娘の為に
今日も朝からイノと魔法を学び、その後にポーション作りを行っている。イノの上達は本当に早く、今では手を動かすのはイノに任せている位だ。
私は指示やアドバイスを出すだけ。それを聞いたイノが、自分が考えて色々と試す。イノの成長はその殆どが、自分で考える事で成っている状態だった。
「――まあ、それで良いのだろうね……」
目を輝かせてポーションを作るイノを見て、私はそう思わずにはいられなかった。親だからとか、大人だからと、偉ぶる必要は無いのだろう。
私なんて本当は定年退職して、余生を過ごすだけの老人だったのだ。後進の為に少しばかり力を貸してあげる。その位の立場がお似合いなのだと思う。
今の私の望みなんて、そんな大層な物では無い。ただ、家族と一緒に幸せに過ごしたいだけ。そんな人並みな願望した持ち合わせていないのだから。
「お父様、出来ました! 電気耐性のポーションです!」
イノは手にしたガラス瓶を掲げていた。それは琥珀色の液体であり、木の樹液をベースに作った物である。
流石にゴムは入手出来なかったけど、樹液だって立派な絶縁素材だ。そもそもゴムがゴムの木の樹液だし、プラスチックだって合成樹脂な訳だしね。
その樹液に魔力を込めて、絶縁要素を強化する。それがこの電気耐性ポーションの趣旨である。魔法の力は万能なので、きっと何とかなると思っている。
「出来たのですね? それでは早速試してみましょう」
イノの宣言により、椅子に座っていたセメレが立ち上がる。そして、その手をイノへと差し出した。
イノは母の右手にポーションを振りかける。あくまでも掛けるの右手だけ。それは、比較実験を行う為である。
「それでは、お母様。電気を流します」
「ええ、イノ。お手柔らかにお願いね」
まずイノは、ポーションを使っていない左手に手を翳す。セメレはその手を、固唾を飲んで見つめていた。
「――光よ……」
「――っ……!」
パチッいう音と共に微かな輝きが発生する。それは静電気であり、火傷をする程の力は無い。それでも、セメレは痛かったらしく顔を顰めている。
イノは想定通りの結果に真剣に頷く。そして、母に向かって確認を取る。
「それでは、続いて右手に行きます」
「え、ええ……。優しくね、イノ……」
若干の怯みを感じさせる母に、イノは真顔で頷いた。まるで母の痛みに関心が無いかの如く。
そして、イノは躊躇する事無く、母の右手に手を翳す。
「――光よ……」
「――あっ……」
先程と同じように二人の他の間で光が発生した。しかし、セメレは驚いた表情を浮かべても、まったく痛そうな素振りを見せなかった。
その表情を見て、イノの顔に笑みが浮かぶ。実験の成功を確信しつつ、彼女は母へと問い掛けた。
「お母様、実験は成功ですよね!」
「全く、痛みを感じませんでした」
二人は嬉しそうに笑顔を向け合う。その光景を確認しつつ、私は急いでセメレの手を取る。
彼女の両手を確認するが、火傷の後は見つからなかった。その事にホッとしつつ、私はセメレに笑みを向けた。
「皆で決めた事とは言え、やはり心臓に悪い。セメレに何かあればと思うと……」
「ケンジ様、ありがとうございます。けれど、少しでもお役に立てるならば……」
私に心配して貰う事が嬉しいのか、セメレの顔が嬉しそうに緩んでいた。そして、指を絡める様にして、私の両手をしっかりと握る。
私としては決して望ましく無い。けれど、魔法の実験が必要な際は、セメレが非検体になると決まってしまったのだ。
それは以前に行った耐火ポーションの試験の時だ。私が非検体となり、イノが小さな火で私の手を焼いた。
――その結果、イノは号泣した……。
ポーションで治せば良いと考え、私は左手を軽く火傷した。けれど、それはイノに取って耐えがたい程のトラウマとなってしまった。
イノはその日は一日、私を傷付けてしまったと泣き続けた。ポーションで火傷を治しても、それでも彼女は泣き止んでくれなかったのだ。
それ以降、イノは私で実験する事を断固拒否する様になった。次からは絶対に、自分の身を使うと言って譲らなかった。
しかし、それは私が断固拒否した。娘が傷付く姿なんて絶対に見たくない。例え小さな火傷だろうと、決して許容出来るはずがなかった。
その結果、折衷案としてセメレが非検体となる事が決まった。それのどこが折衷案なのか、未だに私としては納得出来ている訳では無いけれど……。
ただ、それが許容出来ないなら、ライオス君かアガウエに頼むと言われた。どちらが良いかと迫られ、私が選べなかった結果、何も仕事の無いセメレで決定してしまったのだ。
――ならばいっそ、実験を止めれば……。
そんな考えも思い浮かびはした。しかし、この実験はイノの将来の為なのだ。降りかかる困難から彼女を守る為、私とセメレは出来る限りの事をすると誓った。
小さな怪我を恐れ、それで未来の彼女が死んでしまったら? その恐ろしい未来を回避する為ならば、多少の痛みは耐えるべきだ。それが私とセメレの話し合った結論だった。
だからこそ、私は今の実験を見守る事しか出来なかった。そして、その覚悟を理解しているのだろう。イノも決して母に容赦をする事が無かったが……。
「次はどの程度まで、強い電気に耐えられるかですが……」
イノが真剣な瞳で私に話しかけて来る。その内容にセメレの顔が引き攣っていたが、イノの言葉はそこで途切れる。
彼女の視線はテーブルの上のアスクに向いていた。そして、そのアスクは鎌首を伸ばして、窓の外を覗いていたのだ。
「ねえ、アスク。もしかして、何かあった?」
「イノも感じたのかい? 結界が壊されたね」
二人の会話に私は戸惑う。それはセメレも同じみたいで、不思議そうに二人を見つめていた。
蛇であるアスクの表情は読めない。けれど、強張ったイノの表情から、それが只事で無いのだと感じられた。
不安を感じながら見守っていると、アスクは顔をこちらに向けてこう告げた。
「ケンジ、一緒に来てくれるかい? 何者かが屋敷に侵入したみたいだ」
「えっ……?」
今の私に何が出来るかはわからない。けれど、アスクが来て欲しいと言うなら行くしかない。
私の家族を危険に晒す訳にはいかない。多少不安があろうと、私が出て行くしかないのだろう。
「二人とも、ここで待っていてね?」
「……はい。お気をつけて、ケンジ様」
不安を飲み込み、私を見送るセメレ。彼女もやはり、アスクの言葉を信じる事にしたのだろう。どうして良いかわからない状況で、アスクの言葉は道を照らす灯火となるからね。
けれど、イノの瞳は涙で滲んでいた。私が行く事に納得がいかない。されど自分が行く事を、決して認められないと分かっている顔だ。
私はイノの頭を優しく撫でる。そして、アスクを右手に絡めながら、私は屋敷の外へと向かうのだった。




