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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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来訪者(ライオス視点)

 今日も私はアステリオス殿と、朝の日課に森を歩きます。アステリオス殿の役目は屋敷の警備。そして、私の役目は食卓に並ぶ肉の確保です。


 最近は狩りにも慣れて、弓の腕がメキメキと上がっているのを感じます。ただ、本来の私は軍人であり、姫様の警備役なのです。それが猟師として成長する事には、苦笑を禁じ得ません。


 とはいえ、今の屋敷で過ごす以上、私が護衛役を務める必要は無いでしょう。私よりも強いアステリオス殿が外を守り、内にはドライアドのリリィ殿まで居るのです。


 私も多少は腕が立つとは言え、英雄の足元にも及びません。彼等の目を搔い潜れる程の猛者が居るなら、きっと私では何の役にも立たないでしょうからね。


 そんな事を考えながら私は森を歩く。そして、獲物を求めて静かに歩く私達ですが、その日は何だか違和感を感じました。


「――森が、静か過ぎる……?」


 私の呟きにアステリオス殿が足を止める。そして、私も同じく足を止めると、彼は小さく頷いた。


「森の空気、おかしい……。何か、いつもと違う……」


 どうやらアステリオス殿も、森の異変に気付いていたみたいです。むしろ、長年森を見守り続けた彼ならば、それは当然の事かもしれません。


 アステリオス殿は手にした斧を両手で構える。そして、警戒しながら周囲に視線を這わせていました。


「嫌な気配、強くなってる……。きっと、近くにいる……」


「えっ……?」


 アステリオス殿は鼻息を荒くし、低い唸り声を漏らしている。彼の感じている何者かに対して、威嚇をしているみたいでした。


 私は武器を弓から剣に持ち変える。もし、外敵がすぐ近くに居た場合、弓では対処が困難ですからね。


 私が抜身の剣を構えて、周囲を警戒していると、その声が不意に耳に届いた。


『あら? もしかして、ミノタウロス? ふぅん、こんな所で生き延びていたの……』


「――っ……?!」


 それは女の声だった。成熟した大人の声で、妙に艶めかしさを感じさせた。


 それと同時に、声から距離がわからない。どこから声が届いたのか、まったく掴む事が出来なかった。


 つまり、相手はアステリオス殿を警戒し、遠くから様子を伺ったいる。そして、その声を魔法によって届けたのだ。


「魔女、か……」


 私の額に冷や汗が流れる。相手が魔女で、敵対者ならば最悪だ。英雄では無い私では、きっと魔女に抗う事は出来ない。


 そして、頼みの綱はアステリオス殿だ。人外の力を持つ彼ならば、魔女であっても容易な相手では無い。ただ、出来る事ならば、戦わない事が一番なのだが……。


「……交渉は可能だろうか? 敵で無いならば戦わずに済ませたい」


『あら、そう? それが本当なら、武器を下ろして欲しいものね』


 相手の言い分ももっともだ。私は視線をアステリオス殿に向けた。彼は私の意を汲み。その巨大な斧を大地に突き刺した。


 私もそれに倣い、剣を鞘へと戻す。すると、それを確認したのか、森の奥から一人の女が姿を現した。


 彼女は紫のローブで身を包む、紫髪の女であった。歳は母と同じで五十代だろう。けれど、薄紅をさした顔は、どこか妖艶で色香を感じさせるものだった。


「ふふっ、本当にあるのね。ここに太陽神の揺り篭が……」


「太陽神の揺り篭……?」


 私の疑問に相手は応えない。けれど、何となく予想は付く。ここは太陽神アポロン様の加護を持つ土地。そして、多くの英雄が幼少期を過ごした場所だからだ。


 どうも彼女は、その事を知る者らしい。私は警戒心を解かず、相手に対して問い掛けた。


「……この先に何の用でしょうか?」


「あら、無粋な質問ね。そんなものは、聞くまでもないでしょう?」


 魔女はクスクスと笑う。けれど、その目は笑っていなかった。舐める様に、見定める様に、こちらの様子を伺っている。


 その冷たい視線に私は悪寒を感じる。私が何も反応しないでいると、彼女は薄ら笑いを浮かべてこう続けた。


「ここに残っているんでしょう? 彼の魔導書が……」


「彼の魔導書……。それは賢者ケイローン様の……?」


 私の問いに魔女は首を横に振った。そして、私の様子を伺いながらこう答える。


「それにも興味はあるけれど、一番の目的では無いわ。私が一番求めているの物。それはアスクレーピオスの魔導書よ」


「アスクレーピオス……?」


 その名は知っている。アルゴナウタイの一員で、賢者ケイローン様の弟子の一人である。


 アスクレーピオスもこの地で育った一人であり、縁も所縁もあるのだろう。けれど、本当に彼の魔導書がここに存在するのだろうか?


 私が内心で訝しんでいると、不意にアステリオス殿が声を発した。


「どうして、彼を知ってる……? お前、何者……?」


「ふふっ、警戒しなくて良いわ。私の夫がここで育ったの。それでここの話を聞いたのよ?」


 アステリオス殿の問いに魔女は応える。その甘い声に、私の警戒心は僅かに緩む。


 彼女の夫がこの地で育ったと言う事は、彼女は英雄の妻と言う事だ。それならば、この地を知るのも当然だと思えた。


 けれど、アステリオス殿は未だ警戒したまま、彼女に対して問い掛けた。


「お前の夫……。名前、何て言う……?」


「夫の名前を知っているかしら? イアソンって言うのだけれど」


 その名はとても有名だ。アルゴナウタイの船長であり、多くの英雄を従えた人物。この地で彼を知らぬ物など居るはずがない。


 だが、彼の妻にして魔女となると、該当人物は一人しか居ない。かのアルゴナウタイの一員でもあった、あの高名な魔女となるが……。


「――お前か……。お前が、彼を悲しませた奴……! 彼の親友を、地獄に堕とした奴……!!!」



 ――ガッ……!!!



 アステリオス殿は斧を握り、大地を疾走した。その巨体に反する俊敏な動きで、魔女を一瞬にして両断した。


 しかし、魔女の姿は幻だった。血や肉が飛び散る事は無く、霧の様に消え去ってしまったのだ。


『ふふっ……。やはり、ここにあるのね……?』


 どこからともなく声が響く。相手の位置がわからない。私は何の役にも立てない、自身の無力さに歯噛みする。


『あの白蛇は……。彼の遺産は、ここに匿われていたのね!』


「どこだ……?! 出て来い……! 魔女メディアァァァ!!!」


 アステリオス殿の叫びが森に木霊する。しかし、それをかき消す様に魔女は高らかに嗤う。


『アハハッ! 貴方達など眼中に無いのよ! そこで大人しく――眠りなさい!』


 直後に訪れる強烈な睡魔。重い瞼が落ちる中、アステリオス殿の膝を付く姿が目に入った。



 ――やはり、駄目なのか……。



 英雄ならざる者では太刀打ちが出来ない。そして、モンスターと呼ばれる者すら手玉に取る。


 最悪な来訪者の登場により、私達は成す術無く眠らされてしまうのだった……。

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