浮遊魔法
磁石を作った翌日に、私は方位磁石――所謂、コンパスを作ってみた。この世界も元の世界と同じように、地球に磁場があるのかを確認したかったからだ。
そして、私の試みは上手く行き、コンパスの針は北と南を指した。つまり、この世界も元の世界と同じく、丸い地球である可能性が高そうだった。
ただ、これを見たイノの反応は尋常では無かった。雷に身を打たれた様に震えると、止まる事の無い質問の嵐。昨日の午前中は、殆どイノの問いに答えるだけで終わってしまった。
更にはそこで着想を得たいくつかの実験をしたいと、イノから提案があった。今日はその内の一つ、浮遊実験を行う事となった。
「イノ、わかっているね? 成功しても高くは飛ばない様に」
「はい、お父様! 今日は浮遊が可能かだけを確認します!」
イノはキラキラした目で私を見上げる。その嬉しそうな顔だけ見れば、確かに五歳児の顔だった。
いや、思い付いた事を色々と試してみたい。それを抑えられない所も、子供らしいと言えば子供らしいのか?
私はイノと共に玄関を出た。背後からはセメレとアスクが付いて来ている。そして、私達を見つけたリリィが、不思議そうに近寄って来た。
『どうしたの、みんな揃って? 私に何か用事かな?』
「いや、今日はちょっとした実験をしたくてね。魔法で空を飛べるか確かめるつもりなんだ」
『空を飛ぶ? 翼でも生やすの?』
リリィは不思議そうに首を傾げていた。私は笑みを浮かべながら、足元へと視線を落とす。
「いや、靴に磁石と言う金属を仕込んでみてね。これで浮く位は出来るんじゃないかと思ってさ」
『ふ~ん、そうなんだぁ~』
リリィの表情を見ればわかる。よくわからないので、理解するのを放棄した顔だった。
私は軽く笑いながら、隣のイノに視線を向ける。彼女はその場にしゃがみ、楽しそうに自分のサンダルに触れていた。
なお、この地ではサンダルが主な履物らしい。私はブーツを履いているが、これはかなり珍しい物らしい。どうも、この辺りの国で作らた物ではなさそうだった。
まあ、それはさて置き、私のブーツにも、イノのサンダルにも磁石は仕込んでいる。これで磁場を利用して浮けると良いのだけどね。
「よし、それじゃあやってみよう。初の実験だから慎重にね?」
「はい、お父様! それでは、やってみます! ――浮けっ!」
イノは魔法発動のワードを口にする。ワードは必須では無いが、発動のイメージを明確に出来るので、魔法が成功する可能性が高くなるのだ。
けれど、イノの体は浮きはしなかった。やはり無理なのかなと思いながら、私も同じく魔法を起動する。しかし、やはり体が浮く事は無かった。
「う~ん、やっぱり無理があったかな?」
足元の磁石が小さすぎたのかもしれない。或いはモノレールみたいに、反発される磁石や金属が必要なのかもしれない。
少なくとも地球の磁場を利用して、小さな磁石で浮くのは無理みたいだ。私がそう結論付けた所で、イノが想定外の行動に出た。
――ぽ~ん。ぽ~~~ん。ぽ~~~~~ん。
空高く跳ねたイノに、私はギョッとなる。徐々にその高度は増して、今では五メートルは跳んでいる。
「お父様、浮きました! 確かに魔法は成功しています!」
「イ、イノ、危ない! そんなに高く跳んだら駄目だよ!」
私は慌ててイノを止める。けれど、彼女は平然とした様子で、ふわりと地面に着地した。そして、満面の笑みを浮かべて、私にいきなり抱き着いて来た。
「凄いです、お父様! 本当に浮きました! あんなに高く飛べました!」
「う、うん、そうだね……。こんな結果になるものなんだね……」
思っていたのは少し違った結果だった。けれど、確かにこれも浮遊魔法と言えるだろう。何だかホッピングシューズに近い感じになったけど……。
ただ、ある意味ではこちらの方が安全かな? 空に浮きっぱなしだと、落下の危険もある訳だしね。
一応は成功かなと思い、私はイノの頭を撫でる。そして、彼女を引き剥がすと、私も軽く跳ねてみた。
「……確かに反発は感じるね。ただ、イノ程は高く飛べないかな?」
「お父様の方が、体が大きいからでしょうか?」
確かにそれはあるだろう。イノの体重はせいぜい十五キロ少々。私の四分の一の重さしかない。
磁石の大きさが同じならば、同じ高さを跳べるはずがない。考えてみたら当たり前の理屈だな。
けれど、それまで静かに見守っていたアスクが、私の考えに意見を挟んだ。
「いや、ケンジ。それだけでは無いと思うよ。魔法はイメージだと言っただろう? イノはケンジの言葉を信じている。魔法が必ず成功すると信じているのが大きいんだろうね」
「そういう、ものなの……?」
半信半疑の私と違い、イノは成功のイメージをハッキリと持っていた。その差が大きいとアスクは口にする。
信じる心が力を与える何て、何だか魔法少女みたいだな。そういえば、幸子も魔法少女のアニメを、いつもテレビに張り付いて見ていたなぁ……。
――っと、いけない。
何だか思考が脱線してしまったな。私は首を振って思考を引き戻す。すると、イノがキラキラした目で私にこう訴えて来た。
「お父様、もっと色々と出来そうです! 試しても良いでしょうかっ?!」
「もっと色々……? う~ん、余り高く飛ばれると危ないんだけどな……」
私はチラリとセメレに視線を向ける。母親である彼女なら、娘の身を案じて止めると思ったのだ。
しかし、私の予想は外れてしまう。彼女はニコニコと微笑みながら、私に向かってこう告げた。
「私もケンジ様を信じております。どれ程高く飛ぼうとも、ケンジ様ならば受け止めてくれるでしょう?」
「ま、まあ……。そりゃあ、助けますけど……」
いざとなれば、私が身を挺して受け止める訳か……。
魔法の力があれば、身体能力を向上させられるのかな? それとも、イノの身を軽くするイメージの方が良いか?
私がどうすべきか考えていると、アスクが楽しそうに話しかけて来た。
「流石だね、ケンジ。良い父親をやれてるじゃないか?」
「良い父親? ははは、そう見えるかい?」
そう言われると私も弱い。ずっと成りたかった良い父親に、今の私は成れるチャンスを得た訳だ。
ならば、父親としての意地を見せるしかないね。私はイノに頷いて、満面の笑みでこう答えた。
「わかった、イノ。何かあれば、私がフォローする。好きな様にやってみなさい」
「――っ……?! お父様、ありがとう御座います! 私はお父様が大好きですっ!」
イノは私に飛びついて来る。そして、強く抱きしめると、そのまま飛び出して魔法の実験を始める。
私はそんなイノを愛おしく思う。そして、静かに見守っていると、セメレが側にやって来て、私の耳元でこう囁いた。
「私もケンジ様が大好きです……。いえ、私が一番愛しています……」
イノの言葉に対抗意識を燃やしているのだろうか? 唐突な囁きに私は驚かされる。
私はふっと笑うと、セメレの肩を抱き寄せる。すると、彼女は満足そうな表情で、私の肩に頭を預けた。




