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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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高名な魔女達

 今日も昨日同様、午後からは庭でのお茶会が開催される。まあ、雨でも降らない限りは、このお茶会は毎日の恒例となるのだろうね。


 そして、ハーブティーを口にしながら談笑は続く。そんな中で、今日はイノからこんな質問が飛び出した。


「私はこれから魔女となります。他にはどのような魔女がおられるのでしょうか?」


『う~ん、他の魔女か~。一番に思い付くのは、アイアイエー島のキルケーだよね~。名前が知られてるのもあるけど、一番上手くやってるって感じだからね~』


 キエルケーの名前は聞き覚えがある。確かセメレの持つ『姿隠しの衣』がキルキー由来の物だとか。


 ただ、詳しい話は私も知らない。私もイノと並んでリリィの話に耳を傾ける。


『彼女は太陽神ヘーリオスと、海の女神ペルセーイスの娘なの。つまりは、純血の女神って事になるのよね。だけど、魔女として島で自由気ままに暮らしているらしいわ』


 リリィの言葉に私は驚く。魔法を使うには神の血が混じっている必要がある。けれど、純粋な神なら魔法を使う必要がない。何せ魔法とは、神の奇跡の劣化版なのだから。


 けれど、私達の驚きを予想出来ていたのだろう。リリィは続けてこう説明した。


『ちなみに、力有る神様はその殆どがオリュンポスの山に住んでいるの。そうでない神様は、ニンフっていう下級神と変わらないのよね~。アンブロシアとかネクターが関係してるのだったかな?』


 ネクターとは不老不死の霊薬の事だ。その劣化版が不老長寿の霊薬(エリクサー)である。前者は神のみが口に出来る物で、後者はそれを模して人が作った物である。


 アンブロシアもそれに近しい物なのだろう。恐らくは、神の力の源になっているのだろうね。


『まあ、その魔女キルケーなんだけどね。気に入らない人間は動物に変えて、自分の意のままに操るそうよ。ただ、気に入った人間は稀に、魔法を使って助けてくれる事もあるみたいね。そういう所も、最も魔女らしい魔女って感じだよね~』


 リリィは明るく告げるが、聞いている側はまるで笑えない。キルケ―はイメージにある、悪い魔女そのものではないだろうか?


 皆が何とも言えない渋い顔をしていると、リリィは思い出しながら他の魔女の名も上げる。


『他だと、エリクトー、ラミアー、パシパエーとか? エリクトーは死霊術を使う魔女でしょ~。ラミアーはヘラ様の怒りで、モンスターに変えられた魔女だよね~。パシパエーはミノタ……。――ゴホン! うん、他にもいるけど、有名なのはこんな所かな!』


 最後の魔女は何だったんだろう? リリィは慌てた様子で何かを誤魔化したけど……。


 そして、セメレとアガウエさんが、凄い目でリリィを見ている。何がそれ程気になるのか、聞きたくて仕方が無い空気を滲ませていた。


 ただ、リリィはそれを誤魔化したくて仕方が無いみたいだ。慌てた様子でイノへと問い掛けた。


『他にも何か、聞きたい事はあるかな? 私の知っている事ならお話しするよ!』


 話を振られたイノは、母とリリィの顔色を窺う。そして、今回はリリィに肩入れする事にしたらしい。


「それでは、魔女ラミアーについて教えて下さい。どうしてその魔女は、モンスターに変えられたのでしょうか?」


『あ~、それか~。やっぱり興味持っちゃうか~』


 リリィは少しばかり悩む表情を見せる。そして、テーブルの上のアスクへと視線を落とした。


 けれど、アスクは彼女へ何の反応も示さなかった。それを見たリリィは、ホッとした表情で話を続けた。


『ラミアーはリビアって国の王女様だったの。彼女は美しい女性だったみたいで、ゼウス様に攫われて、子を孕まされちゃったのよ』


「「「――っ……?!」」」


 皆が息を飲み、視線がセメレに集まる。けれど、当のセメレは知っていたのか、困った表情を浮かべるだけだった。


『ゼウス様の子を生んで、それがヘラ様にバレちゃってね。彼女は子供を見たら殺す呪いを掛けられて、自分の手で我が子を殺しちゃったの。それでもヘラ様の怒りは収まらず、一切眠る事も出来ず、夜な夜な子供を殺すモンスターに姿まで変えられたそうよ?』


「「「…………」」」


 余りにも余りな話である。ゼウスに気に入られた事で、彼女は全てを狂わされてしまったのだ。


 セメレは驚く程簡単に、自分の運命を受け入れていた。それを不思議に思っていたが、理由はこの話を知っていたからなのだろう。


 自らの手で我が子を殺すのではない。出来る限り愛情を注いで育て、最後に旅の果てに朽ち果てる。その運命が、まだマシだと思えてしまったからだ。


 話を聞いたイノは、俯きながら肩を震わせる。そして、ポタポタと零れる涙に、リリィが慌てて謝り出す。


『ご、ごめんね、イノちゃん! やっぱり怖かったよね? こんな話はしない方が良かったね!』


 静かに涙を流すイノを、セメレはそっと抱き寄せた。そして、イノはそんな母親をきつく抱きしめる。


 私はその姿を見て、イノが恐怖で泣いたのでは無いと思った。母の運命を悲しんで、彼女は堪らず涙したのだ。


 イノは五歳児とは思えない程に賢い。きっと、母の運命が過酷である事を知っている。そして、もしかしたら今より悲壮な現実も有り得たと知った。


 それはイノにとって耐えがたい現実だろう。出会って間もないとは言え、この母娘の愛情が本物である事は私も気付いてる。けれど、二人にはその運命を黙って受け入れるしか無いのだ。


「…………」


 私はテーブルの上に視線を落とす。けれど、アスクは静かに目を瞑っていた。この状況で口を開く気は無いみたいだ。


 きっとアスクは、こうなる事をわかっていた。それでも、リリィの説明を止めようとしなかった。それはすなわち、イノはこの話を知るべきと判断したからだ。


 そして、きっとこの優しい白蛇は、その事に少なからず心を痛めている。こんな小さな子に、厳しい現実を教えなければならない事に……。


 これが私のやって来た世界。元の世界よりと言うつもりは無いが、それでもやはり過酷な世界と言う事なのだろう。

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