決着、そして……。
イノの放った雷が、魔女メディアの体を貫く。その体は大きく仰け反り、掴みあげられていたイノが落ちて来る。
「おっと……!」
私は慌ててイノを抱き留めた。掴まれた首が赤くなっているけど、この程度なら問題は無いだろう。赤みは治癒のポーションで簡単に治せる。
それよりも、イノの鋭い視線が、未だメディアに向いていた。そして、メディアを確認すると、彼女はふらつきながらも踏みとどまっていた。
「な、何だ……。これは……?」
体のあちこちが火傷で爛れ、それと共に体はビクビクと痙攣している。致命傷とはいかなかったけれど、それでも大きなダメージを受けているのは間違いなかった。
メディアはギロリとイノを睨む。そして、引き攣る顔でイノへと呪詛を吐く。
「許さない……。許さないぞ、小娘が! この私に対して、この様な仕打ちを……!」
メディアはふらつきながらも一歩を踏み出す。そして、右手を上げてイノへと向ける。
「――リリィ! メディアを拘束しろ!」
『もう、アスクったら命令しないでよ!』
文句を言いつつも、リリィは指を振るう。すると、地面から無数の根が飛び出して、メディアの手足を縛りあげた。
「ちっ、ドライアドか! 大人しく眠っていれば良いものを!」
メディアの視線がリリィへと向く。手足を拘束されても、それでも彼女に焦りはない。憎悪に燃える表情で、彼女はこう口にした。
「忌まわしき根よ――枯れろ」
『あうっ! ア、アスク! 長くは持たないよ!』
メディアを縛る根は、徐々に枯れ始めている。無数の根で縛るお陰で、今はまだ自由に動けない。しかし、彼女が動き出すのは時間の問題だろう。
リリィが焦りと共にアスクを見る。すると、アスクは大きく息を吸って、こう叫んだ。
「――来てくれぇぇぇ! アステリオスゥゥゥ!!!」
――ドオォォォン!!!
アスクが叫んだ直後、けたたましい破裂音が鳴り響く。音の元へと視線を向けると、金属の柵が一部空を舞っていた。
そして、舞い上がる砂煙の中、斧を振るったアステリオスの姿があった。彼は弾丸の様に跳び出すと、一直線にメディアとの距離を詰める。
「メディアァァァ! 貴様は、許さないぃぃぃ……!!!」
怒り狂うアステリオスの姿に、流石のメディアもたじろいだ。そして、怯えを含んだ表情で、右手を何とか彼へと向ける。
「ミ、ミノタウロスだと……?! こ、鼓動よ、止ま……!」
「――光よっ……!」
――ピシャァァァン……!!!
「ひ、ぐぅ……?!」
イノの放った雷が、再びメディアの体を貫く。チャージが足りず、威力は先程と比べ物にならない。それでも、メディアの動きを止めるには十分であった。
メディアが魔法を中断させられ、身をびくりと痙攣させている。そのほんの数秒程の時間。その時間で十分だった。
――ザンッ……!!!
