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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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決着、そして……。

 イノの放った雷が、魔女メディアの体を貫く。その体は大きく仰け反り、掴みあげられていたイノが落ちて来る。


「おっと……!」


 私は慌ててイノを抱き留めた。掴まれた首が赤くなっているけど、この程度なら問題は無いだろう。赤みは治癒のポーションで簡単に治せる。


 それよりも、イノの鋭い視線が、未だメディアに向いていた。そして、メディアを確認すると、彼女はふらつきながらも踏みとどまっていた。


「な、何だ……。これは……?」


 体のあちこちが火傷で爛れ、それと共に体はビクビクと痙攣している。致命傷とはいかなかったけれど、それでも大きなダメージを受けているのは間違いなかった。


 メディアはギロリとイノを睨む。そして、引き攣る顔でイノへと呪詛を吐く。


「許さない……。許さないぞ、小娘が! この私に対して、この様な仕打ちを……!」


 メディアはふらつきながらも一歩を踏み出す。そして、右手を上げてイノへと向ける。


「――リリィ! メディアを拘束しろ!」


『もう、アスクったら命令しないでよ!』


 文句を言いつつも、リリィは指を振るう。すると、地面から無数の根が飛び出して、メディアの手足を縛りあげた。


「ちっ、ドライアドか! 大人しく眠っていれば良いものを!」


 メディアの視線がリリィへと向く。手足を拘束されても、それでも彼女に焦りはない。憎悪に燃える表情で、彼女はこう口にした。


「忌まわしき根よ――枯れろ」


『あうっ! ア、アスク! 長くは持たないよ!』


 メディアを縛る根は、徐々に枯れ始めている。無数の根で縛るお陰で、今はまだ自由に動けない。しかし、彼女が動き出すのは時間の問題だろう。


 リリィが焦りと共にアスクを見る。すると、アスクは大きく息を吸って、こう叫んだ。


「――来てくれぇぇぇ! アステリオスゥゥゥ!!!」



 ――ドオォォォン!!!



 アスクが叫んだ直後、けたたましい破裂音が鳴り響く。音の元へと視線を向けると、金属の柵が一部空を舞っていた。


 そして、舞い上がる砂煙の中、斧を振るったアステリオスの姿があった。彼は弾丸の様に跳び出すと、一直線にメディアとの距離を詰める。


「メディアァァァ! 貴様は、許さないぃぃぃ……!!!」


 怒り狂うアステリオスの姿に、流石のメディアもたじろいだ。そして、怯えを含んだ表情で、右手を何とか彼へと向ける。


「ミ、ミノタウロスだと……?! こ、鼓動よ、止ま……!」


「――光よっ……!」



 ――ピシャァァァン……!!!



「ひ、ぐぅ……?!」


 イノの放った雷が、再びメディアの体を貫く。チャージが足りず、威力は先程と比べ物にならない。それでも、メディアの動きを止めるには十分であった。


 メディアが魔法を中断させられ、身をびくりと痙攣させている。そのほんの数秒程の時間。その時間で十分だった。



 ――ザンッ……!!!



