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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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愛しい人(セメレ視点)

 その日の朝、私はケンジ様のベッドで目を覚ましました。隣を見ればケンジ様の寝顔。彼の寝息を聞きながら、あれが昨夜の夢では無かったと改めて実感します。


 そっと彼の手を撫でますが、彼は未だ目覚める気配がありません。私は穏やかな寝顔を眺めながら、その手の感触を確かめ続けます。


 ケンジ様はとても穏やか御方ですが、それでもやはり男性なのです。私よりも大きくて、ゴツゴツと硬い手をしていました。


「優しいだけでも、無いみたいですし……」


 私は昨夜を思い出し、思わず顔が熱くなります。普段は紳士的で落ち着いているのに、一度火が付くととても情熱的なのが理解出来ました。


 それと同時に、やはりとてもお優しかった。私が苦しく無いか、痛く無いかを常に気にされていた。一人目の男――神と違って、それは自分本位なものでは無かった……。



 ――ズキリ……。



 過去を思い出して、私の胸が痛みます。ゼウス様に誘拐されて、自由が無かったあの頃。私はただされるがままで、泣き叫ぶしかなかった。


 私が妊娠したと知ると、それで満足して国に返されました。けれど、それっきりです。妊娠させた相手がどうなろうと、あの御方にはどうでも良い事だった……。


「ああ、ケンジ様……。どうして、貴方は……」


 出会って間もない私に、どうしてそこまで優しくされるのでしょう? 娘のイノに対しても、まるで実の娘のように……。



 ――いえ、その理由はわかっています……。



 ケンジ様が自身の口で語られました。亡くなられた奥様と娘を、私とイノに重ねて見ている。だからこそ、ケンジ様は私達を見捨てる事が出来なかったのです。


 私達はある意味で、ケンジ様の弱みに付け込んでいると言える。その心の傷を利用して、その温情に甘えている状況なのです。正直、その事は心苦しく思っています。


 けれど、私はもうこの御方から離れられない。離れて生きるなんて考えられません。そうなる位なら、今すぐ自害した方がマシと思える程に、彼を愛してしまったのです。


「なんと、チョロい女なのでしょう……」


 私は自分の現金さに苦笑を浮かべます。きっとアガウエ辺りは、心の中で同じように感じているのでしょうね。


 何せ私は十七歳で、国を去らねばなりませんでした。その頃の私は男性不信となったのです。それが多少なりとも緩和されたのは、アガウエとライオスの献身があっての事です。


 家族同然に育った二人が、私を支えてくれている。そう思えたからこそ、道中は毅然とした態度が取れました。男性への恐怖を隠し続ける事が出来たのです。


 そのはずなのに、今の私はケンジ様へ一切の恐怖を感じません。彼の寝顔を見ていると、安らぎすら感じているのです。男性に心惹かれる日が来る等、あの日の私には信じられない事でしょう。


「ケンジ様……。愛しております……」


 私はそっと顔を寄せ、ケンジ様の頬にキスをします。彼のまぶたが微かに動いたけれど、それでも彼は眠ったままです。


 こんなに愛情深い人を私は知りません。吟遊詩人だってそんな愛は唄ってはいません。私は実の両親にすら、ここまで愛された記憶が無いのです。


 ケンジ様に愛して欲しい。それと同時に、私も彼を愛したい。彼の為なら何でもするし、この命だって差し出して構わない。


 出会ってすぐに恋に落ち、それからすぐに結ばれた。私の初恋はたったの数日で成就したのです。一生分の幸運を使い切ったのではと思える程です……。


 私はもう一度キスをしようと顔を寄せる。けれど、彼の目覚めによって、それは中断させられました。


「ん……。あれ、セメレ……? えっと……」


 ケンジ様は寝ぼけていたのでしょう。私の顔に驚いて、それから困惑気味に視線が下がります。そして、私達が裸であると気付き、その顔色が瞬時に真っ青になりました。


「――っ、すまない! 昨夜は勢いで一線を越えてしまい! 決して君との関係を、軽く考えていた訳ではないんだ! ただ、昨夜の君が余りにも魅力的過ぎて……!」


「ケ、ケンジ様……」


 私は余りの慌てように驚きました。けれど、魅力的と言われては、胸がときめかない訳がありません。私は顔がにやけてしまい、思わず両手で顔を隠しまてしまいました。


 そんな私の反応に、何か勘違いをされたのでしょう。ケンジ様はベッドの上で身を正し、勢いよく頭を下げられました。


「セメレ、責任を取らせて下さい! 絶対できると約束は出来ませんが……。貴女が幸せになれるように、私は全力を尽くします! どうか私と結婚して下さい!」


「――ふ、ふえぇ~……?」


 え、えぇ……? どうして私はプロポーズされているのでしょう? 状況が全然理解出来ません……。


 ただ、頭は混乱しているのに、心が勝手に喜んでしまっています。私は顔をゆるゆるに緩めながら、そっと彼の両頬を手で挟みます。


「ケ、ケンジ様……。ギュッとさせて貰っても?」


「えっ……? あ、はい……。どうぞ、ご自由に?」


 顔を上げたケンジ様は、困惑の表情でした。けれど、私は返事を聞くと同時に、彼の頭を抱き寄せます。自分が裸なのも忘れて、彼の顔を胸の中で抱き締めました。


「ああ、好き! 大好きです、ケンジ様! 愛しております!」


「え、えぇ……?! 落ち着いて、セメレ! どういう事ですか!」


 どうしてこの御方は、私を幸せにしようとするのでしょうか? こんな状況信じられます? 私の情緒が迷子になるのも仕方が無いでしょう?


 私は感情を抑えきれず、ケンジ様へと何度も口付けを行います。すると、彼は目を白黒させながら、私の肩を掴んで身を引き剝がします。


「ま、待って下さい! それで答えは? 結婚して頂けると思って良いのでしょうか?」


「そんなの聞く必要が無いでしょう! 私の態度を見ても、わからないのですかっ……?!」


 私は勢い良くケンジ様に覆い被さります。そして、ありったけの感情を、この愛おしい人へと注ぎ続けました。


 ……その為、その日の朝食は、とても遅くなってしまいました。

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