10話 ガレキのホノカ
ホノカの頭蓋骨はひどく割れており、銃弾はその頭蓋にめり込んでいる。呼吸も脈もなく、死は確実に思えた。
医者はホノカの服を脱がせた。医者は骨から皮膚を突き破るように生える十四本の触手に驚いた。その触手は救命器具のようにホノカ自身の体のあちこちに突き刺さっていた。
医者はその触手に触れないようにしながら、胸にメスを入れた。その瞬間だった。額に空いた穴から触手が飛び出し医者の額を刺した。頭蓋に刺さっていた銃弾は触手に押しのけられポトリと落ちた。医者は怯えて動けなくなるという運命を与えられた。
ホノカは生きていた。ホノカは医者に突き刺した触手を自らその手でちぎった。
ホノカは起き上がった。その顔の皮膚が何万もの白い触手となり花弁のように開き、その下の赤い肉が白い触手となり花弁のように開き、その下の頭蓋骨が膨らんで大きくなると下顎は触手へと変わり、花弁のように開いた。残されたのは頭蓋の上側と水色に変色した瞳と脳みそ。いずれも神経の糸を引きながら宙に浮いている。
頭蓋の残された上側は肥大化し、右の眼は頭蓋の穴にはまるように肥大化。白い炎へと姿を変えた。頭蓋の歯は抜け落ちて、額のひび割れはからは黒い炭のような液体を垂れ流す。そして花弁のように広がった触手たちは頭蓋骨の白い仮面の下に入り込み、顔を作っていく。灰色の顔に骨の仮面が吸着する。白い炎の右目と、淡い水色の左目が医者を見つめる。その顔に口はない。
胸にあばら骨が吸着している。腕に腕骨が吸着している。手は手甲のように、骨に覆われている。
骨が外、肉が内。骨と肉が裏返っている。
灰色の肌の腹の下側、子宮ごと貫くように穴が空いていた。体の左側に生えた白い翼はよく見たら触手の集合体だ。光も影もないその肉体。本当にそこに居るのかすら怪しい。
彼女は本能的に……意思と関係なく怪人化していた。
なぜ生きている?医者は考えた。彼女の能力を知らない医者が答えにたどり着く術はない。彼女は銃弾が奇跡的に脳に直接大きな損傷を残さず、しかし脳は揺れ致命的なダメージを受け、ほぼ死と区別のない状態に陥るように……そしてその体が十五分以内に傷つけられた時に反応し殆ど残りのない命の蓋を開けられるように、運命を定め傷の度合いを調節したのだ。ギリギリまで深い傷を受けないようにした結果がこれだと言っても良い。十五分以内に起きなければ死んでいた……彼らの手際が恐ろしく良いがために、この事務所は今日壊滅するのだ。
ホノカはこれを幸運だったと考えない。彼女は運という概念をオカルトだと思っている。この世にはいくつもの必然があって、彼女の精一杯の行動がここでまた暴れられる必然に導いただけだ……そう彼女は考える。
彼女は医者を蹴り飛ばし、気絶させた。そして壁に触手を突き刺し、建物を崩した。
口のない化け物は目で笑った。白い炎すら、歪んだ。瓦礫の上を歩き始めた。
この建物に残っていた者たちが、瓦礫の上の彼女を見つめている。誰も死んでいない。それは彼女の定めた必然の運命だ。
ホノカは拘束されているユウコの姿を見つけ、拘束具と爆弾付き首輪を触手の針で切り裂いた。ユウコはホノカの姿を見て妙な表情をした。その表情にどのような感情があるのかホノカにはわからない。普通の人ならわかるのだろうが……しかしどうでもよかった。
死にかけの体にも関わらず、心は妙に高揚して頭は妙に冴えている。何でもできるときの感覚だ。そうだ、今の彼女は何でもできる。箍が外れている。
ユウコはホノカがこの事務所に居た職員二人を何らかの方法で気絶させたのを見た。速すぎてよく見えなかったが。もはや死にかけの動きではない。ホノカの中の宇宙細菌が自己増殖し彼女にエネルギーを供給し続ける。命を無限に吹き込んでいる。活性化した体。心。脳みその奥。しかし今怪人化を解くと命の供給は止まる。
「何ッで、生きてんッスかぁ!!」
電柱の上から声が聞こえた。ユウコはその声の方角を見た。黒い髪、紫のメッシュ。シルバーライトからあの精神世界で聞いたことの一つ……彼女がスミカの失踪に関わっているかもしれない存在。スミカを殺したかもしれない存在。国に雇われた殺戮代理人。最強の人造怪人。死神。シデンレーザー。彼女が、そうだ。