 アステリオスの巨大な斧が横薙ぎに振られる。そして、その一撃によってメディアの首が飛ぶ。飛び上がる血飛沫に、私は思わず息を飲んだ。


 メディアの頭はゴロゴロと転がり、体はビクビクと痙攣を続ける。しかし、一同が見守る中で、その動きはやがて止まる。


 メディアの体が完全に動かなくなると、リリィは拘束を解いて、その体を地面に横たえた。


「お、終わった……のか……?」


「うん、メディアは終わりだ」


 私の呟きにアスクが答える。そこで私は安堵の息を吐く。そして、抱きかかえたままのイノを強く抱きしめた。


「良かった……。イノが無事で……」


「お父様……。けれど、お母様が……」


 イノの泣きそうな声に、私は顔を上げる。そして、涙を堪えるイノの姿を見た。


 私はイノを下ろすと、うつぶせに倒れるセメレを見る。その姿を見て、私の胸が再び強く締め付けられた。


「本当に、セメレは……」


 私は未だ信じられない気持ちだった。今朝まで一緒に笑い合い、手を握り合っていた相手。


 少しずつ愛を育んで来た妻。そんなセメレが、今ではもう言葉も交わせないだなんて……。


「ひ、姫様……! 姫様ぁぁぁ!!!」


 私が呆然としたたまま動けずにいると、屋敷の中からアガウエが飛び出して来た。そして、セメレの身を抱き締め、ボロボロと涙を零している。


 その姿に私の胸がズキリと痛む。娘同然に育てて来たのだ。アガウエの悲しみは、私の比では無いだろう。


 私は自分の無力さに視線を落とす。すると、そんな私の肩が不意に掴まれた。


「ご主人様のせいではありません。全ては邪悪な魔女が悪いのです」


 声の方へと視線を向けると、ライオス君が私の肩を掴んでいた。そして、毅然とした表情のまま、涙を流し続けていた。


 彼もセメレと姉弟同然に育った。そして、その命を賭して、彼女の旅に同行したのだ。それ程セメレの事を大切に想っていたはずなのに……。



 ――私はまた、守れなかった……。



 セメレを幸せにすると誓ったのに。彼女の為に幸せになろうと決めたはずなのに。それなのに私は、また何も出来ずに最愛の人を失ってしまった。


 何度、同じ過ちを繰り返せば良いのだろうか? やり直したとしても、私では結果を変えられないのだろうか?


 かつて味わった孤独と無力感。その蘇った絶望感に沈む私に、アスクが硬い口調で語り始めた。


「こんなタイミングで済まないね、ケンジ。実を言うと、僕が契約した主はケイローン様じゃないんだ。その弟子のアスクレーピオス様なんだ」


「えっ……?」


 アスクレーピオスの名はメディアも口にしていた。彼女はアスクレーピオスの魔導書を求めていると。


 それは確かに私が知らなかった事実だ。けれど、どうしてアスクはこの状況で、その事を急に話し始めたのだろうか?


「アスクレーピオス様は優れた魔法使いで、治療の魔法を得意としてね。それに留まらず、アルター号での旅を終えた後も、世界を旅し続けた。治療の腕を更に磨き続ける為にね」


「アスク、今は……」


 そんな話を聞く気分では無い。そう思ったのだが、珍しくアスクは私の意向を無視して続けた。


「アスクレーピオス様は確かに魔法使いだった。けれど、アルター号での旅の後、彼は医術に注目してね。その腕を磨いて医学にまとめ、人々に伝える内に医学の守護神と呼ばれるまでになったんだ」


「…………」


 何故だかはわからない。けれど、アスクの必死さが伝わって来る。彼はかつてない程に真剣な口調で、私に対して語り続けていた。


「彼はやがて死者すら生き返らせた。医学の知識で、人の力で死者を蘇らせた。神の奇跡でも、魔法でもなし得ない偉業。それが人の手にある事を恐れ、ゼウスはその術を消し去ろうとしたんだ」


「神の奇跡でも、魔法でもなし得ない……?」


 その言葉が一筋の明かりを私に照らした。アスクが何を伝えようとしているのか、それを私は理解する事が出来た。


 セメレの心臓は止まっている。彼女は間違いなく死んでしまった。けれど、まだこれで完全に終わった訳では無いのだと。


「――アガウエ! セメレを仰向けに寝かせてくれ!」


 私の指示にアガウエは戸惑う。けれど、私の顔を見て何かに気付いたのだろう。彼女は慌ててセメレを仰向けに寝かせた。


「ああ、ケンジ……。やはり、君は……」


 アスクの呟きが耳に届く。それはこの場に相応しくない、とても穏やかな声であった。


 しかし、私はそれに構わずセメレと向き合う。彼女の胸に両手を添え、去って行った彼女へと語り掛ける。


「逝くな、セメレ……。私の元に、戻って来てくれ!」


 私に医学の知識なんて無い。それでも、そのやり方なら知っている。


 私は微かな希望に縋りながら――心肺蘇生を試み始めた。

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