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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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娘の為に

 今日も朝からイノと魔法を学び、その後にポーション作りを行っている。イノの上達は本当に早く、今では手を動かすのはイノに任せている位だ。


 私は指示やアドバイスを出すだけ。それを聞いたイノが、自分が考えて色々と試す。イノの成長はその殆どが、自分で考える事で成っている状態だった。


「――まあ、それで良いのだろうね……」


 目を輝かせてポーションを作るイノを見て、私はそう思わずにはいられなかった。親だからとか、大人だからと、偉ぶる必要は無いのだろう。


 私なんて本当は定年退職して、余生を過ごすだけの老人だったのだ。後進の為に少しばかり力を貸してあげる。その位の立場がお似合いなのだと思う。


 今の私の望みなんて、そんな大層な物では無い。ただ、家族と一緒に幸せに過ごしたいだけ。そんな人並みな願望した持ち合わせていないのだから。


「お父様、出来ました! 電気耐性のポーションです!」


 イノは手にしたガラス瓶を掲げていた。それは琥珀色の液体であり、木の樹液をベースに作った物である。


 流石にゴムは入手出来なかったけど、樹液だって立派な絶縁素材だ。そもそもゴムがゴムの木の樹液だし、プラスチックだって合成樹脂な訳だしね。


 その樹液に魔力を込めて、絶縁要素を強化する。それがこの電気耐性ポーションの趣旨である。魔法の力は万能なので、きっと何とかなると思っている。


「出来たのですね? それでは早速試してみましょう」


 イノの宣言により、椅子に座っていたセメレが立ち上がる。そして、その手をイノへと差し出した。


 イノは母の右手にポーションを振りかける。あくまでも掛けるの右手だけ。それは、比較実験を行う為である。


「それでは、お母様。電気を流します」


「ええ、イノ。お手柔らかにお願いね」


 まずイノは、ポーションを使っていない左手に手を翳す。セメレはその手を、固唾を飲んで見つめていた。


「――光よ……」


「――っ……!」


 パチッいう音と共に微かな輝きが発生する。それは静電気であり、火傷をする程の力は無い。それでも、セメレは痛かったらしく顔を顰めている。


 イノは想定通りの結果に真剣に頷く。そして、母に向かって確認を取る。


「それでは、続いて右手に行きます」


「え、ええ……。優しくね、イノ……」


 若干の怯みを感じさせる母に、イノは真顔で頷いた。まるで母の痛みに関心が無いかの如く。


 そして、イノは躊躇する事無く、母の右手に手を翳す。


「――光よ……」


「――あっ……」


 先程と同じように二人の他の間で光が発生した。しかし、セメレは驚いた表情を浮かべても、まったく痛そうな素振りを見せなかった。


 その表情を見て、イノの顔に笑みが浮かぶ。実験の成功を確信しつつ、彼女は母へと問い掛けた。


「お母様、実験は成功ですよね!」


「全く、痛みを感じませんでした」


 二人は嬉しそうに笑顔を向け合う。その光景を確認しつつ、私は急いでセメレの手を取る。


 彼女の両手を確認するが、火傷の後は見つからなかった。その事にホッとしつつ、私はセメレに笑みを向けた。


「皆で決めた事とは言え、やはり心臓に悪い。セメレに何かあればと思うと……」


「ケンジ様、ありがとうございます。けれど、少しでもお役に立てるならば……」


 私に心配して貰う事が嬉しいのか、セメレの顔が嬉しそうに緩んでいた。そして、指を絡める様にして、私の両手をしっかりと握る。


 私としては決して望ましく無い。けれど、魔法の実験が必要な際は、セメレが非検体になると決まってしまったのだ。


 それは以前に行った耐火ポーションの試験の時だ。私が非検体となり、イノが小さな火で私の手を焼いた。



 ――その結果、イノは号泣した……。



 ポーションで治せば良いと考え、私は左手を軽く火傷した。けれど、それはイノに取って耐えがたい程のトラウマとなってしまった。


 イノはその日は一日、私を傷付けてしまったと泣き続けた。ポーションで火傷を治しても、それでも彼女は泣き止んでくれなかったのだ。


 それ以降、イノは私で実験する事を断固拒否する様になった。次からは絶対に、自分の身を使うと言って譲らなかった。


 しかし、それは私が断固拒否した。娘が傷付く姿なんて絶対に見たくない。例え小さな火傷だろうと、決して許容出来るはずがなかった。


 その結果、折衷案としてセメレが非検体となる事が決まった。それのどこが折衷案なのか、未だに私としては納得出来ている訳では無いけれど……。


 ただ、それが許容出来ないなら、ライオス君かアガウエに頼むと言われた。どちらが良いかと迫られ、私が選べなかった結果、何も仕事の無いセメレで決定してしまったのだ。



 ――ならばいっそ、実験を止めれば……。



 そんな考えも思い浮かびはした。しかし、この実験はイノの将来の為なのだ。降りかかる困難から彼女を守る為、私とセメレは出来る限りの事をすると誓った。


 小さな怪我を恐れ、それで未来の彼女が死んでしまったら? その恐ろしい未来を回避する為ならば、多少の痛みは耐えるべきだ。それが私とセメレの話し合った結論だった。


 だからこそ、私は今の実験を見守る事しか出来なかった。そして、その覚悟を理解しているのだろう。イノも決して母に容赦をする事が無かったが……。


「次はどの程度まで、強い電気に耐えられるかですが……」


 イノが真剣な瞳で私に話しかけて来る。その内容にセメレの顔が引き攣っていたが、イノの言葉はそこで途切れる。


 彼女の視線はテーブルの上のアスクに向いていた。そして、そのアスクは鎌首を伸ばして、窓の外を覗いていたのだ。


「ねえ、アスク。もしかして、何かあった?」


「イノも感じたのかい? 結界が壊されたね」


 二人の会話に私は戸惑う。それはセメレも同じみたいで、不思議そうに二人を見つめていた。


 蛇であるアスクの表情は読めない。けれど、強張ったイノの表情から、それが只事で無いのだと感じられた。


 不安を感じながら見守っていると、アスクは顔をこちらに向けてこう告げた。


「ケンジ、一緒に来てくれるかい? 何者かが屋敷に侵入したみたいだ」


「えっ……?」


 今の私に何が出来るかはわからない。けれど、アスクが来て欲しいと言うなら行くしかない。


 私の家族を危険に晒す訳にはいかない。多少不安があろうと、私が出て行くしかないのだろう。


「二人とも、ここで待っていてね?」


「……はい。お気をつけて、ケンジ様」


 不安を飲み込み、私を見送るセメレ。彼女もやはり、アスクの言葉を信じる事にしたのだろう。どうして良いかわからない状況で、アスクの言葉は道を照らす灯火となるからね。


 けれど、イノの瞳は涙で滲んでいた。私が行く事に納得がいかない。されど自分が行く事を、決して認められないと分かっている顔だ。


 私はイノの頭を優しく撫でる。そして、アスクを右手に絡めながら、私は屋敷の外へと向かうのだった。

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