アルゴナウタイ
今日はリリィのお茶会で、セメレからアルゴー号の名が飛び出した。セメレはとてもキラキラした目で、リリィへとその話をせがむ。
私とイノは良く知らない名前だけど、アガウエとライオス君は見るからに興味津々と言った様子。リリィはアスクの顔色を窺いながらも、嬉しそうに話し出した。
『アルゴー号はイアソンが、人間の船大工アルゴスに作らせた船の名前ね。彼はテッサリアの王子で、ケイローン様の弟子でもあったの。彼は王位を継ぐ為に、コルキスへと黄金の羊の毛皮を求め、アルゴー号で旅に出たのよ』
「それが世に名高い、アルゴナウタイの物語なのですね!」
アルゴナウタイの物語? 何か有名なお話なのだろうか?
ただ、アガウエが私に苦笑を向け、そこで私は思い出した。セメレは吟遊詩人の歌が好きだと言う事を。
つまり、アルゴナウタイの物語とは、吟遊詩人が歌う物語なのだろう。そして、リリィは賢者ケイローンの使い魔。彼の弟子であったイアソンとも面識がある事になる。
『そうそう、イアソンに神の血は混じって無くてね。普通の子なんだけど、頭はとても良かったの。兄弟弟子のヘラクレスとも仲が良かったし、他の英雄ともすぐ仲良くなったんでしょうね。50人の勇士を集めれたのは、彼にカリスマがあったからだと思うわ』
リリィは過去を懐かしむ様に目を細める。そんなリリィの言葉に、興奮した面持ちでセメレが頷いていた。
『私の知ってる仲間だと、カストルとポルクスの兄弟かな? 兄のカストルは普通だけど、弟のポルクスがゼウス様の血を引いていてね。その力もあって、二人は大活躍したって聞いているわ。それで兄カストルが死んだ後に、弟ポルクスが願ったみたいでね。二人揃って天に昇ったの。それが有名な双子座と呼ばれれる星座なのよ』
えっ、双子座? 私でも知ってる双子座の由来って、この時代の人間だったの?
しかも、それがアルゴー号の船員で、イアソンと共に旅に出ている? ヘラクレスも乗船したみたいだし、アルゴナウタイの物語って実は凄いお話なのかも?
「リリィ様、他に有名なお方は――魔法を使う者はおりませんでしたか?」
隣に座るイノが、身を乗り出して質問する。やはり、魔女を目指す彼女としては、同じく魔法を使う存在が気になるのだろう。
けれど、リリィはチラリとテーブル上のアスクを見る。彼が無反応なのを確かめると、言葉を選びながらこう伝えた。
『魔法を使える人は何人かいるけど、一番有名なのは魔女メディかな? イアソンに一目惚れして、途中で仲間に加わったの。それで、多くの魔法で彼を助けて、冒険の後には彼と結婚したのよね』
イアソンは冒険の後に魔女と結婚したのか。テッサリアの王子って言っていたし、その魔女メディアは王妃になったと言う事だろう。
「それで、その魔女メディアとは、どの様なお方だったのでしょうか? 素晴らしい人物だったのですか?」
イノは目を輝かせ、身を乗り出して問う。そんな彼女の態度に、珍しくリリィは戸惑っていた。
リリィが何かを言い淀むとは珍しい。そう思っていたら、意外な事にアスクが口を開いた。
「魔女メディアは――いかれた魔女さ。彼女は周囲を不幸にする、厄災の魔女なんだ」
「えっ……?」
アスクの冷たい言葉に、皆が言葉を飲んだ。こんなピリピリした彼を、私達は見た事が無かった。
「イアソンは叔父の言葉を信じ、金羊毛を持ち帰った。しかし、叔父は彼に王位を譲る気が無かった。それを知ったメディアは何をしたと思う?」
「い、いえ……。わかりません……」
問われたイノは首を振る。彼女はアスクの怒りを感じて、表情を硬くしていた。しかし、アスクにしては珍しく、そんな彼女にお構いなしで話を続けた。
「魔法と計略で叔父の娘達を騙したんだ。そして、娘達に父親を殺させた。娘達は父親が若返ると信じ、騙されて実の父を手に掛けたんだ」
「「「――っ……?!」」」
アスクの言葉に全員息を飲んだ。セメレも青い顔をしている事から、この話は公には知られていないんだろう。
「そして、その残虐な所業を知った国民は、イアソンを王と認めなかった。イアソンは魔女メディアと共に国を追放されてしまったんだ。それでも、イアソンは約束を守って結婚をした。それから夫婦として何年も共に暮らし、二人の間に多くの子供も生まれたんだ」
アスクの怒りは更に激しさを増していた。表情こそわからないが、それでもその言葉からは怒りが滲み出ていてた。
「けれど、コリントスの王がイアソンを気に入ってね。自分の娘との結婚を勧めて来たんだ。王位に未練があったイアソンは、その誘いに心が揺らいでしまった。そして、それを知ったメディアは――虐殺を行った」
「――はっ……?」
私はポカンと口を開く。イアソンの心が揺らいだら虐殺? 間が色々と飛び過ぎではないだろうか?
「まずは、二人の間に生まれた子供達。それを一人残らず殺した。そして、コリントス王にその娘達……。王宮に火を放って、彼等を皆殺しにした。そして、彼女は自らを裏切った罰だと、嘲笑いながらイアソンの元を去って行ったんだ」
「「「…………」」」
自らの子供を皆殺しにして、王族すら皆殺しにした……。魔女メディアはそんな非道な行いを……?
「残されたイアソンは、どこにも居場所が無くなった。彼は一人で放浪し、旅の果てで朽ち果てた。そう、全ては魔女メディアに見初められたが為に……」
アスクの顔が私に向く。そして、よくよく見れば、その視線は私の襟元の、赤いブローチに向けられていた。
「大きな魔法の力を得た事で、きっと彼女は勘違いをしたんだ。自らを神の如き、尊い存在だとでも思っていたのだろうね」
アスクとイアソンに面識はあったのだろうか? その怒りは尋常な物では無い様に思えた。
皆が何も言えずに沈黙を守る。しかし、そんな中でイノが口を開いた。
「アスク様……。私は、大丈夫です……。そんな魔女には、なりませんから……」
「……うん、わかっているよ。だって、イノにはケンジやセメレがいるからね」
イノのお陰か、アスクの口調が柔らかくなる。いつもの口調に戻った事で、皆がほっと息を吐いた。
ただ、この世界には魔女メディアの様な魔女も居る。その事は皆が、肝に銘じておかねばならないのだろう。
そして、アスクにはアルゴナウタイの仲間達との、何らかの関りがあるのかもしれない……。




