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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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イノと家妖精③(イノ視点)

 夕食とシャワーを終え、アガウエに寝かしつけられた後。真っ暗な部屋の中、私はベッドの上で身を起こします。


「――明かりよ……」


 私は魔法によって小さな明かりを生み出します。星明りを集めた小さな灯。外に漏れる事の無い、とても小さな明かりです。


「ねえ、ブラウン……。少しだけ、お話出来ない……?」


 私は新しく出来た友達に呼びかけます。家妖精の彼女ならば、私の言葉が聞こえていると信じて。


 そして、ブラウンは私の呼びかけに応じてくれる。彼女はベッドの脇にそっと現れ、いたずらっぽい笑みを浮かべました。


「いけないのよ、イノ? 人間の子供は、もう寝る時間なんだから」


「うん、わかってる。だから、お話するのはちょっとで良いの……」


 ブラウンは咎める言葉と裏腹に、嬉しそうに微笑みます。そして、ベッドにちょこんと腰かけました。


 彼女も見た目は私と同じく五歳児程です。けれど、中身がそうで無いのも同じらしく、見守る様に私を見つめ続けていました。


 私は初めて出来たお友達に興味が尽きません。そして、身を乗り出して彼女に問います。


「ブラウンはいつから、この屋敷に居るの? 賢者ケイローンがお弟子さんを育て始めた頃から?」


「ううん、もっと前からよ。ケイローンがまだ幼い頃。太陽の神アポロン様と月の女神アルテミス様が、お二人でケイローンを育て始めた時からずっと居るわ」


 ブラウンの言葉に私は驚きます。思った以上に、彼女が長生きと言う事もあります。けれど、それ以上にケイローン様の生い立ちに詳しい事にです。


 賢者ケイローン様が多くの英雄を育てた事は有名です。けれど、彼自身がどの様に育ったのかは、殆ど知られていないはず。私の好奇心がとても疼きます。


「ケイローン様は、アポロン様とアルテミス様がお育てになられたのね? どうしてお二人は、ケイローン様をお育てになられたのかしら?」


 私の問いにブラウンは悩む仕草を見せる。けれど、じっと私の瞳を見つめた後に、覚悟を決めたみたいに話し始めた。


「ケイローンがクロノス様の子で、母親に捨てられた孤児だからよ」


「えっ……」


 私は思わず息を飲む。そんな過去を私は知らない。けれど、ブラウンの目が嘘では無いと語っていた。


「クロノス様は妻の目を欺く為、馬に姿を変えてニンフと交わったの。その結果、下半身が馬の姿でケイローン様は生れてね。母のニンフは醜い姿だって彼を捨てちゃったの」


「――っ……?!」


 ブラウンの説明に私の胸が締め付けられる。クロノス様とはゼウスの父親。そんな御方もまた、ゼウスと同じく浮気をして子を成していた。


 ニンフとは自然界に生まれる精霊であり、下位の神でもある存在。その母から捨てられた。ケイローン様はどんなお気持ちだったのでしょうか……。


「アポロン様はゼウス様の子でね。血縁であもあるケイローン様を哀れに思われたの。それでこの屋敷を建てて、ケイローン様をお育てになられたのよ。アルテミス様はアポロン様の双子の妹で、兄のアポロン様のお手伝いをした感じかしら?」


「そう、なのですね……」


 ケイローン様のお気持ちはわからない。けれど、ケイローン様にも救いの手があった事に、私は心底安堵しました。


 彼の為に屋敷を立て、アポロン様は手ずからお育てになられた。そして、そのケイローン様は立派に育ち、多くの英雄達をお育てになった。


 きっと、その人生は悪い事ばかりではなかったのだろう。そうでなければ、アスク様やリリィ様の様に、心優しい方々が残っているはずがないでしょうから……。


「その人生は幸せだったのかしら……。亡くなられたのは、五年前だったかしら?」


「違うわよ、イノ。ケイローン様は三十年以上前にお亡くなりになられているわ」


「えっ……?」


 ブラウンの言葉に私は驚く。お父様やアスク様は、前の主人が五年前に亡くなったと言っていました。そして、お父様が新しい主人として屋敷を引き継いだのだと。


 しかし、ブラウンの顔は真剣なものだ。決して悪戯で嘘を言っている様子でもない。私が混乱していると、ブラウンは声を潜めてこう続けた。


「アスクは隠したがっているけど、お友達のイノには教えてあげる。五年前に亡くなったのは、ケイローンの弟子のアスクレーピオスよ。ケイローンが無くなった後に、彼がこの屋敷を引き継いでいたの」


「アスクレーピオス……?」


 その名前には聞き覚えがあります。アルゴナウタイの一員で、治療を得意とする魔法使いです。


 そして、冒険を終えた後も世界を旅し、医療技術を人々に伝えたと言われています。医者と呼ばれる人たちは、彼を医療の神として崇めているとか……。


「当然、リリィやアステリオスも知っているわ。けれど、アスクが話したがらないから、彼の為に黙っているの。きっとアスクは、まだ本来のご主人様の事を引きづっているのね」


「本来のご主人様……?」


 私達は思い違いをしていました。アスク様がケイローン様の使い魔だと、疑う事無く信じていました。


 なにせあれ程の知性を有する蛇です。ケイローン様の使い魔と言われれば、納得するほかありません。


 しかし、実際には違っていた? アスク様はケイローン様では無く、アスクレーピオス様の使い魔だったと言うことなの?


 私が信じられないと言う気持ちで居ると、それをブラウンは察したのだろう。彼女は目を伏せながら、やり切れない感情を込めてこう零した。


「アスクレーピオスはとても良い子だった。けれど、彼は優秀過ぎたのよ。彼は死者蘇生と言う、神にすら成せない偉業を成し遂げたの。そして、その才能を恐れたゼウスは、彼を雷で焼き殺したわ」


「――うそっ……」


 死者を蘇生する事が可能なの? そんな話は物語ですら聞いた事がありません……。


 しかも、それを為し得た人物が殺された? ゼウスが才能を恐れたが為に?


 私の中で激しい怒りが沸き上がります。母や多くの人々を悲しませただけでは無い。それ程の偉人を恐れによって殺してしまった事実にだ。


 私の父親でもある主神ゼウス。その存在がどれ程この世界にとって害であるのか、私はその存在を呪わずにはいられませんでした。


 そんな私に対して、ブラウンは悲しそうに微笑みます。そして、優しい眼差しを向けてこう続けました。


「……それでね。アスクレーピオスは死後に星になったの。彼の偉業が神々に認められ、彼は神の一員として迎え入れられたわ。そして、彼は空に上がり――蛇使い座になったのよ?」


「蛇使い座……?」


 私の中で何かのパーツが、カチリとはまった気がした。蛇使い座となったアスクレーピオス様。その使い魔である白蛇のアスク様。


 そのピースが何を意味するのか、それはまだわかりません。けれど、そこに何か大きな意味があるのではと、私はそんな予感がして仕方がありませんでした。

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