現状把握
私はアスクと共に一階のリビングへと降りた。そして、私は状況を整理する為に、アスクへと問い掛けた。
「ねえ、アスク。どうしてセメレ王女は、自分を奴隷になんて言い出したんだい?」
問われたアスクは首を傾げて少し考える。そして、すっと鎌首を上げ、私へと逆に問い掛けて来た。
「王女達にはここが賢者ケイローンの隠れ家で、ケンジは遠方から来た魔法使いと伝えてある。それと合わせて、この館の後継者でもあるとね。――それを聞いて、王女達はどう判断したと思う?」
「どう判断したか? それって、どういう意味だい?」
私にはアスクの問う意味がわからなかった。そのままの意味だとしか思えなかったからだ。
しかし、アスクは一拍の間を置き、私にこう告げた。
「賢者ケイローンは数多の英雄を育てた偉人として名を馳せている。ヘラクロスにイアソン。アキレウスにオデュッセウス。それらの偉大な英雄を育てた賢者の、最後の弟子にして後継者……。彼女達はケンジの事を、そう判断しただろうね」
「そう、なのかい……?」
確かにこの館を引き継ぎはした。そして、ケイローンの残した魔導書で魔法を学んでもいる。
けれど、それを弟子とは言わない気がする。私はアスクの説明に首を捻るが、彼は構わずに先を続ける。
「賢者ケイローンの後継者に師事出来る。そんなチャンスは有り得ない程の奇跡なんだ。もしそれが叶うなら、あらゆる王族が挙って金銀財宝を貢いで子を送り出すだろうね」
「え……? 私に弟子入りする為にかい……?」
そんな馬鹿な、とは思う。けれど、肩書だけを見れば、確かに私は最高の家庭教師に見えるのかもしれない。
「しかし、セメレ王女は国に戻れず、それ程の莫大な財を用意出来ない。だからこそ、彼女は自らを奴隷にって言い出したのさ。それは彼女の体だけじゃないよ? 身を飾る宝石や従者でさえも、全てケンジの好きにして構わないって言う意味でね」
「え、えぇ~? そういう意味だったのかい……」
初めはお姫様を一晩抱いて良いとか、その程度の意味で受け止めていた。けれど、思ったよりも遥かに重い意味を含んでいたらしい。
いくらなんでも、そんな物を受け取る訳には行かない。私としては目の前の困っている人を、ただ助けてあげたかっただけなのに……。
私は現状を理解して頭を抱える。何の対価も無しは不味いけれど、セメレ王女を奴隷には出来ない。どこが良い落とし所か判断が付かなかった。
けれど、そんな私を見かねたのか、アスクは私に更なるフォローを入れてくれた。
「案外、ケンジの言った妻に迎えるのは良い案かもね? セメレ王女の境遇を考えれば、これ以上の好待遇は無い。勿論、ケンジが嫌でなければだけどね」
「嫌と言う訳では無いんだけれど……。何だか弱みに付け込むみたいで……」
セメレ王女は美女だった。母親とは言え二十台の前半で、映画の女優みたいに綺麗な人だ。
だからこそ、私には釣り合わない相手だと思う。弱みに付け込みでもしなければ、私と結婚なんて話にはならない相手だろう。
しかし、アスクは驚いた様子でこう呟いた。
「弱みに付け込むだって? なるほどね。その辺りも説明が必要なんだね」
どうやら、私はまだ何かを理解していないらしい。私が耳を傾けると、アスクは私に説明を始めた。
「セメレ王女は女神ヘラの怒りにより、呪いを受けているんだ。誰だって巻き添えはゴメンだろう? 事情を知れば、誰でも彼女を追い出そうとする。ケンジの様なお人好しは、そう居るもんじゃないんだよ」
「そう、なのかな……」
確かにこの世界は神が身近な存在である。人々は神の怒りを恐れないはずがない。
けれどセメレ王女は何も悪く無いんだ。ゼウスによって攫われ、孕まされた被害者なのに……。
「そして、セメレ王女は娘のノアを育てる為に、放浪の旅を続けている。けれど彼女の人生はね――苦しみ続けることが義務付けられているんだ。ケンジと言う救いの手を逃せば、彼女は死ぬまで救いの無い人生を送ることになる」
「――っ……?!」
アスクの言葉に衝撃を受ける。ハンマーで頭を殴られたみたいな、強い衝撃が脳裏に走った。
「神の怒りとは理不尽なものだ。それと同時に、どうしようもない天災なんだ。セメレ王女だってそう思って、自分の人生を受けれたはずだよ? そして、今は彼女の目の前に、本来は有り得ない奇跡が起きようとしている」
私には信じがたい状況である。けれど、それがこの世界の常識なのだろう。あまりと言えば、あんまりである……。
「だからね。ケンジが助けたいと思うなら、助けてあげたら良いと思うよ。けれど、セメレ王女達の為にも、相応しい対価は貰わないといけないんだ。そうでなければ彼女達は、いつか追い出されるのではと、ビクビクと怯えながら暮らす事になるからね?」
私からすると対価を欲してはいない。けれど、相手の為にも対価が必要な場合がある。それが今の状況と言う訳か……。
「だから、もう一度言うね? セメレ王女を妻に迎えるのは悪い案じゃない。それは決して、彼女の弱みに付け込む行為では無いんだよ?」
一度は否定的に感じたその提案。しかし、今度はその意味を正しく捕らえられたと思う。
私は後ろめたく思う必要は無いんだ。セメレ王女を救いたいと思うなら、それは相手にとっても喜ばしい対価であるのだと。
そして、私はセメレ王女を助けてあげたいと思っている。私はアスクの話を聞いて、ようやく決心を固める事が出来た。
「……うん、わかった。それじゃあ、セメレ王女の元に戻ろうか?」
「ああ、そうだね。彼女達も待っている。早く戻って、安心させてあげると良いよ」
蛇であるアスクの表情はわからない。けれどその柔らかな口調から、優しく微笑んでいるのだろうと思えた。
私はアスクに頷き返すと、彼を伴ってリビングを出る。そして、セメレ王女の待つ二階へと向かうのだった。




