ライオスの反応
イノへの報告時には驚かされた。セメレの覚悟が、娘のイノから語られた為である。
娘の為に苦しい旅を続け、娘の成人と共に自害する。そんな悲しい人生を、私は決して認める訳に行かなかった。
セメレもイノも幸せにしよう。それが夫となり、父なる私の新たな責務なのだから……。
内心でそう決意を固め、私はイノとアスクを伴い一階へ降りる。リビングではセメレが待っており、娘の顔を見て目を丸くしていた。
「まあ、イノ。何だか、スッキリした顔ね?」
「はい、お母様。お父様が全て受け止めてくれました」
イノの言葉にセメレは頷く。全てを察した表情で、私に潤んだ瞳を向けて来た。
「ケンジ様、ありがとう御座います。娘の話を聞いて頂き」
「これから父親になるんです。当然の事をしたまでですよ」
セメレはそっと目を閉じ、熱い息を吐く。何だかとても艶めかしい表情だ。娘の前で見せて良い顔ではない気もする……。
ただ、それも一瞬の事で、すぐに元の表情に戻って私にこう告げた。
「つい先程、リリィ様が呼んでおりました。恐らくはライオスが戻ったのかと」
「うん、わかった。それでは迎えに行って来るよ。ついでに結婚の話もしないとね」
ライオス君もそうだけど、リリィにも話しておかないとね。自分だけ知らないとなれば、きっとリリィはご立腹になりだろうから。
私は皆をリビングに残すと、一人で屋敷の外へと出る。そして、私を待っていたリリィは、パッと笑顔を見せた後、不思議そうに首を傾げた。
『あれ、ケンジ? 何だか顔つきが変わった?』
「そう見えるかい? うん、その話はライオス君を迎えに行ってからにしよう」
私は柵の向こうで待つライオス君に視線を向ける。向こうも私の視線に気付き、笑顔でこちらに手を振っていた。
私はリリィを連れて柵へと向かう。そして、扉を開いてあげると、ライオス君は手の鳥を掲げて見せた。
「今日もバッチリです。ここの森は野生生物が沢山居て良いですね」
「流石だね、ライオス君。君が居てくれて、本当に助かっているよ」
私の言葉にライオス君は嬉しそうに笑みを浮かべる。私はその笑みに癒されつつ、扉を元の柵へと戻す。
ただ、私は少し離れた所にアステリオスの姿を見つけた。手招きすると、彼は頷いてこちらにやって来た。
「皆が揃っているし、この場で報告させて貰うね。私はセメレと正式に夫婦となった。そして、イノは私の娘と言う事になる。そのつもりで、これから宜しくね?」
『えっ、すごっ……! 婚約から結婚まで、すっごく早いんだけど!』
「おめでとうございます、ご主人様! こんなに早く決断頂けるとは!」
「ご主人様、家族増えた……。俺、とても嬉しい……」
言葉は三者三様ではあるが、反応はいずれも好意的な物だった。私とセメレの結婚を、皆が同じく喜んでくれていた。
私はその反応に嬉しくなる。ただ、それと同時に気になっていた事をライオス君に尋ねる。
「それで、ライオス君はどうしたいんだい? 君だけなら、国に戻る事も出来ると思うんだけど」
私の問いに、ライオス君は目を丸くする。そんな事を聞かれるとは思ってもいなかったみたいだ。彼はすぐに表情を崩し、明るく笑って見せた。
「いえ、国には戻りませんよ。ここの暮らしは快適ですしね。それに私の人生は、姫様にお仕えする為にありますので」
「でも、セメレはもう姫様では無くなるよ? イノをテーバイに送り出す気も無いから、二人は社会的に死んだ者として扱われる事になるけど……」
そう、これはアスクが始めに言っていた制約だ。この地の秘密を守り、セメレやイノの命を守る為に、二人は今後この屋敷で一生を終える事になる。
けれど、ヘラの呪いと直接関係の無い、ライオス君とアガウエは別だ。秘密を守るのが条件となるが、二人は国に帰る事が出来る。ただし、戻れば二度とこの屋敷に戻れなくなるが……。
普通に考えれば、二人は国に戻るべきだろう。アガウエは養母だからと断って来たが、少なくともライオス君には、まだまだ長い人生が待っているのだから。
そう私は考えていたのだけれど、彼は手を振りながら明るく笑った。
「いやあ、それなら私も姫様と同じく、死んだ者として扱われましょう。そもそも、私と母さんは死ぬ可能性が高いとわかって、国王に同行を命じられていますからね」
「えっ……?」
ライオス君は明るく告げたが、その内容はとても重い物だった。セメレの父親は死ぬ可能性が高いと承知で、アガウエとライオス君を同行させたのか?
「テーバイ王が執着しているのはイノ様だけです。それが手元に戻る可能性を捨てきれず、最悪死んでも問題無い人間を選んでいるのですよ。勿論、姫様の従者に相応しいという、最低限の条件はありましたけどね?」
イノはゼウスの血を引いている。魔法が使える可能性が高く、高い価値を見出すのはわかる。
……けれど、この気持ち悪さは何だろう? 私には理解出来ない異質さがそこに感じられた。
「それに出立時に、テーバイ王から何て言われたと思います? 『娘のセメレは死んでも構わない。けれど、イノだけは何としてでも国に連れ帰れ』ですよ? 言いたい事はわかりますが、親としてその発言はどうなんでしょうね?」
ライオス君の顔は笑顔のままだ。けれど、その言葉には棘があった。彼なりに怒りを感じていたのだろう。
それも当然の事だろう。何せライオス君は、セメレと姉弟同然に育ったのだ。そんな家族を蔑ろにされ、彼だって気持ち良いはずが無い。
「だから、私は出立時に決めたんですよ。私の主君はテーバイ王では無い。姫様を主君と仰ごうと。だから、私の死に場所は姫様の御側です。テーバイの為に命を捧げるつもりはありません」
「なるほどね。ライオス君の考えは良くわかったよ」
ライオス君が私の考える通りの青年で良かった。彼であれば一緒に生活する事に、何の憂いを感じる事も無いだろう。
しかし、私がそう満足していたら、彼は片膝を地面について首を垂れた。
「そして、我が主君を救って頂き、誠にありがとう御座いました。今日この日より、ご主人様こそが我が主君。この命は、ご主人様の為に使うと誓いましょう」
「えっ、ライオス君……? 急に何を……?」
急にライオス君が、騎士の誓いみたいな事を言い出した。私は何が起きたかわからず混乱する。
しかし、彼は膝を付いたまま、頭だけを上げる。いつもの通りの明るい笑みで、私にこう告げた。
「我が主君の夫となるので。それはつまり、我が主君になると言うこと。これは当然の流れですよ?」
「えっと……。そう、なのかな……?」
ライオス君の言葉に、私は首を捻る。言っている事はおかしくない。なら、私がわかっていないだけで、本当にこれは当然の流れなのかな?
とはいえ、主君になったからと、何かが変わるとも思えない。彼にはこれまで通り、助けて貰うだけなのだろう。
「とりあえず……。これまで通り、宜しくね」
「――はい、わかりました! ご主人様!」
私の言葉に力いっぱい返すライオス君。彼は立ち上がると、いつも通りの笑みを浮かべた。
そんなやり取りを見て、何故かリリィが拍手を始める。それを見たアステリオスまで、不器用な仕草で拍手を始めた。
何が変わったかはわからないけど、皆が喜んでくれるなら構わないか。そう思いながら、私は皆へと笑みを返した。




