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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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最悪の事態

 馬乗りになったスケルトンが、私に向かって剣を振り上げた。正にその瞬間、屋敷よりイノが飛び出して来た。


「止めてっ……! お父様を傷付けないでぇ……!!!」


「待ちなさい、イノ! お願い、行かないでぇ……!」


 母であるセメレの声も無視し、イノは私の元へと駆け続ける。そして、五歳児とは思えない速度で、その勢いのままスケルトンへと体当たりをした。


 体格差はあれど、スケルトンは軽く、イノには勢いがあった。スケルトンは跳ね飛ばされて、私の体は自由になる。そして、イノは私を庇う様に魔女メディアに立ちふさがった。


「お父様は私が守る! 絶対に傷つけさせない!」


「この子はまさか……。魔女の卵と言う所かしら?」


 メディアは興味深そうにイノを見つめる。けれど、すぐにその表情は残忍な笑みへと変わる。


「くっ、しまった……! イノの性格を読み違えた……!」


 アスクの焦った声が耳に届く。それと同時に、目の前でメディアがイノに手を伸ばす。その手はイノの首を掴み、軽々と宙づりにしてしまった。


「あっ、ぐっ……」


「イ、イノ……?!」


 私は焦って声を上げる。すると、メディアは楽しそうに微笑みながら、私へと視線を向けた。


「なんだ、貴方には娘が居たのね。なら、こうする方が早かったわね?」


 イノは必死に抵抗している。恐らくは身体強化の魔法も使っているのだろう。


 けれど、メディアはイノと同じく魔女だ。相手も身体強化の魔法を使っているのだろう。


 メディアは涼しい顔でイノを宙づりにしたまま、私に対してこう問いかけた。


「アスクレーピオスの魔導書を出しなさい。この子の命が大切ならば」


「アスクレーピオス……?」


 それは聞きなれない名前だった。けれど、状況から察するにケイローンの弟子。そして、その人物の残した魔導書が、メディアの目的なのだろう。


 けれど、私にはそんな物を見た覚えが無い。この屋敷にあるとは思えなかった。焦った私はメディアへと懇願する。


「私はそんな物を知らない! 屋敷の中を確認して貰っても構わない! だから、どうかイノを開放してくれ!」


「ふぅん? まだ白を切ろうと言うの……」


 メディアは私の言葉を信じていなかった。私が嘘を付いていると思い込んでいた。


 今の彼女にはどんな言葉も届かないのだろう。私はどうすれば良いかわからず、頭の中が真っ白になる。


 けれど、メディアの視線が不意に屋敷へと向いた。そちらを見ると、セメレが駆け寄って、メディアの足元に平伏する所であった。


「お願いします、魔女様! どうか、娘の命だけは! 代わりに私の命を差し出しますので!」


 懇願するセメレを、メディアは冷たく見下ろしていた。そして、その口元をニイッと薄く裂く。


 メディアは私へと再び視線を向けると、優しく甘い声でこう問いかけた。


「ふふ、本当に知らないのかしら? 隠し事は為にならないわよ?」


「ほ、本当に、私は……。そんな、魔導書なんて……」


 私は本当に知らないのだ。どうか信じてくれと、祈る思いでメディアに答えた。


 すると、メディアは優しく笑う。私は一瞬、許されたのかと錯覚した。


「――鼓動よ、止まれ」


「「――えっ……?」」


 私にはメディアが何を告げたのかわからなかった。それはイノも同じらしく、私とイノは声が重なった。


 けれど、その意味をすぐに理解する事となる。私達のすぐ側で、セメレが胸を抑えて苦しみ出したのだ。


「あっ、ぐっ……!」


 苦しそうに呻く声。それと共に起きる軽い痙攣。けれど、それはほんの短い時間でしか無かった。


「セメ、レ……?」


 動かなくなったセメレを見て、私の頭が真っ白になる。けれど、私の体は咄嗟に動き、セメレのその身を抱き寄せた。


 半開きの瞳は何も映さず、まるで意識を失ったみたいだった。けれど、その胸は動いていない。呼吸をしておらず、鼓動も動いていなかったのだ。


「そんな……嘘だ……」


 セメレが死んだ? こんなにあっさり死ぬと言うのか?


