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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
36/69

すっきり

 ライオス君の髭剃りは素晴らしかった。私の顔はナイフ一本で、本当にツルツルになってしまった。


 やはり、私も髭が無い方がしっくり来る。長い社会人生活でも、髭を伸ばす機会は無かったからね。ライオス君には手間を掛けるが、これからも彼にお願いしたいと思っている。


 そんなこんなで、私とライオス君は二人でリビングへやって来た。そろそろ朝食の準備が整うのだろう。先程から良い香りが屋敷中に漂っている。


 そして、私は先にテーブルに付いている、セメレとイノの姿に気付く。イノの元気な姿に安堵し、私が声を掛けようとすると……。



 ――ガタッ……!



 唐突にセメレが席を立った。何事かと思い、その場の全員が彼女に注目する。


「――んきゅぅ……」


「「「…………?」」」


 何やら不思議な鳴き声が聞こえて来た。何が起きたか理解出来ず、皆が困惑の表情を浮かべる。


 すると、セメレはすっと腰を落とし、両手で顔を覆って俯いてしまった。彼女の一連の行動は、誰にも理解出来ないものだった。


「えっと……。おはよう……?」


「お、おはようございます。お師匠様……」


 ひとまず私が挨拶すると、イノが挨拶を返してくれた。そして、彼女は困惑したまま、私と母親を見比べ続けた。


 どうしたものかと戸惑っていると、背後に足音が聞こえて来る。振り返るとアガウエが料理を手に、リビングへと入って来る所だった。


「あら、ご主人様。お髭を剃られたのですね。とてもお似合いですよ」


「あ、ああ……。ありがとう、アガウエ……」


 アガウエに褒められ、私は困惑のままお礼を口にする。そんな私の態度に、彼女は不思議そうに首を傾げた。


 ちなみに、アガウエからは呼び捨てにする様に、先程頼まれてしまった。アガウエはセメレの従者だ。セメレが呼び捨てにしているのに、私がさん付けで呼ぶのは問題なのだそうだ。


 まあ、その余談はさて置き、アガウエは不思議そうにリビングを観察していた。そして、何かを察した様に、笑みを浮かべて私にこう告げて来た。


「ああ、なるほど。ご主人様の素顔に、姫様は惚れ直したようですね。余り気になされないで下さい」


「そ、そうなのかい? 気にするなと言うなら、気にしない事にするけど……」


 私はアガウエに促されて、一番奥の席に向かう。いわゆる上座と言う奴だろう。そして、その左右の席にはセメレとイノが向かい合う様に座っていた。


 ちなみに余談だが、イノを呼び捨てにする事はセメレから頼まれている。子弟関係をハッキリさせる為にと、丁寧に頭を下げて頼まれてしまった。


 私は席に座りながら、左手側に座るイノへと声を掛けた。


「イノ、もう体調は大丈夫なのかな?」


「はい、お師匠様。お師匠様のご用意頂いた、ポーションのお陰です」


 淀みなく答えるイノに、やはり私は驚いてしまう。五歳児とは思えない程に言葉が流暢だ。


 ただ、顔色は本当に良くなっている。赤みの消えた顔に安堵し、私は彼女に笑みを向けた。


「ポーションが役立ったなら何よりだ。ただ、一晩で治ったと言う事は、余り重い病気では無かったのかな?」


「いや、ケンジ。それは違うよ。イノは神の血を引く魔力持ちだ。ポーションの効果でグンと体力が上がり、魔力で強引に病気を治してしまったのさ」


 どこからか聞こえるアスクの声に、私はその姿を探してしまう。すると、テーブルの下から顔が伸びて来た。どうやら、イノの膝の上に居たらしい。


「おはよう、アスク。今日は随分と変わった場所に居るんだね?」


「ははは、レディに是非にと招かれてね。僕は紳士だろう? 断るなんて失礼な真似は出来ないのさ」


 どうやらイノの方から膝の上に招いたらしい。彼女は蛇であるアスクが、まったく怖くないのだろうか?


