女らの感覚を知り、少し安心する。
シルバーライトがユウコに気づいた。目が合った。ユウコはまた走り出した。アキがユウコに何かを投げた。
「よかったら使って」
アキはそう言った。少し笑っていた。ユウコの手には対怪人用の護身具である電撃銃があった。アキがそれを渡した理由は半ば勢いだ。理由をつけるなら、彼女はユウコが捕まるよりは逃げおおせてほしかったからだ。アキは自分を単純だと嘲った。しかし最高の気分だった。
「あの子は犯罪者だっての、味方する行為はダメ!」
ギンガがアキに言うと、ワタラセはアキを庇うように前に出た。
「すいません、武器を渡すよう脅されたんです」
ワタラセが言ったのは嘘だ。シルバーライトにもそれがわかっていた。しかし彼女ははそういうことにした。それは私が今すべきことではない……そう思ったからだ。
シルバーライトは駆けだした。その姿が見えなくなってから、ワタラセとアキは目を合わせた。
「あんなものもってたんだなー!」
ワタラセがアキに言った。アキが持っている電撃銃に、強い興味を示していた。
「父さんが持っておけって。いつ狙われるかわからないし」
アキがそう答えた。アキが大企業の社長令嬢で故に誘拐などの被害を警戒しないといけない立場であることはワタラセも知っていたが、このような備えがあるなど思いもしなかった。
「今度ちゃんと見せてくれよー!」
そう言ってワタラセは足を伸ばすストレッチをする。
「追いかけるの?」
アキが確信を持って聞いた。ワタラセはバレないように追いかけてユウコを颯爽と助けるつもりだ。アキは危険だから止めようと思った。
「追いかけるさ」
ワタラセは答えた。アキは止めても無駄だとわかった。こういうときのワタラセは怖いくらい鋭く刃物の眼で笑っているのだ。
「いいの?捕まって人生めちゃくちゃになっちゃうかも」
止まらないとわかっていてもアキは聞いた。ワタラセはアキの頭を軽く撫でた。
「だからやるんだ。だって女子高生だから」
意味不明の理屈だ。アキはそう思った。アキはワタラセと共に追うことを決めた。「電撃銃、後で返して貰わなきゃね」アキはそう言って、ワタラセにスマホの画面を見せた。アキが渡した電撃銃のGPS位置情報が表示されている。
ワタラセは幼い時代を思い出していた。アキとたくさん遊んだ時。隠れんぼやら鬼ごっこやら、入ってはいけないところまで使うものだからよく怒られたけれど、そうとわかって遊ぶのが一番楽しかったのだ。
悪いことをするというのはいつだってワクワクするものだ。そしてそれが誰かと共にしたことなら、その記憶は青春となる。ワタラセは女子高生としての青春時代を今この瞬間誰より謳歌していた。そうだ彼女は勢いのままにユウコに自然と惹かれるが故に、ユウコのために在れるこの時間に高揚している。突き放されるのを感じていた彼女と、共に悪ができるこの時間に喜んでいる。それはやはり彼女が、高校生だからなのだろう。
アキはワタラセの想いに答える。彼女が楽しければ、アキも楽しいからだ。




