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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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お昼の実験

 今日はお昼前にライオス君が屋敷に戻った。その手には当然の様に鳥が握られている。やはり、彼の狩猟の腕は本物と言う事なのだろう。


 そして、今日の手土産はそれだけでは無かった。何とライオス君は、卵も手に入れたのである。


 そこで私はふと思い付いた。確かアガウエがお酢を使っていた。ならば、アレが作れるのではないかと。


 私はライオス君と共にキッチンへと向かう。そして、昼食の準備中だったアガウエに尋ねる。


「今日もサラダの用意はありますよね?」


「ええ、御座います。今日も新鮮なお野菜を頂きましたので」


 アガウエが向ける視線の先には、レタスやトマト等が置かれていた。それを確かめた私は、アガウエからお酢を借りて準備に取り掛かる。


「ご主人様、何を御作りになられるのでしょうか?」


「以前に娘と作ったマヨネーズを作ろうと思ってね」


 私の説明にアガウエとライオス君は顔を見合わせる。そして、二人揃って首を傾げた。


 やはり、二人はマヨネーズを知らないみたいだ。基本は古代ギリシャに近い文明だから、まだマヨネーズは存在していないのだろう。


 私は木のボールに卵黄を入れ、塩とお酢を適量入れる。それを木べらで混ぜながら、少しずつオリーブオイルを足して行く。


「亡くなった娘が好きだったんだよ。マヨネーズがあれば、生野菜も美味しそうに食べていてね。もしかしたら、イノも気に入るんじゃないかと思ったんだ」


「「…………」」


 亡くなった娘の事を口にしたからだろう。二人は反応に困って、言葉に詰まった様子だった。


 そういえば、昨夜はセメレと話したからだろうか? 私は何の躊躇いも無く、二人の前で娘の話が出来た。


 以前の私であれば、それはつらい過去だった。誰からも触れて欲しく無くて、私は周囲と距離を取っていたのだ。


 それなのに、こんなにアッサリと口に出来ている。私の心境に変化があった証だろう。もう娘との思い出は、私にとって悲しい過去ではないからね。


「ははは、そんな顔をしなくても良いよ。もう三十年近く前の事なんだ。私はただ、娘との楽しい思い出を、イノにも体験して欲しいだけなんだよ?」


「ご主人様……」


 私の言葉にアガウエは驚き、その瞳には涙が浮かんでいた。彼女は目元をそっと拭うと、満面の笑みでこう告げた。


「イノ様もきっとお喜びになります。ご主人様のそのお気持ちだけで、間違い無く喜ばれるでしょう」


「ははは、そうだと嬉しいね。イノの笑顔の為なら、私はいくらでも頑張れそうだよ」


 娘の愛子に注げなかった愛情を、代わりにイノに注いでも良いんだ。初めはそれが愛子の代わりでも、やがてその思い出がイノへの愛情へと変わるはず。


 昨晩のセメレの言葉が、私にそう思わせてくれている。その事が何だとても嬉しくて、私は張り切ってマヨネーズを作り上げた。


「さて、少し味見をしてみようか?」


 私が視線を向けると、アガウエはハンカチで目元を拭っている所だった。どうやら今のやり取りは、アガウエの琴線に触れる物だったらしい。私はライオス君と顔を見合わせ、互いに笑みを浮かべる。


 私は気を取り直すと、籠の中の野菜を確認する。レタスやトマトでも良いのだけれど、折角だから今回はこれにしよう。


 私はニンジンを取り出すと、それをスティック状にカットする。その内の一本を手に取ると、マヨネーズに付けて一口齧る。


「えっ、生で……?」


 ライオス君は驚いたように声を漏らす。どうやら、こういう食べ方は一般的ではないみたいだ。


 けれど、リリィの育てたニンジンは特別製だ。えぐみは無くて、ほんのりと甘い。生で食べても十分に美味しい物である。


 そこにこのマヨネーズがあれば、より一層その味が際立つ。私は十分に食べれる味だと感じ、アガウエとライオス君にも勧める事にした。


「味見と言う事でどうぞ。恐らく、二人の口にも合うと思うよ?」


「「は、はぁ……?」」


 二人はおっかなびっくり手を伸ばす。そして、ニンジンを手に取り、恐る恐るマヨネーズに付けた。


 躊躇する二人の態度に、私はあっと気付く。二人が恐れているのは、火を通していない卵なのだと。


「ああ、どうか安心して欲しい。お酢を混ぜる際に魔力を込めていてね。殺菌用のポーションにしたんだ。生の卵を食べたとしても、お腹を下したりはしないからね?」


「「な、なるほど……」」


 私の説明に二人は頷く。そして、互いに顔を見合わせた後に、意を決してニンジンを口にした。


「「――っ……?!」」


 そして、驚いた表情で咀嚼を続ける。どうやら口に合ったみたいで、飲み込んだ後の二人は笑顔であった。


「ニンジンが良いのもありますが、このマヨネーズは素晴らしいソースですね」


「これならば、いくらでも食べられそうです。きっとイノ様も喜ばれますね!」


 二人の反応に私はホッとする。従者である二人のお墨付きなら、イノの口に合わない可能性は低いだろう。


「イノも気に入る様なら、今後も時々は作ると良いかもね。ああ、アガウエ。作る際はお酢をポーションにするから、私に声を掛けてくれるかい?」


「畏まりました、ご主人様。きっと、イノ様もセメレ様も、それをお望みになられるでしょう」


 確信の表情で頷くアガウエ。そんな彼女の態度に、私は思わず笑みが零れる。


 そこまで喜んで貰えるならば、試しに作って正解だった。今後もこういう挑戦を続けても良いかもしれない。


 そんな事を考えていたら、ライオス君がそっとニンジンに手を伸ばした。それに気付いたアガウエは、息子に冷たい視線を飛ばす。


「ライオス、わかっていますね? これはご主人様が、イノ様の為に御作りになられたのだと?」


「うぐっ……! そ、そうでしたね……。失礼しました……」


 ライオス君は母の指摘に、気まずそうな表情を浮かべる。こういうやり取りを見ると、やっぱり二人は親子なんだと実感するね。


 私はくすっと笑った後、頬をかくライオス君に悪戯っぽく問い掛けた。


「マヨネーズを作れたのは、ライオス君が卵を見つけたお陰だね? なら、少しくらいの役得はあっても良いんじゃないかな?」


「ご、ご主人様……!」


 私の意図を察し、ライオス君の顔が綻ぶ。彼は嬉しそうな笑みを、母のアガウエへと向けた。


 アガウエはそんな息子の態度に溜息を吐く。そして、苦笑を浮かべてこう告げた。


「一本だけ目を瞑ります。残りはセメレ様とイノ様の分ですよ?」


「勿論、わかってるって! ありがとう御座います、ご主人様!」


 喜んでニンジンに手を伸ばすライオス君。そんな息子の態度に、アガウエは困ったように笑みを浮かべていた。


 仲の良い二人の様子に、私はほっこりとする。それもあって、アガウエにもこう声を掛けた。


「他の野菜との相性も確かめたいでしょう? アガウエも気にせず、マヨネーズを使って良いからね?」


「まあ、ご主人様った……」


 アガウエは嬉しそうに微笑んだ後、私に深々と頭を下げた。そして、顔を上げると真剣な表情で、籠の野菜を睨み始めた。


 きっと彼女が、今日の食卓も彩ってくれる事だろう。そう確信しながら、私はそっとキッチンを後にするのだった。

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