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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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長い一日(セメレ視点)

 私は夕食を済ませた後、シャワーを借りて汗を流しました。まさか、屋敷にシャワーが備わっているとは本当に驚きです。


 王宮にも浴室はありますが、全て手で湯を沸かして汲み上げる物。魔法の力をこの様に活用する等、普通の発想ではありません。


 流石は賢者ケイローン様の建てた屋敷です。魔法の照明もそうですが、どれも値段が付けられない程の道具ばかりです。


 私は久々に体をスッキリさせ、アガウエに髪を整えて貰います。その後は、アガウエを伴ってイノの休む寝室へと向かいました。


 そっと中を覗くと、イノはぐっすりと眠っています。うなされた様子が無い事に安心し、私はアガウエと共に与えられた寝室へと戻りました。


 私はベッドの上で一息つき、側に控えるアガウエに声を掛けます。


「本当に長い一日でしたね……。五年間の旅の中で考えても、最も濃厚な一日でした……」


「そうですね、姫様。私も今日は驚き続けておりました」


 アガウエの言葉に私は頷きます。森を彷徨っていた朝が、遠い昔の事に思えます。娘をどこかで休ませようと、必死だったのが今では信じられません。


 けれど、思い返すと色々と不可解な点に気付きます。まずは、私達を親切にも案内してくれた、牛の頭を持つアステリオスさん。


「……私達を案内してくれた彼、もしかするとミノス島のミノタウロスかしら?」


「ミノタウロスですか? 確かアテナイのテセウス王が討伐したはずでは……?」


 牛の頭を持つ大男と言えば、誰もがミノタウロスを思い浮かべる。けれど、それはテセウス王が若かりし頃に、迷宮で討伐したと言う話がセットです。


 私としてもミノタウロスが生きているとは信じられない。けれど、それ以外に牛の頭を持つ大男なんて、話に聞いた事もありませんし……。


 そして、テセウス王はポセイドンの血を引くと言われています。それ故に、モンスターであるミノタウロスを討伐する事が出来た。


 しかし、普通の人間では勝てない相手。それがモンスターなのです。それを従えているケンジ様は、やはり普通では無いと言う事でしょう。


「……それに、庭も見ましたか? ドライアドのリリィさんが管理しているそうですが、どれも貴重な薬草や霊薬ばかりでした。あの庭だけで王宮が建つ程の価値があるはずです」


「なっ……?! それ程の物なのですか? 私はケンジ様から聞かされた、裏庭の話が衝撃だったのですが……」


 アガウエがケンジ様と話したと言う事は、厨房で昼食を作っている時でしょう。その時の私はイノの看病をしていました。


「裏庭の話とは……?」


 私はその情報をまだ知らないはず。私が身を乗り出すと、アガウエは躊躇いがちにこう口を開きました。


「はい、リリィ様が大量の野菜や穀物を育てており、我々が住んでも問題無い量の食料を生産しているそうです。どうも魔法の力を使っており、通常の畑と比べて四倍以上の収穫量を誇るのだそうで……」


「はっ……?」


 裏庭を見ていないので何とも言えませんが、話を聞く限りはとんでもない情報です。畑の収穫量が四倍以上になれば、国民を四倍養う事が出来る。単純に国力が四倍になると考えて良いはずです。


 もし、そんな技法があるならば、どんな国でも何としてでも調べようとする。例え相手が人食いのドライアドだろうと、何としてでも手懐けようとするでしょう。


 ドライアドの秘儀もそうだけど、それを手懐けるケンジ様も当然素晴らしい。どんな国の王だろうと、彼を知れば欲するはずです。


 そこで私は、咄嗟に口元を手で隠す。王女に相応しくない、素の表情が出そうになった為です。私は深呼吸をしてから、アガウエへと話を続けます。


「アステリオスさん、リリィさんも特別な存在でしょう。けれど、私としてはアスク様が、最も恐るべき存在と考えています」


「恐るべき存在、ですか……?」


 私の言葉に首を傾げるアガウエ。あの陽気な白蛇のどこに、恐れる要素があるのかと考えているのでしょうね。


 けれど、それこそがアスク様の手口なのでしょう。私は釘を刺す為に、アガウエへと説明を行う。


「ケンジ様が王だとしたら、アスク様は大臣に相当します。王の決定に必要な情報を与え、時には助言を入れるのです。言わば彼は王のブレインです」


「王のブレインですか?」


「その通りです。あくまでも王を立て、自らは陰に徹して、それでも必要な情報を王の前に揃える。そういう振る舞いを自然に行っています。私が話した感触では、テーバイのどんな賢者でも、彼には敵わないでしょう」


 私も王族の一人として、相応の教育を受けています。それ故に幼少期から人を見ており、賢い人間がどの様な人かを知っています。


 彼は自分が蛇だからとか、ケンジ様の使い魔だからと、のらりくらりと躱します。要所要所でとぼけて見せ、その賢さを隠そうとするのです。


 愚か者は知識をひけらかし、自らを賢いとアピールする。けれど、真の賢者とはアピールせずとも周囲に知られるもの。そのあふれ出る知性を隠し切れないものなのです。


 そのアスク様が、ケンジ様をしっかり立てている。ケンジ様の為に行動していると、その忠臣っぷりを隠そうともしない。そんなアスク様に慕われるケンジ様は、やっぱり凄い。


 私は大きく息を吐き、呼吸を整える。しかし、アガウエはそんな私の気持ちを知ってか、こう問いかけて来た。


「それで、姫様。ケンジ様の事はどうお考えですか?」


「――っ……。ケ、ケンジ様は……。本当にヤバイ……」


 私は咄嗟に両手で顔を隠す。必死に我慢していたけれど、その話題を振られてはもう無理だった。


「あの包容力は何なの……? 何をしても許してくれそうな雰囲気……。私が喜ぶと、嬉しそうに微笑みかけて来る……。ああ、駄目……。あの笑みを向けられると、王女の威厳が全て溶かされる……」


 一目でわかる程、良い人オーラが溢れ出ている。つい側に寄りたくなり、甘えてしまいたくなる。


 思い出すだけで、顔の緩みが収まらない。きっと今の私は、人には見せられない顔をしている……。


「本気で惚れたと、そう考えて宜しいでしょうか?」


「そうよ、私の初恋よ! わかっていて、言わせないで……!」


 何となく察しているだろうに、わざわざ聞くなんて人が悪い……。


 勿論、今後の事を考えてハッキリさせたのはわかる。この会話をもって、アガウエは私を本気で応援するつもりなのだろう。


 けれど、こっちは二十二歳にして初めて恋をしたのだ。それを口にさせるなんて、この養母は何と言う人でなしなのだろうか……。


「ふふっ、それでは私はそろそろ戻ります。お休みなさい、姫様」


「……お休みなさい、アガウエ」


 アガウエが寝室を出たのを感じ、私はベッドに飛び込む。そして、自らの顔を枕に埋めた。


 目を閉じると浮かんでくる笑顔。その笑顔を思い出すと、胸のドキドキが止まらなかった。


 今夜の私はきっと眠れない。そう確信しながら、私は悶々とする夜を過ごすのだった。

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