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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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アスクの提案

 アスクは皆が見つめる中、私に対して硬い口調でその提案を話し始めた。


「前にリリィが話していただろう? この土地は霊脈の上にあり、太陽神の加護があるって。だからね、この屋敷に留まるのなら、王女様は呪いの効果を受けずに済むんだ」


「「「――なっ……?!」」」


 アスクの言葉にセメレ王女達が絶句していた。どうやら、その辺りはまだ彼女達も聞かされていなかったらしい。


 何やら縋る視線を感じていたので、てっきり何か話を聞かされていたのかと思ったんだけどね。


「流浪の旅は大変だろう? 王女様達にとっては魅力的な話だと思う。けれど、彼女達にの滞在をケンジが許すなら、いくつかの制約が生れると知っておく必要があるんだ」


「制約? それはどんな内容なのかな?」


 お姫様が幼子を抱えての旅である。二人の従者が居るとはいえ、それはとても厳しい旅では無いかと思う。余程の制約で無ければ、それは受け入れる価値があると思うのだけれど……。


「まず一つ目は、王女様はこの屋敷から離れられない。生涯をこの屋敷で生活しなければならなくなる。屋敷から離れる事は出来るんだけど、そうしたら二度とここには戻れなくなるからね」


 確かにアスクの言う通りだ。同じ場所に留まると、衰弱死する呪いを受けている。一度でも離れてしまえば、戻りたくても戻れなくなるのだ。


「二つ目は従者の方々にも同じ制限が掛かる。ここから離れるのは構わない。けれど、一度離れたら二度と戻って来ては行けない。この屋敷は神の目すら誤魔化す結界が張られているんだ。けれど、従者がここへ出入りすればヘラ様も気付く。そうなれば、こんな屋敷は簡単に潰されてしまう」


 アスクの話を聞いて、アガウエさんとライオス君が真っ青になる。ここに戻れない事を恐れているとは思えない。恐らくは、女神ヘラの怒りを恐れての事だろう。


「三つめはイノにも同じ制限が掛かる。ただし、この子は屋敷から離れる事すら許されない。この屋敷を離れてヘラ様の目に付けば、きっと痕跡を辿られる。そして、ゼウス様の子と気付かれて、イノも屋敷もヘラ様の怒りに焼き尽くされる」


 アスクの言葉にセメレ王女は息を飲む。この決断が自らの子の運命を決める事になる。そう簡単に決断出来る事では無いだろう。


 セメレ王女達が苦悩していると、アスクはそれを一瞥した後、改めて私に視線を向けた。


「そして、この先の話はケンジ向けだね。ケンジが許す限り、彼女達はこの屋敷への滞在が許可される。けれど、ケンジが死ぬかこの屋敷を離れるなら、彼女達は客人ではいられない。彼女達の処遇は太陽神に委ねられる事となる」


「――っ……?!」


 アスクの言葉に私は嫌な汗が流れる。老い先短い老人に対して、その条件は過酷過ぎないだろうか?


 そして、私はこの世界の神々の価値観を知っている。気紛れで救われる可能性もあるが、高確率で不遇な扱いを受けるはずだ。


 何せ神々にとって人間の価値は非常に低い。その太陽神とやらが、ヘラの怒りを考慮してまで、人間の見方をするとは思えない……。


「――けれど、これは一つだけ回避策がある」


 暗い先行きに俯く私に、アスクの言葉が届いた。私が顔を上げると、アスクは声を和らげこう告げた。


「イノを次期後継者として指名しておく手だ。この子をケンジの弟子にして、魔女として育てておけば問題は回避出来る」


「……この子を、私の弟子にだって?」


 私はベッドに横たわる幼子に視線を向ける。まだ顔は赤いが、先程よりは状態が落ち着いて見えた。


 それ自体は良いのだが、私だって魔法使いの駆け出しだ。そんな私が五歳程の少女を育てる事が出来るのだろうか?


 思い悩む私に対して、アスクは息を吐きながら含みのある声でこう告げた。


「ああ、心配はいらないよ。イノはゼウス様の血を引いている。血統だけで言えば(・・・・・・・・)この上なく極上だ。そんなに手をかけなくても、きっと優秀な魔女に育つよ」


「ゼウス様の血、か……」


 確かにアスクから聞かせて貰った英雄は、その多くがゼウスの血を引いている。ゼウスの血を引く子供は、高確率で優秀な存在に成長するのだろう。


 最もその多くは出自が不遇で、その運命は苦難の連続だ。それが成長の要因かもしれないので、余り喜べる要素とも言えないのだが……。


 アスクの言葉に私が唸っていると、アスクはしばらく間を置いた後、私に対してこう告げた。


「まあ、彼女達には実質選択肢が無い。これは千載一遇のチャンスだ。決して断りはしないだろう。むしろ、問題はケンジの方だよ? ケンジの事だから助けるつもりだろうけど、君はその対価に何を要求するつもりかな?」


「えっ……?」


 アスクに問われて、私はポカンと口を開く。私がセメレ王女達に何を要求するかだって?


 私が固まってアスクを見つめると、彼はやれやれと首を振ってこう告げた。


「君は彼女達の人生を背負おうとしてるんだよ? 何の要求も無しに、ただ客人として面倒を見る気かい? 流石に僕としては、それをお勧めしないよ?」


 アスクに言われて確かにと思う。私はこの親子を助けようとしていた。そして、それに対する対価なんて何も考えていなかった。


 私の余生なんてたかが知れている。別に無償で救ったって良いのかもしれない。けれど、それはアスク達の存在が無ければだ。


 私はアスク、リリィ、アステリオスの主人と言う立場である。何の要求も無しに皆に協力を仰ぐのは、流石に違うだろうと思えたんだ。


 そして、私が腕を組んで考えていると、セメレ王女が私のすぐ側に身を寄せて来た。


「魔法使い様の御目に適うのでしたら……。――この身は対価にならないでしょうか?」


「…………は?」


 セメレ王女は私の目の前に立ち、真っ赤な顔で私を見つめていた。顔を赤くしていると言う事は、そういう意味で合っているのだろうか?


 けれど、私は還暦を迎えたジジイである。流石にその提案は、どうかと思うのだが……。


「どうかこの身を、ご自由になさって下さい」


 やはり間違いでは無い。セメレ王女の潤んだ瞳が、本気であると告げている。


 どう断れば彼女を傷付けずに済むのだろうか? 私にはそれがわからず、ただ頭を抱える事しか出来なかった。

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