「……」
珍しく寡黙なシルバーライトが隣の電柱の上に立っていた。
「一緒に居ていいのか?人気者の魔法少女と、日陰者の殺し屋が……」
ユウコはそう言った。その言葉には憎しみを込めて。
「うるさいッスねぇ、じゃあ私が魔法少女になれば良いんスかぁー?キューティーシデン?リリカルシデン?売れっ子確定じゃないッスかぁー」
シデンレーザーの怒り任せの発言を、シルバーライトはハンドサインで制止した。
「わかったッスよ、最近ピリピリしすぎッス」
シデンレーザーは黙った。そして気まずそうにシルバーライトから目をそらした。
シルバーライトは変身した。それはいつもの華やかな服ではない。地味な黒色。シンプルなジャージ姿に胸に控えめに銀色のサイン。そして口を隠すマスク。魔法少女と言うにはあまりにも地味な姿。背丈が少し伸び顔の雰囲気も大人らしくなっている。正体を隠して任務するための姿。
「悪いけど、この姿になったからには……」
冷めた声で、シルバーライトは言う。
「殺さないとか言えないからね」
シルバーライトは銃口を向けた。ユウコにはわかっていた。その冷めた声が精一杯の演技であること、シルバーライトがこの仕事に向かないほどのお人好しであること、そして横のシデンレーザーはそのような心を完全に捨て去っていること。
「……逃げろ。死ぬかもしれないのはお前たちだ!」
ユウコは振り絞って叫んだ。シデンレーザーは雑魚の遠吠えと聞く耳を持たなかったが、シルバーライトはシリアスに銃を下ろした。
「この状態のホノカが!いつまで正気でいられるか……」
本当は言うつもりがなかった。心のどこかで殺した方が良いと思ってしまったからだ。しかし、そんなのは私たちにはダメだ。ユウコは理解している。
「ごめんね。それを聞いて、戦うしかなくなった」
シルバーライトはそう言う少女だ。目の前にある正義を消して捨てられない。目の前で理性なく暴れる敵がどんなに強大で恐ろしくても、守るべき人を誰も殺させないため、立ち向かうのだ。
「……いつまでいける?」
ユウコはホノカに問う。ホノカは自らの体に二十六本の触手を突き刺した。
「伸ばしてごふんー」
口のない今の彼女がどこから言葉を発しているのかわからないが、とにかくホノカはいつもとほとんど変わらない調子の声でそう言った。
「五分で逃げるぞ!」
ユウコは怪人化した。ホノカは頷かなかった。
「五分で倒そー」
ユウコは止めようと思った。しかし止めなかった。こういう時ユウコより冷静で冷酷で頭の切れるホノカがユウコの安全策を切り抜けてする決断は、リスクに見合い間違いなく正しい。そして、圧倒的な実力差がある彼女らに、リスクを冒さず勝つなど不可能!
「だ、そうだ」
ユウコはシルバーライトを見つめた。
「……殺しにいくよ、シデン」
「そのつもりッスよ、センパイ」
シルバーライトとシデンレーザーは電柱から飛び降りた。その着地の瞬間、シルバーライトに無数の触手が突き刺さった。シルバーライトには触手が伸びるのが見えなかった。
「あッ」
消え入るようなシルバーライトの声。シデンレーザーは駆けつけ、霧の右手で触手を払い消した。
シルバーライトは血を吐いた。マスクの下から血が流れる。ホノカは体内の宇宙細菌が相手の能力に対して過剰に防衛しようとする反応を利用し、その運命をシルバーライトに与えたのだ。
シルバーライトは銃の引き金を引いた。弾が出ない。この銃はシルバーライトの能力によって生み出されたシルバーライトの体の一部。それが動かないと言うことは、能力不全。過剰防衛反応により能力が正常に作動しなくなってくる。
ひるむシルバーライトにユウコが殴りかかる。顔面に一発。シルバーライトは地面を転がった。
シデンレーザーはユウコに腕を向けるが、その背後ホノカが触手を飛ばす。シデンレーザーはそれを消して振り返り、ホノカを強く睨んだ。シルバーライトは立ち上がった。
「殴り合おうっての?受けて立つってね」




