魔道具と家妖精
私は何とか野菜をキッチンへと運び込む事に成功した。それ程の距離では無かったが、年の為に息は切れている。体中に震えを感じるので、明日の筋肉痛は間違いなさそうだ。
アスクは野菜を置いたテーブルに、器用にスルスルと登っていく。そして、私に向かって問い掛けて来た。
「さて、ケンジ。包丁や鍋は使えるかい? 必要なら簡単な説明はしてあげれるよ。使った事は無いので、上手く使うコツは知らないけどね」
「大丈夫だよ、アスク。独り身が長いから、それなりに料理は出来るんだ」
実際に料理を覚えたのは、幸子を亡くした後だった。娘の愛子を育てる為に、最低限はと思って必死に覚えたのを覚えている。
一番四苦八苦をしたのが離乳食を作る辺りで、その後は私も料理に慣れて行った。ただ、娘は五歳で亡くなったので、その後は惰性で作り続ける日々だったが。
「そうかい、それは良かった。ただ、魔道具の扱いは大丈夫かい? そちらの世界にも、同じものがあったりするのかな?」
「魔道具? 少し待ってくれるかな」
私は改めてキッチンを確認する。元居た世界のキッチンに似ていたが、所々で仕様が違っているみたいだった。
流し台はあるのに、蛇口らしき物が無い。コンロはあるのに、着火用のつまみやボタンが無い。何やら色の違うパネルらしきものはあるのだが……。
「済まないね、アスク。そちらの使い方はわからないよ。ここにあるパネルを操作すれば良いのかな?」
「ああ、その通りさ。白いパネルが魔力補充と開始用のパネル。透明のパネルは魔力の残量で、溜まっていれば黄色く光る。そして、使用を止めたい時には灰色のパネルに触れれば良いんだ」
魔力と言う言葉に戸惑いを覚えるが、使い方は至ってシンプルな様だ。私は試しに流し台の白いボタンに触れた。
すると、透明なパネルがほんのりと黄色く光り、流し台の中央に、フワフワと浮く水球が現れた。
「なるほど、こういう感じなんだね。私の世界では、管から水が流れ続けていたんだけどね」
「そうなのかい? 大量に水を流す必要があったのかな? それとも水量が出ないのかな?」
アスクからすると、水が流れ続ける状況が理解出来ないみたいだ。確かにあれは水が潤沢な環境だからこそで、随分と無駄が多かったのかもしれない。
私は灰色のスイッチに触れて魔道具を停止される。すると、浮いていた水はバシャリと落ち、排水溝へと流れて行った。
「うん、使えそうだ。これなら料理は問題無さそうだね」
「それは良かった。後は調味料に塩が使えるよ。ハーブが欲しければ、リリィに相談してくれ。今すぐは無理だけど、油も相談すればリリィが絞ってくれるはずさ」
アスクの説明になるほどと頷く。塩が有るのはありがたいが、それ以外の調味料に少し確認が必要そうだ。ハーブはこれまで使った事が無いからね。
流石に日本と同じ様に醤油はソースは手に入らないだろう。もし、長くこの世界に住む事になるなら、この世界の料理を知る必要があるかもしれない。
「それと、アスク。一つ聞いて良いかな?」
「勿論さ、ケンジ。何でも聞いておくれよ」
私の問い掛けに小気味よく反応するアスク。彼の陽気な口調は、何故か私の心を弾ませてくれる。
「屋敷全体もそうだけど、随分とキッチンが綺麗だね。屋敷の掃除はアスクがしているのかい?」
「僕には手が無いからね。出来る事なんておしゃべりくらいさ。掃除はブラウニーがやってるよ」
「ブラウニー?」
聞きなれない名前である。勿論、お菓子のブラウニーなら知っているが、状況的にはお菓子のはずが無い。
もしかすると、そう言う名前の人物がいるのだろうか? そう首を傾げていると、アスクが不思議そうに尋ねて来た。
「家妖精のブラウニーさ。そちらには居ないのかな? 勝手に家に住み着いて、勝手に家の手伝いをしてくれるんだ。長く居付いて貰うには、部屋の隅に食事を置いておくと良いって言われてるね」
「家妖精のブラウニーかい? そもそも、私の世界には妖精が物語の中の存在だったからね」
私の言葉にアスクが驚いた様子で、ビクリと鎌首を上下させていた。彼には表情が無いが、その行動で意外と感情が読みやすい。
「妖精が居ないのかい? なら、どんな生き物がいるんだい?」
「人間と動物は居るけど、魔法が存在しないからね。魔法を使う生き物は居ないよ」
「魔法が存在しないだって? それは随分と不便な世界からやって来たんだね……」
アスクの同情的な声に、私は思わず笑ってしまう。彼からすると可哀そうと思える世界らしい。
「そんなに不便でも無いよ。魔法の代わりに、私の世界では科学が発展していてね。『十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかないほど進歩する』と言われていたね」
「ふうん、なるほどね。君達の世界では、その科学魔法ってのを使っている訳か」
アスクは納得した様子だが、少しばかり誤解がある気がする。しかし、わざわざ訂正する必要も無いだろう。魔法に似た力を使っていたと考えるだけで十分だと思えたからだ。
私は桶を取り出しいくつかの野菜を入れる。そして、流し台で水を満たし、野菜を洗い始める事にした。
「それで、ケンジ。その野菜をどう調理する気なんだい? 異世界の料理には少し興味があるね」
「残念だけど、ジャガイモを湯がいて、それ以外はサラダかな。今は手の込んだ料理は無理だね」
調味料も無いし、何より私も腹が減り始めている。そろそろ何かを口にしたかった。
ずっとジャガイモと生サラダでは飽きが来るので、ゆくゆくは何か考えて行きたいけどね。アスクの期待に応えるのは、もう少し先になるだろう。
「まあ、別に構わないよ。僕は蛇だし、人間の料理を食べれる訳じゃないからね」
「そうなんだね。アスクは普段、どんなものを食べているんだい?」
「僕は使い魔だから、食事は食べなくても平気なんだ。ただ、鳥の卵は大好物さ」
なるほど、と納得する。確かに蛇が卵を丸のみにするイメージはある。人間みたいに調理は必要なさそうだ。
そして、私はふっと養鶏なんて良さそうだなと思う。卵が手に入るなら私も食べたいし、アスクも喜んで食べるだろう。
ただ、私はすぐに思い直して首を振る。そもそも、私はこの屋敷に住むかどうかも決まっていないのだ。
アスクとリリィは歓迎してくれそうではある。しかし、この世界のルールとして、何か問題があるかもしれない。
その辺りは、この後にアスクが説明してくれるのだろう。とりあえず、私は目の前の野菜を手早く調理し、朝食を済ませようと思うのだった。