 あまりにも非現実的な光景に、私の理解が追いつかなかった。けれど、三十年前の悲しみが、再び私の胸を締め付け始めた。



 ――ああ、また私を残して逝くのか……。



 私の瞳から涙が零れる。私の心は悲しみに押し潰されて、ただセメレの体を抱き締める事しか出来なかった。


 セメレの体はまだ温かく、死んだなんて信じられない。けれど、セメレはいつもの様に、私を抱き締め返したりはしなかった。


「あ、ああ……。お母様……。お母様ぁぁぁ……!!!」


「ふふふ、悲しいわよね? 苦しいわよねぇ?」


 ボロボロと涙を流して泣き叫ぶイノに、メディアは愉悦を含んだ笑みを向ける。イノを宙づりにしたままで、私に向かって嘲笑して見せた。


「あはははは! 私を騙そうとするからよ! さあ、もう一度聞くわ! 真実を話さなければ、次は貴方の娘の番よ!」


 私は顔を上げてメディアを見る。その嘲る顔を見て、私には絶望感しか無かった。


 きっと、真実を話して信じて貰えない。嘘を付いてもすぐにバレる。どうあっても私には、イノを救う事が出来ないのだ。


 ニタニタと笑うメディアを前に、私はただ茫然と見上げるのみだった。そんな状況の中、アスクがメディアへと問い掛けた。


「ねえ、メディア。最後に聞かせて貰えないだろうか?」


「ふふふ、何かしら? 内容によっては応えてあげるわ」


 アスクの問い掛けに、メディアは余裕の笑みを向ける。そんな彼女に対して、アスクはとても悲しそうに彼女へ問うた。


「望みが叶ったとしよう。やり直す機会を得たとして、君はその人生をどう生きたいんだい?」


「あら、そんな簡単な質問? ふふ、そんなものは決まっているでしょう。私は望む全てを手に入れるのよ♪」


 老齢にあるはずのメディアは、乙女の様に目を輝かせる。そして、夢見る様に語り始めた。


「私を永遠に愛する恋人。そして、私を崇め敬う人間達。そんな者達と共に、私の王国を築き上げるの。きっと、毎日が幸せなはずよ」


 メディアの言葉に、私の心は何の反応も示さなかった。それはきっと、多くの人が夢見る生活。けれど、私にとっては何の興味も無い夢だ。


 きっと、そんな物はすぐに飽きるだろう。私はそんな生活ではきっと幸せになれない。


 愛おしいと思える家族、友人が側に居てくれる。きっとそれだけで十分なんだ。けれど、彼女にとってはそうではないらしい。


 そんなつまらない物の為に、セメレが命を奪われてしまった。そうやり切れに気持ちでいると、アスクは再びメディアに問い掛けた。


「君は人生をやり直せるなら、それが手に入ると思っているんだね?」


「ええ、それは当然でしょう? 私は純血の神であり、ヘカテー様直伝の魔法があるの。イアソンに恋なんてしなければ、きっと全てが手に入っていたわ♪」


 メディアは全てが手に入るのを当然と考えていた。そして、イアソンが自分を愛する事も、当然の事と考えていたのだ。


 きっと、メディアが不幸になったのは自業自得。なるべくして、そうなったのだろう。私がそんな風に考えていると、アスクが嘲るようにこう続けた。


「うん、ありがとう。君とは分かり合えないと、改めて分かったよ。――そして、さよならだ」


「――はっ……?」


 メディアは不可解そうにアスクを見る。何を言われたのか理解出来なかったのだろう。


 けれど、私はその瞬間に確かに見た。怒りに燃えるイノの瞳を。そして、イノがメディアに向かって、その両手を向ける姿を。


「――光よ……!!!」



 ――ピシャァァァン……!!!



 眩い閃光に、空気の爆ぜる音。その光に目がくらんだが、私は確かにこの目で見た。


 イノの放つ雷によって、魔女メディアが痙攣し、その身を焼かれる瞬間を……。

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