長い一日
あの後、皆の寝室を用意する為、慌てて掃除を始めたりした。日が暮れるまでには、何とか全員分の寝床は確保出来た。
そして、日が暮れてから軽めの夕食となり、その後はシャワーを浴びて、それぞれ寝室に向かった。
ただ、私も疲れてはいたのだけれど、アスクと二人で調合室にやって来た。今日の出来事について、アスクと少し話しておきたかったからだ。
私は椅子に座って一息付く。そして、テーブルの上のアスクに話しかけた。
「今日はありがとう。アスクのお陰で色々と助かったよ」
「なあに、僕はお喋りをしていただけさ。王女達を助けると決めたのも、実際に助けているのもケンジなんだからね?」
アスクの態度はいつも通り。陽気な口調で自分は何もしていないと言う。
けれど、流石に今日のはいつも通りとは言えない。決定したのは私だとしても、その選択肢を用意したのは全てアスクだ。私の望む答えを、全て彼が考えてくれたのである。
「……それでも、ありがとう。アスクが居てくれて本当に助かっているよ」
「そうかい? まあ、ケンジが喜んでくれているなら、僕もお喋りのし甲斐があるってものさ」
やはり、アスクは軽く流してしまう。このスタンスを崩すつもりは無いのだろう。私は諦めて話題を変えた。
「今日は私がセメレを受け入れると決めただろう? それについて、アスクはどう考えているんだい?」
「僕がどう考えているか? それって重要なのかな? 僕のやる事は、ほんのちょっぴりの助言くらいさ。僕としてはケンジが好きに生きたら良いと思っているよ?」
「……私の寿命を勝手に伸ばしておいて?」
「ははは、それを言われるとちょっと弱いね」
そう、私は不老長寿の霊薬とやらを、知らずに飲まされて続けていた。魔法の練習後に魔力回復のポーションと偽ってだ。
つまり、私が早死にしようと、どうでも良いとは思っていない。早く死なれては困る理由があるはずなのだ。けれど、アスクはその理由を話す気が無いみたいだった。
「ちなみに、あの不老長寿の霊薬について聞いても良いかな?」
「あれはもう再現不能な品だね。今のケンジが知る必要は無いよ」
やはり、これについても答えてはくれない。何となく含みのある言い方だから、状況が変われば教えてくれるのかもしれないけどね。
私はこの質問も諦める。そして、私は色々と悩んだ挙句、改めてアスクに問い掛けた。
「ねえ、アスク。本当に私にやって欲しい事はないのかな? アスクの望みがあるなら、それを教えてはくれいないかい?」
「何度も言っているだろう? 僕の望みはケンジが好きに生きる事だよ。心の赴くままに生きて欲しいんだ。それ以外に望み何てありはしないよ」
好きに生きたら良いと言う、いつも通りのアスクの言葉。けれど、この時の私はふと思い違いをしているのではと思い至った。
私が何を選択しようと関心が無いのではない。私が自由に生きる事がアスクの望み。彼はこれまでも、そう言っていたのではないだろうか?
そういう視点で捉えると、アスクの言葉の意味が少し違って来る。
「……例えば、私がセメレと結婚し、イノを自分の娘にして、幸せな家庭を築きたいと言ったら?」
「良いじゃないか、ケンジ! やっとケンジにも、やりたい事が見つかったんだね! 当然、僕もリリィもアステリオスも応援するよ!」
嬉しそうに答えるアスクに、私はやはりそうかと納得する。アスクの望みは恐らく、私が幸せに生きる事だ。けれど、それはそれで良くわからない。
「どうして、アスクはそこまで私の事を思ってくれるんだい? 私はアスクに何かしたかな?」
「いや、特に理由は無いよ? ただ、ケンジを一目見て、幸せになって欲しいと思った。そこには深い理由なんて無いんだ」
アスクの声を聞き、これは本心なんだろうと思えた。何かを誤魔化しているのでは無い。そんな雰囲気を感じ取った。
そして、そう言われるとこれ以上の追及も出来ない。直感的に感じた事に対して、意味を説明する何て出来ないだろうからね。
「……ねえ、アスク。私にイノちゃんの師匠なんて務まるのかな? 私だってまだ魔法は練習を始めたばかりなんだよ?」
「勿論、ケンジなら出来るさ。自分がどうやって覚えたか、それをイノに伝えれば良いんだ。理屈を考えるのは得意なんだろう? 案外、ケンジは良い先生になれると思うんだけどね」
「そう言えば、私は理屈っぽい老人だったね」
私は以前にアスクに言われた言葉を思い出した。私がくすりと笑うと、アスクも楽しそうに笑ってくれた。
思えば私はまだこの世界に来て十日しか経っていない。まだまだ、この世界では手探り続きの状態なのである。
それなのに婚約者が出来て、小さな弟子まで出来てしまった。異世界にやって来た事もそうだけど、人生とは何が起こるかわからないものである。
「はぁ、今日は本当に疲れたね……。何だか長い一日だったよ……」
「ははは、たまには良いと思うよ? 刺激の無い人生なんて、退屈なだけだと思うしね」
私は同意して頷く。確かに私は元の世界で、とても退屈な人生を送っていたと思う。
それに比べれば、こちらでの十日間が何と充実していた事か。一秒だって退屈だと感じた事が無い。
「うん、確かに今日も楽しい一日だった。それでは、お休み、アスク」
「お休み、ケンジ。明日もきっと、刺激的で楽しい一日になるはずさ」
私はアスクに挨拶をして急ごしらえの寝室へと向かう。元々の部屋はイノちゃんが眠っているからね。
そして、アスクはするすると壁の穴に消えて行く。そういえばアスクは、どこで眠っているのだろうか?
また今度、機会があれば聞いてみよう。そう思いながら、私の長い一日は終わりを迎えた。




