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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
5/12

置かれた状況

 白蛇アスクに案内されて、屋敷のダイニングへと移動する。簡単に用意した朝食を盆に乗せ、私はダイニングでの遅めの朝食を食べ始めた。


 アスクはテーブルの上でとぐろを巻いていた。私は手を合わせて、彼に向ってこう告げた。


「それでは、頂きます」


「ああ、遠慮なく食べておくれ。それはケンジの労働の対価さ」


 労働と言っても、キッチンへ野菜を運んだ程度。後は洗ったり、湯がいたりと、簡単な事しかしていないけどね。


 私はくすりと笑って、ジャガイモにフォークを突き刺す。そして、口に運んで驚きを覚える。


「これは美味しいね。茹でて塩を振っただけなのに」


「そうだろう? 僕なんて全て丸のみなのにさ。人間はわざわざ手間を掛けて美味しくするんだ」


 アスクは調理をしたから美味しいと言いたいのだろう。けれど、これは素材の味が違う気がする。私が食べて来た、どんなジャガイモよりも美味しいのだ。


 試しにカットしたトマトも口にする。こちらは素材そのままだけど、やはりこれまで食べたどのトマトよりも美味しかった。


「うん、美味しい。私の世界の野菜よりも美味しい気がする。品種が違うのかな?」


「品種は良くわからないけど、美味しいのはリリィのお陰かもね。彼女が土壌を管理し、植物に最適な環境を用意しているんだ。僕の元ご主人様も、リリィの作る野菜は美味しいって褒めていたしさ」


 そういえば、リリィはアルラウネと言う種族らしい。半分植物みたいな人で、どういう種族なのかは良くわかっていない。


 土の中から生えて来たし、妖精みたいな存在だろうか? 或いは、人間を捕食すると言っていたし、吸血鬼の様なモンスターなのだろうか?


 いずれにしても、リリィに関してはモンスターとは思えない。何故ならば、これ程素晴らしい野菜を育てる事が出来るのだから。


 私はシャキシャキで瑞々しい野菜達に舌鼓を打つ。すると、待ちきれないとばかりに、アスクが私へと話しかけて来た。


「さて、ケンジ。食べながらで良いから聞いてくれるかい? 今の君と、僕達の置かれている状況を説明したいと思うんだ」


「私とアスク達の置かれている状況? うん、お願い出来るかな」


 それは当然ながら、私もずっと聞きたかった事だ。何せ今の私は、急に異世界へと迷い込んだ身。何一つ自分の状況がわかっていないのだ。


 そして、アスクの気遣いにより、空腹を満たして貰い、少しばかりこの世界を見聞き出来た。少なくとも今の私は、ここが異世界である事を疑ってはいなかった。


「まず、見たところケンジは老人だろう? 強そうにも見えないし、狼に出会っても食い殺されそうだ。僕の見立ては間違っているかな?」


「いいや、間違っていないよ。私は弱い老人だからね。大抵の野生動物には勝てないだろうね」


 私は争そい事とは無縁の世界で生きて来たのだ。体を鍛えてもいないし、戦い方なんてまるで知らない。狼どころか野犬にすら食い殺されるだろう。


 老人である私は、戦い続ける体力も無い。ちょっとした怪我をするだけでも、簡単に死んでしまうだろうね。


「うん、だからね。当面は屋敷から離れない方が良い。屋敷の中は安全だけど、外は野生の獣やモンスターがそれなりに徘徊しているからね」


「そうなんだね。それは随分と物騒だ……」


 先程の口ぶりから狼が居る事は薄々気付いていた。しかし、モンスターという存在もいるらしい。


 出会えば簡単に殺されそうだ。アスクの忠告通り、可能な限りは屋敷の中に居た方が良さそうである。


「なあに、そんなに心配しなくても良いよ。敷地内はリリィが目を光らせている。そして、敷地の外にも見張りが居てね。こっちは話が付いたら後で紹介してあげるよ」


「へえ、別の人も居るんだね。なら、挨拶もしておかないと」


「うん、居るよ。人じゃないけどね。まあ、そっちは後のお楽しみって事で」


 どうやら見張りは人ではないらしい。今の所は白蛇のアスクに、アルラウネのリリィとしか出会っていない。


 それと、家妖精のブラウニーも居るんだったかな? いずれにしても、この屋敷には人間は他にいないのだろう。


「それでまあ、僕からの提案さ。ケンジにこの世界の事と、少しばかりの護身術を教えてあげよう。その代わりに、この屋敷の主人になって貰えないかな?」


「ありがたい提案だけど……。この屋敷の主人と言うのは、どういう意味なのかな?」


 この世界の事を知り、身を守る術を手にする。少なくともそれが無い内は、この屋敷を離れるのは危険だ。私としてはアスクの提案はとても魅力的だと感じている。


 しかし、屋敷の主人になるメリット、デメリットがわかっていない。このまま受けるのには、私はかなりの不安を感じていた。


「うん、それは当然の疑問だね。勿論、その辺りも説明させて貰うよ。まず、この屋敷は賢者ケイローンが建てたんだ。自らの研究の為に作った、秘密の隠れ家みたいな場所なのさ」


「秘密の隠れ家?」


「そうそう、彼は有名人だったからね。研究に没頭するには、人に見つからない場所が必要だったんだ」


 私は庭に出た際の光景を思い出す。庭の周りは森で木々に覆われていた。そして、先の外には道らしき物が無かった。つまり、人の往来を想定していないと言う事だ。


 それは、ここが秘密の隠れ家だからなのだろう。私は少しばかり、この屋敷の置かれている状況が理解出来て来た。


「それで僕やリリィ達だけど、使い魔は主の命令に絶対服従でね。この館をずっと守り続けないといけないんだ。無人の屋敷を死ぬまでずっとだよ? 中々に気が滅入る話だよね?」


「それは、その通りだね」


 それはリリィから野菜を譲って貰った時にも感じていた。私に嬉しそうに野菜を渡して、あの時彼女は私にこう告げた。



『別に食べきれなくても構わないわよ。残った野菜は土に還るだけ。何年もそうして、誰にも食べられなかった野菜達だしね』



 その言葉を聞いて、私も何となくそうではないかと思っていたのだ。


「そんな訳で、ケンジに屋敷の主人になって欲しい。僕達の主になって欲しいんだ。勿論、死ぬまでずっと何て言わなさ。ケンジが居たいと思う間だけでも構わないんだ」


 私に頼むアスクの言葉は、これまでと違って陽気な物では無かった。どこか必死さを感じさせる物であった。


 その言葉に私は胸がキュッとなる。残された者の孤独と悲しみを、私は十分に知っているのだから。


「……うん、私で構わなければ。ただ、私もジジイだからね。後何年生きられるかわからないよ?」


「それでも全然構わないさ! よし、まずはリリィに知らせてあげよう! 彼女は賑やかなのが大好きだからね! きっと凄く喜んでくれるはずさ!」


 アスクは出会って一番のハイテンションとなり、嬉しそうに声を上げる。そして、テーブルをスルスルと降りて行き、壁の穴へとその身を消してしまった。


 そんな彼の喜びに、私の気持ちも温かくなる。私が居る事を喜んでくれる。そんな存在が居る事で、私の心は少しだけ空っぽでは無くなった気がしたのだ。


「安請け合いだったかな? それでも、喜んで貰えたなら構わないか……」


 私は空虚な余生を過ごすはずだった。その最後が異世界での、奇妙な仲間達との生活になった。


 けれど、それはそれで悪くないのではと思い、私は思わず笑みが零れるのだった。

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