 そう思っているのが顔に出たのだろうか。イノは微笑みながら、私にこう告げた。


「アスク様はとても博識で、面白い話を聞かせてくれます。それに姿もとても愛らしく、つい愛でたくなってしまいました」


「おっと、愛らしいと来たか。紳士な白蛇としては、カッコイイと言われたい所だけどね。まあ、今の所は怖がられてないだけ良しとしよう」


 アスクの言葉にイノはくすっと笑う。それは五歳児にしては上品だけど、子供らしい笑みに見えた。


 私は仲良くしている二人の姿にほっこりとなる。そして、私はイノに対して問い掛けた。


「イノ、今日から一緒に生活する事になるけど、その辺りは聞いているかな?」


「はい、お師匠様。私が魔女となれるように、育てて頂けると伺っております」


 昨日も挨拶の時に軽く伝えたけれど、その後にも母親から説明があったのだろう。特に戸惑った様子もなく、しっかりと答えてくれた。


 私はその返事に頷く。そして、続けて彼女に問い掛けた。


「まだ病み上がりだから、今日は寝ていても良いよ。けれど、私に何かやって欲しい事はあるかな?」


 私の問い掛けに、イノは一瞬考える仕草を見せる。そして、すぐに私へと要望を口にする。


「アスク様より聞いたのですが、お師匠様も日々魔法の練習をされているそうですね。宜しければ、その練習を見学させて頂けないでしょうか?」


「私の練習を見学?」


「はい、駄目でしょうか? 私はまだ魔法がどういう物か、良く理解出来ていませんので……」


 イノの言葉になるほどと思う。確かに一度も見た事が無いので、イメージが付かないのだろう。


 魔力が尽きると体調に影響するので、今日から練習は考えていなかった。けれど、私が魔法を使う所を見せる分には問題無いだろう。


「うん、わかった。それじゃあ、食事が終わったら魔法を見学して貰おうか」


「少し待ってくれるかい、ケンジ。練習を始める前に、リリィとアステリオスへの挨拶も頼むよ?」


 そういえば、それも先に済ませないとな。手伝ってくれたリリィには、イノはまだ挨拶が出来ていない。リリィも新しい住人が気になっているだろう。


 それに、アステリオスにはライオス君の事を頼む必要がある。この森は少ないけれどモンスターも居る。アステリオスには狩猟時に、彼の護衛を頼む必要があるからね。


「それじゃあ、イノ。食後にまずは挨拶だ。魔法の見学はそれからで良いかな?」


「はい、わかりました。宜しくお願いします、お師匠様」


 イノは微笑みながら返事をする。私も頷き返し、それで話は付いた。そう思ったところで、ずっと俯いていたセメレが手を上げた。


「あの、ケンジ様……。私も見学させて頂けないでしょうか……?」


「ええ、構いませんよ。それでは、食後も行動を共にしましょう」


 セメレに視線を向けるが、彼女は片手で口元を隠していた。そして、目元は何故だか真っ赤だった。


 一瞬、病気が移ったかと思ったけれど、どうもそうでは無さそうだ。料理の配膳を終えたアガウエさんが、私にこう伝えてくれた。


「姫様についてはご心配なく。少ししたら慣れると思いますので。それよりも、冷めない内にお召し上がり下さい」


 何に慣れるのか不明だけれど、アガウエさんが言うなら心配ないのだろう。私は彼女の勧めに従って、目の前に並んだ朝食を食べる事にした。


「それでは、頂きます」


 私が手を合わせて告げると、皆が不思議そうな顔を浮かべた。日本式の作法なので、見慣れないのは仕方が無いだろう。


 私は苦笑を浮かべて食事を始める。すると、セメレとイノも何となく察して、それ以上気にせず食事を始めた。

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