磁石と磁場
セメレの結婚から一ヶ月が経った。私達は穏やか日常を送りながら、皆でイノを育て続けている。
私も皆もそんな日常に馴染み初めていたが、私には少しばかり気掛かりがある。それはイノが科学へとても興味を持っている事である。
今日も今日とて魔法の練習より先に、私の実験を見学したがった。娘にせがまれると弱い私は、娘の願いを聞いて実験を開始した。
「今日の実験は磁石を作ろうと思ってね。電気が扱えるなら、磁石も作れると思うんだ」
「磁石ですか?」
イノは不思議そうに首を傾げる。セメレやアスクも少し離れて見学している。二人も興味深そうな様子なので、まだこの世界に磁石は存在しないのかもしれない。
「強い電気を浴びた鉄は、磁力を帯びるんだ。そして、上手く行けば磁石同士、引っ付いたり、反発したりするはずなんだよね」
私は昨日までに作って置いた、小さな金属の棒を二つ取り出す。昨日までに地道に砂鉄を集め、金属塊として生成した。そして、磁石に使える棒へと、整形もしたのである。
正直、魔力消費が激しくて、ここ数日はこれだけに私の魔力を使い続けた。鉄の整形は簡単なのだが、広範囲から鉄を集めるのに苦労したね……。
まあ、それはさて置き、私は金属棒の一つを手に握る。そして、全魔力を電気に変化して金属棒へと流した。
「ふぅ……。これで磁石になってくれると良いんだけど……」
私は金属の棒を握り、もう一つの金属棒へと近付ける。すると、机の上に置いた金属棒が、手の中の金属棒へと引き寄せられた。
「お、お父様、凄いです! 鉄が引っ付きました! これも科学なのですか?!」
「うん、そうだね。これは魔法では無く科学だ。磁力の力で引っ付いたんだよ」
私は金属棒を摘まんで、宙に浮かせる。引っ付いた金属棒は、落ちる事無く引っ付いたままだった。
実験が上手く行った事にホッとして、私はイノへと説明を始める。
「私の世界ではS極とN極と呼ばれていたのだけどね。磁石には磁力の流れがあるんだ。そして、反するS極とN極同士は引っ付いて、S極同士やN極同士は反発する。磁石にはそういう特性があるんだよね」
「それでは、お父様。もう一つを磁石にすれば、反発も見れるのでしょうか?」
イノはキラキラした目で私を見つめる。その黄金の瞳は期待に満ち溢れていた。
けれど、私は苦笑して首を振る。今の私は魔力が枯渇し、続けての実験はしんどかったのだ。
「続きは明日にしよう。もう、私は魔力を使い果たしたしね」
まあ、ポーションを飲めば回復は出来る。けれど、磁石作りはしんどいので、連続で続けるのが精神的にしんどい。
時間もあるのだし明日でも……。そう考える私に対して、イノは手を挙げてこう提案した。
「わ、私にもやらせて下さい! 磁石、作れると思うのです!」
「イノが磁石を? う~ん、それじゃあ、やってみるかい?」
今日は魔力制御の練習をしていないし、イノは十分な魔力があるだろう。私より魔力の多いイノならば、枯渇せずに磁石が作れるかもしれない。
ただ、それは魔法の制御に成功したらの話だ。魔法はイメージなので、原理がわからないままでは、魔法が上手く発動しない可能性が高い。
まあ、失敗してもそれはそれで構わないか。何事も経験だと思って、私はもう一つの金属棒をイノに手渡した。
「それでは、やってみます!」
イノは宣言した後に、深く息を吐く。そして、真剣な眼差しで見つめ、手の中に意識を集中する。
――パチッ……バチバチ……!
「えっ……?」
イノの手から溢れる輝き。それは静電気のレベルを遥かに超えていた。私の扱う電気とは、明らかにその規模が違っていたのだ。
私はポカンと口を開く。すると、イノは手を開き、金属棒を私へと翳して見せた。
「出来ました、お父様! 磁石になりました!」
「……磁石になった?」
イノの発言には確信が込められていた。実験するまでも無く、その結果はわかっていると言わんばかりに。
私はその発言を疑問に思う。けれど、イノは二つの磁石を手に取り、引っ付けたり、反発させたりと、その性質を確かめていた。
「凄いです、お父様! 磁石とは、こういう動きをするのですね!」
「うん、そうなんだけど……。イノ、どうして磁石が出来たと思ったんだい?」
私の問いに、イノは不思議そうに私を見つめる。そして、首を傾げながらこう答えた。
「お父様の説明で、そこに磁力が在ると知りました。在るとわかっていれば、見るのは簡単ですよね?」
「――っ……?!」
イノの説明に私は息を飲む。イノの言葉はその通りだ。無から有を生み出す訳では無い。ならば磁力を見る事は、魔法で簡単に出来る。
私は微かに回復したなけなしの魔力で、磁力を見ようと意識を集中する。すると、確かに視認出来た。それは水中で水流を見ている感覚だった。
「そうか……。だから、見ただけで……」
「はい、わかりました! お父様の説明に間違いはありません! ならば、私の理解出来ない部分は、魔法で補って理解しております!」
これはイノが子供だからだろうか? その発想がとても柔軟なのだ。磁力を視認しよう等と、私では思い付きもしなかった。
けれど、確かに磁力が見えれば実験の幅が広がる。より効率的に実験を進める事が出来るだろう。
イノはまだ五歳児だ。けれど、魔力も発想力も私より上。私が勝っているのは、元の世界から持ち込んだ知識だけである。ならば、彼女を子供と思って侮るのではなく……。
「……イノ、科学魔法の研究だけど。私と一緒にやってみるかい?」
「よ、宜しいのですか、お父様!」
元々、この研究はイノの為に行っている。イノが大人になったと時の為、少しずつ伝えて行こうと考えていたものだ。
けれど、今のイノを見ればわかる。一緒に研究すれば、改めて伝える手間が省あける。研究だって私一人よりも捗るはずだ。
大人としてとか、親としてとかのプライドなんて必要ない。ただ、これがイノの為になるなら、私はより良い手段を選ぶだけだ。
「ああ、一緒に研究しよう。きっと、その方が面白いだろうしね」
「はい、絶対に面白いです! ありがとう御座います、お父様!」
子供らしく跳ねて喜ぶイノ。そんな彼女の様子を、母親のセメレは困った様な表情で見つめていた。
けれど、そこには確かな温もりが感じられた。喜ぶ娘の姿を、彼女は嬉しく思っているのだろう。
「なるほどね。それがケンジの選択なんだね?」
「うん、アスク。そう、これが私の選択なんだ」
テーブルの上でアスクは、満足そうに頷いていた。私のこの選択を、彼は尊重してくれるらしい。
私は友の応援を嬉しく思う。そして、愛する妻に見守られながら、愛おし娘への指導を再開するのだった。




