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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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遅めの昼食

 アガウエさんの料理は彩が華やかだった。同じ素材を使っても、私ではこうはならない。流石は王宮で厨房を任されていただけはある。


 テーブル上の料理に感嘆の息を吐き、それからテーブル向かいのセメレに視線を向ける。セメレは私の反応を嬉しそうに見つめていた。


 なお、抱き着いて全く離れようとしない彼女だったが、アガウエさんが耳元で何かを囁くとパッと離れた。そして、今は元も王女モードに戻ってくれている。


 先程までの態度が嘘の様に、今は優雅に微笑むセメレ。彼女は料理に手を向け私に勧めた。


「それでは冷めない内に頂きましょう。ケンジ様の御口に合えば良いのですが」


「そうですね、それでは頂きましょう。本当にどれも美味しそうですね」


 今日はアステリオスから貰った鳥の肉がある。それから、私が朝に焼いたパンと、リリィから貰った沢山の野菜。


 けれど、それ以外の食材も混ざっているみたいだった。恐らくはアガウエさん達が所持していた食材も、調理の食材として加えられているのだろう。


 一風変わった味わいだが、どれも美味しい料理ばかりだった。私が久々の真っ当な食事に感動していると、セメレは優雅に手を動かしながら話しかけて来る。


「ケンジ様が遠方から参られた魔法使いである事は、アスク様より伺っております。そして、この地の情勢に詳しく無いので、私から伝えて欲しいとも頼まれております」


「そんな事を頼んでいたのかい?」


 私はテーブルの端でとぐろを巻くアスクに視線を向けた。すると、彼はいつもの陽気な口調で返して来た。


「ああ、僕は人間の社会に詳しくないからね。漠然とした一般論は教えられても、世俗の事までは詳しく話せないんだ。まあ、ケンジがこの屋敷を離れないなら、詳しく知る必要は無いかもしれないけどね?」


「う~ん、そうだね……。まだ先の事はわからないし、一応は聞いておきたいかな……」


 元々は外の世界を見て周る為に、アスクに護身用の魔法を教わっていた。しかし、今は状況が変わってしまい、簡単に屋敷を離れる事が出来なくなった。


 少なくともセメレの娘のイノちゃんが、一人前の魔女になるまで面倒を見る必要がある。そうでなければ、私に何かあった時に、セメレがこの屋敷に留まれなくなるからね。


 ただ、その後も長く屋敷を離れる事は出来ない気がする。屋敷から離れられないセメレを残して、旅には出れないだろう。なにせ私は彼女の婚約者らしいからね。


 まあ、それでも世間を知っておくのは悪い事では無い。いざと言う時に、知らずに困るよりは良いだろう。そう考えて、私はセメレに問い掛けた。


「それでは、セメレ。お願いします。可能な範囲で、ギシリャの情勢を教えて下さい」


「……ギリシャ、とは何でしょうか?」


 セメレは不思議そうに首を傾げる。私はその反応に戸惑いつつ、彼女の問いに答える。


「国の名前、ですよね? この辺りの……」


「いえ、その様な国はこの辺りに存在しません。アガウエは聞き覚えがありますか?」


 側に控えるアガウエさんに、セメレは視線を向ける。彼女は少し考えた後に首を振った。


「いえ、ここはアテナイの国内ですし、周辺にもギリシャと言う国は無いはずです。父方がエチオピアの家系ですが、その父からも聞かされた記憶が御座いません」


「ギリシャが、存在しない……?」


 あれ、おかしいな? ここってギリシャ神話に準ずる世界だと思っていたんだけど……。


 そういえば、アスクの口からもギシリャと言う名を聞いた覚えが無い。というか、アテナイも都市名では無く、国名だったのか……。


 色々と私の中で思い違いがある気がするな。やはり、ここはセメレに詳しく聞いておいた方が良さそうだ。


「すみません、セメレ。私の思い違いでした。お手間を掛けますが、また詳しく教えて下さい」


「い、いえいえ! お手間だなんてとんでも御座いません! いくらでも話させて頂きます!」


 私が頼むとセメレは嬉しそうに笑みを浮かべた。どうやら、家庭教師としての役目を得た事が嬉しいみたいだ。


 アスクもそうだけど、何もやる事が無いのも退屈だろう。こんなジジイの相手でも、仕事がある方が人生に張りが出るらしいからね。


「……そういえば、アガウエさんってエチオピアの出身なんですか?」


「いえ、父がエチオピアの血筋で、母はテーバイの生まれです。英雄ペルセウスはご存じでしょうか? その妻であるアンドロメダ様は、エチオピアの王女様でした。その輿入れの際に同行した従者の一人が、私の祖父となります」


 ペルセウスと言えば、ゴルゴン退治の英雄だったはず。初日にアスクから聞いたのを覚えている。


 というか、アンドロメダとは人の名前だったのか。私の記憶ではアンドロメダ星雲という、星の名前としか覚えていなかった。


「私と息子のライオスは、肌が少し黒いでしょう? これはエチオピアの血が混ざっているからですね」


「……言われて見れば確かに」


 言われて初めて気付いた。少し肌が日焼けしてるかな、というレベルの褐色である。日本人の私からしたら、全然違和感の無い肌の色であった。


 ただ、セメレは完全な白い肌だし、この地の人達はこちらがスタンダートなのかもしれない。セメレ以外の比較対象がイノちゃんしか居ないので、本当かどうかは確かめられないけどね。


 私がアガウエさんの肌をじっくり見ていたからだろう。彼女はくすりと笑ってこう告げた。


「もっと南部の方ですと、アマゾンの部族がいます。女性だけの部族なのですが、彼女達の肌はもっと真っ黒ですよ?」


「……アマゾンの部族? それって、アマゾネスですか?」


 もしやと思って私が尋ねると、アガウエさんは目を丸くして頷いた。


「おや、ご存じでしたか? 黒い肌が珍しいのかと思いましたが……」


「いえ、名前を知っている程度でして……。黒い肌も珍しい訳では……」


 あれ? アマゾンって南米の方じゃなかったっけ? でも、ギリシャ神話でも名前を聞いた気が……。


 う~ん、駄目だな……。記憶が曖昧で良くわからない……。ちょっと良くわからなくなって来たぞ……。


 私は腕を組んで首を捻る。そんな私の態度に、セメレとアガウエさんは不思議そうに視線を合わせていた。

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