遅めの昼食
アガウエさんの料理は彩が華やかだった。同じ素材を使っても、私ではこうはならない。流石は王宮で厨房を任されていただけはある。
テーブル上の料理に感嘆の息を吐き、それからテーブル向かいのセメレに視線を向ける。セメレは私の反応を嬉しそうに見つめていた。
なお、抱き着いて全く離れようとしない彼女だったが、アガウエさんが耳元で何かを囁くとパッと離れた。そして、今は元も王女モードに戻ってくれている。
先程までの態度が嘘の様に、今は優雅に微笑むセメレ。彼女は料理に手を向け私に勧めた。
「それでは冷めない内に頂きましょう。ケンジ様の御口に合えば良いのですが」
「そうですね、それでは頂きましょう。本当にどれも美味しそうですね」
今日はアステリオスから貰った鳥の肉がある。それから、私が朝に焼いたパンと、リリィから貰った沢山の野菜。
けれど、それ以外の食材も混ざっているみたいだった。恐らくはアガウエさん達が所持していた食材も、調理の食材として加えられているのだろう。
一風変わった味わいだが、どれも美味しい料理ばかりだった。私が久々の真っ当な食事に感動していると、セメレは優雅に手を動かしながら話しかけて来る。
「ケンジ様が遠方から参られた魔法使いである事は、アスク様より伺っております。そして、この地の情勢に詳しく無いので、私から伝えて欲しいとも頼まれております」
「そんな事を頼んでいたのかい?」
私はテーブルの端でとぐろを巻くアスクに視線を向けた。すると、彼はいつもの陽気な口調で返して来た。
「ああ、僕は人間の社会に詳しくないからね。漠然とした一般論は教えられても、世俗の事までは詳しく話せないんだ。まあ、ケンジがこの屋敷を離れないなら、詳しく知る必要は無いかもしれないけどね?」
「う~ん、そうだね……。まだ先の事はわからないし、一応は聞いておきたいかな……」
元々は外の世界を見て周る為に、アスクに護身用の魔法を教わっていた。しかし、今は状況が変わってしまい、簡単に屋敷を離れる事が出来なくなった。
少なくともセメレの娘のイノちゃんが、一人前の魔女になるまで面倒を見る必要がある。そうでなければ、私に何かあった時に、セメレがこの屋敷に留まれなくなるからね。
ただ、その後も長く屋敷を離れる事は出来ない気がする。屋敷から離れられないセメレを残して、旅には出れないだろう。なにせ私は彼女の婚約者らしいからね。
まあ、それでも世間を知っておくのは悪い事では無い。いざと言う時に、知らずに困るよりは良いだろう。そう考えて、私はセメレに問い掛けた。
「それでは、セメレ。お願いします。可能な範囲で、ギシリャの情勢を教えて下さい」
「……ギリシャ、とは何でしょうか?」
セメレは不思議そうに首を傾げる。私はその反応に戸惑いつつ、彼女の問いに答える。
「国の名前、ですよね? この辺りの……」
「いえ、その様な国はこの辺りに存在しません。アガウエは聞き覚えがありますか?」
側に控えるアガウエさんに、セメレは視線を向ける。彼女は少し考えた後に首を振った。
「いえ、ここはアテナイの国内ですし、周辺にもギリシャと言う国は無いはずです。父方がエチオピアの家系ですが、その父からも聞かされた記憶が御座いません」
「ギリシャが、存在しない……?」
あれ、おかしいな? ここってギリシャ神話に準ずる世界だと思っていたんだけど……。
そういえば、アスクの口からもギシリャと言う名を聞いた覚えが無い。というか、アテナイも都市名では無く、国名だったのか……。
色々と私の中で思い違いがある気がするな。やはり、ここはセメレに詳しく聞いておいた方が良さそうだ。
「すみません、セメレ。私の思い違いでした。お手間を掛けますが、また詳しく教えて下さい」
「い、いえいえ! お手間だなんてとんでも御座いません! いくらでも話させて頂きます!」
私が頼むとセメレは嬉しそうに笑みを浮かべた。どうやら、家庭教師としての役目を得た事が嬉しいみたいだ。
アスクもそうだけど、何もやる事が無いのも退屈だろう。こんなジジイの相手でも、仕事がある方が人生に張りが出るらしいからね。
「……そういえば、アガウエさんってエチオピアの出身なんですか?」
「いえ、父がエチオピアの血筋で、母はテーバイの生まれです。英雄ペルセウスはご存じでしょうか? その妻であるアンドロメダ様は、エチオピアの王女様でした。その輿入れの際に同行した従者の一人が、私の祖父となります」
ペルセウスと言えば、ゴルゴン退治の英雄だったはず。初日にアスクから聞いたのを覚えている。
というか、アンドロメダとは人の名前だったのか。私の記憶ではアンドロメダ星雲という、星の名前としか覚えていなかった。
「私と息子のライオスは、肌が少し黒いでしょう? これはエチオピアの血が混ざっているからですね」
「……言われて見れば確かに」
言われて初めて気付いた。少し肌が日焼けしてるかな、というレベルの褐色である。日本人の私からしたら、全然違和感の無い肌の色であった。
ただ、セメレは完全な白い肌だし、この地の人達はこちらがスタンダートなのかもしれない。セメレ以外の比較対象がイノちゃんしか居ないので、本当かどうかは確かめられないけどね。
私がアガウエさんの肌をじっくり見ていたからだろう。彼女はくすりと笑ってこう告げた。
「もっと南部の方ですと、アマゾンの部族がいます。女性だけの部族なのですが、彼女達の肌はもっと真っ黒ですよ?」
「……アマゾンの部族? それって、アマゾネスですか?」
もしやと思って私が尋ねると、アガウエさんは目を丸くして頷いた。
「おや、ご存じでしたか? 黒い肌が珍しいのかと思いましたが……」
「いえ、名前を知っている程度でして……。黒い肌も珍しい訳では……」
あれ? アマゾンって南米の方じゃなかったっけ? でも、ギリシャ神話でも名前を聞いた気が……。
う~ん、駄目だな……。記憶が曖昧で良くわからない……。ちょっと良くわからなくなって来たぞ……。
私は腕を組んで首を捻る。そんな私の態度に、セメレとアガウエさんは不思議そうに視線を合わせていた。




