ティータイム
朝食が遅かったこともあり、私はトマトを一つだけ口にする。それで今日のお昼を済ませる事にした。そして、アルラウネのリリィが厳選したハーブを用い、アスクの指示に従ってハーブティーを用意する。
庭ではリリィが用意したらしく、真っ白な丸いテーブルが置かれていた。私は用意された椅子に座り、アスクはテーブルでとぐろを巻く。リリィは下半身が植物なので椅子には座らず、私の向かいでテーブルに肘をついていた。
「ケンジは凄いんだ。一発で魔法を成功させて、しかも十回も魔法を使ったんだよ」
『まあまあ、それは凄い事だわ! きっとケンジには魔法使いの才能があるのね!』
「ははは、私は理屈っぽい老人らしいからね。そういう意味で、向いてるらしいよ」
私達は談笑を続けていた。ハーブティーを口にするのは私だけだが、それを気にする二人では無かった。
ただ、私との会話が楽しくて仕方が無いらしい。ここまで好意的だと私も嬉しくなる。その相手が人かどうかなんて、どうでも良いと思えるくらいにね。
『なら、私とも契約出来るかしら? 私、ケンジなら契約しても構わないわ!』
「いや、それは流石に早すぎるよ。もう少し魔法を上手く扱えてからの話だね」
「契約と言うのは何の話だい?」
二人の会話に私は割って入る。すると、リリィは不思議そうに首を傾げる。ただ、アスクは即座に理解を示して、私に対して説明をしてくれた。
「魔法使いはモンスターや獣と従魔契約が出来るのさ。僕やリリィみたいに、使い魔にする契約の事だね。ただ、その契約は対価に魔力を与え続ける事になる。ケンジの魔力量が少ない内はお勧めしないよ」
『でもでも、従魔契約はとっても素敵なのよ! 使い魔は常に主との繋がりを感じられるの。それで、魔力の波長が合う相手とだと、とても幸福な気分でいられるのよ?』
どうやら使い魔になる事は、モンスターにとっては良い事らしい。魔力を与えられて、幸福な気分になれる。だから、リリィは私と従魔契約に前向きなのだろう。
「ケンジ、それだけじゃないよ。モンスターや獣は使い魔になると、魔力が増えて少しばかり強く成れる。それに契約中は年を取らないんだ。使い魔になると長生きできるってのも大きなポイントさ」
「それは何とも魅力的な話だね。ただ、私はジジイだからね。契約してもすぐに私が寿命を迎えるかもしれないよ。それは構わないのかな?」
『そんなの全然構わないわ! 例え未来にケンジとの死別が待っていても、それまでの幸せな時間が無くなる訳じゃないでしょう?』
リリィの言葉に私はハッとさせられる。妻と過ごした五年間。そして、娘と過ごした五年間の記憶が蘇ったのだ。
確かに私は二人との死別を悲しい事と考え続けていた。しかし、確かに幸せな時間はあったのだ。
私はそんな当たり前の事にすら気付いていなかった。私は死別が悲しいからと、誰とも深く付き合わなくなった。けれど、それは間違いだったんじゃないかと、今になって思えたんだ。
「……うん、そうだね。確かにリリィの言う通りだ。私もリリィと契約してみたいな。こんなに可愛らしいお嬢さんの相手が、こんなジジイで構わないのならね」
『ねえ聞いた、アスク! 私はやっぱりケンジが大好きだわ! 契約するならケンジが良い! 早くケンジと契約出来る様にしてよ!』
「わかった、わかった。魔法の訓練が最優先って事だね? ただ、それでも数か月はかかる。ケンジに無理はさせられないだろう? それは流石にわかってくれるよね?」
『うん、わかったわ。ケンジの事は大切だもの。数か月くらい我慢するわ。……でも、一日でも早く契約させてね?』
アスクはお手上げとばかりに首を振る。そして、私の方へと顔を向けた。
私は笑みを零して二人に頷く。私がこんなに求められるなんて、何て幸せな事だろうと思えたんだ。
「リリィ、私も頑張るね。一日でも早く契約出来るように」
『あっ、無理はしないでね! ケンジが倒れると悲しくなるから! 勿論、早く契約出来ると私も嬉しいんだけどね!』
リリィは慌てた様子で首を振る。そして、心配そうに上目遣いで私の事を見つめた。
どうやら、ただ我儘な子では無いみたいだ。アスク相手には遠慮なく物を言うけど、本当は心優しい少女なのだろう。
けれど、それを聞いたアスクは、信じられないとばかりにリリィに告げた。
「おやおや、ケンジが相手だと随分と謙虚だね? 僕の時と態度が全然違うじゃないか」
『それは当然でしょう? だって、アスクとは違って、ケンジは私に意地悪しないもの』
「僕が意地悪だって? 聞いたかい、ケンジ。彼女は僕の苦労なんて、ちっとも理解していないのさ」
二人のやりとりに私は思わず笑ってしまう。私には二人が互いに遠慮なく物が言える、良い友人関係に見えたからだ。
こんなに仲の良い友人なんて、私は一人も居なかった。いや、妻との死別から周囲と距離を取る様になった。その結果として、周りに誰も残らなかったのだ。
「二人は本当に仲が良いんだね。出来れば私も、同じ様に仲良くしてくれたら嬉しいよ」
『勿論、ケンジとは仲良しになるわ! アスクと同じようにってのは違うと思うけど!』
「それは僕も同意見だね。ケンジは大人だからさ。リリィみたいに手が掛からないしね」
私には二人の反応がとても心地良かった。打てば響くこんな会話は、ずっと遠くの思い出にしかない。
私は悲しみに囚われ、多くの物を捨てて来た。けれど、かつて捨てた大切な物が、ここでなら再び手に入るのではと思わせてくれた。
「異世界に迷い込んで、こんな事を言うのもアレだけどね。私はこの先の未来が、良い物になるんじゃないかと思えて来たよ」
「ああ、違いない。きっと素晴らしい未来が待っているよ。だって僕達はこうして出会えたんだからさ」
『アスクもたまには良い事を言うじゃない! そうね、私達は出会ったんだもの。きっと私達には、幸せな未来が待っているわ!』
私は全てを無くして、空虚な余生を過ごすはずだったジジイだ。そんな私が異世界に迷い込み、こんな奇妙で愉快な友人を得る事が出来た。
きっとこれこそ、神様が私に与えてくれた最後のチャンスなのだろう。こんな私であっても、もう一度人生をやり直せと言ってくれている。
そう思った私は、どこの誰ともわからない神様に、そっと心の中で感謝するのだった。