アステリオスの巨大な斧が横薙ぎに振られる。そして、その一撃によってメディアの首が飛ぶ。飛び上がる血飛沫に、私は思わず息を飲んだ。
メディアの頭はゴロゴロと転がり、体はビクビクと痙攣を続ける。しかし、一同が見守る中で、その動きはやがて止まる。
メディアの体が完全に動かなくなると、リリィは拘束を解いて、その体を地面に横たえた。
「お、終わった……のか……?」
「うん、メディアは終わりだ」
私の呟きにアスクが答える。そこで私は安堵の息を吐く。そして、抱きかかえたままのイノを強く抱きしめた。
「良かった……。イノが無事で……」
「お父様……。けれど、お母様が……」
イノの泣きそうな声に、私は顔を上げる。そして、涙を堪えるイノの姿を見た。
私はイノを下ろすと、うつぶせに倒れるセメレを見る。その姿を見て、私の胸が再び強く締め付けられた。
「本当に、セメレは……」
私は未だ信じられない気持ちだった。今朝まで一緒に笑い合い、手を握り合っていた相手。
少しずつ愛を育んで来た妻。そんなセメレが、今ではもう言葉も交わせないだなんて……。
「ひ、姫様……! 姫様ぁぁぁ!!!」
私が呆然としたたまま動けずにいると、屋敷の中からアガウエが飛び出して来た。そして、セメレの身を抱き締め、ボロボロと涙を零している。
その姿に私の胸がズキリと痛む。娘同然に育てて来たのだ。アガウエの悲しみは、私の比では無いだろう。
私は自分の無力さに視線を落とす。すると、そんな私の肩が不意に掴まれた。
「ご主人様のせいではありません。全ては邪悪な魔女が悪いのです」
声の方へと視線を向けると、ライオス君が私の肩を掴んでいた。そして、毅然とした表情のまま、涙を流し続けていた。
彼もセメレと姉弟同然に育った。そして、その命を賭して、彼女の旅に同行したのだ。それ程セメレの事を大切に想っていたはずなのに……。
――私はまた、守れなかった……。
セメレを幸せにすると誓ったのに。彼女の為に幸せになろうと決めたはずなのに。それなのに私は、また何も出来ずに最愛の人を失ってしまった。
何度、同じ過ちを繰り返せば良いのだろうか? やり直したとしても、私では結果を変えられないのだろうか?
かつて味わった孤独と無力感。その蘇った絶望感に沈む私に、アスクが硬い口調で語り始めた。
「こんなタイミングで済まないね、ケンジ。実を言うと、僕が契約した主はケイローン様じゃないんだ。その弟子のアスクレーピオス様なんだ」
「えっ……?」
アスクレーピオスの名はメディアも口にしていた。彼女はアスクレーピオスの魔導書を求めていると。
それは確かに私が知らなかった事実だ。けれど、どうしてアスクはこの状況で、その事を急に話し始めたのだろうか?
「アスクレーピオス様は優れた魔法使いで、治療の魔法を得意としてね。それに留まらず、アルター号での旅を終えた後も、世界を旅し続けた。治療の腕を更に磨き続ける為にね」
「アスク、今は……」
そんな話を聞く気分では無い。そう思ったのだが、珍しくアスクは私の意向を無視して続けた。
「アスクレーピオス様は確かに魔法使いだった。けれど、アルター号での旅の後、彼は医術に注目してね。その腕を磨いて医学にまとめ、人々に伝える内に医学の守護神と呼ばれるまでになったんだ」
「…………」
何故だかはわからない。けれど、アスクの必死さが伝わって来る。彼はかつてない程に真剣な口調で、私に対して語り続けていた。
「彼はやがて死者すら生き返らせた。医学の知識で、人の力で死者を蘇らせた。神の奇跡でも、魔法でもなし得ない偉業。それが人の手にある事を恐れ、ゼウスはその術を消し去ろうとしたんだ」
「神の奇跡でも、魔法でもなし得ない……?」
その言葉が一筋の明かりを私に照らした。アスクが何を伝えようとしているのか、それを私は理解する事が出来た。
セメレの心臓は止まっている。彼女は間違いなく死んでしまった。けれど、まだこれで完全に終わった訳では無いのだと。
「――アガウエ! セメレを仰向けに寝かせてくれ!」
私の指示にアガウエは戸惑う。けれど、私の顔を見て何かに気付いたのだろう。彼女は慌ててセメレを仰向けに寝かせた。
「ああ、ケンジ……。やはり、君は……」
アスクの呟きが耳に届く。それはこの場に相応しくない、とても穏やかな声であった。
しかし、私はそれに構わずセメレと向き合う。彼女の胸に両手を添え、去って行った彼女へと語り掛ける。
「逝くな、セメレ……。私の元に、戻って来てくれ!」
私に医学の知識なんて無い。それでも、そのやり方なら知っている。
私は微かな希望に縋りながら――心肺蘇生を試み始めた。




