治療と相談
私は完成したポーションを持って寝室へと向かう。ノックの後に部屋に入ると、皆の視線が私に集まる。
母親と従者の二人は、妙に緊張した雰囲気を感じさせている。私はそれが気になりつつも、ポーション瓶を母親へと手渡した。
「このポーションを飲ませて下さい。失われた体力が回復し、病気の治りを早めてくれるはずです」
「感謝致します、魔法使い様。それでは、ポーションを頂戴致します」
私に対する呼び方が変わっている。恐らくはアスクが彼女に何らかの説明を行った為だろう。
三人が深々と頭を下げた後に、母親はポーションを受け取った。そして、アガウエさんは素早く子供の額から手拭いを取り、もう一人の青年が子供の上半身を抱き起した。
「イノ、口を開けて。これを飲めば楽になるからね?」
母親の呼びかけに、イノと呼ばれた少女は薄っすら瞳を開ける。意識が朦朧としているのか返事は無かった。
けれど微かに口が開き、母親がポーションを少しずつ口に含ませる。イノちゃんはゆっくりではあるが、時間を掛けて全てのポーションを飲み干した。
母親はホッとした様子を見せ、青年は再びイノちゃんをベッドに寝かせる。アガウエさんが濡らした手拭いを額に置くと、母親の女性は改めてこちらに頭を下げた。
「魔法使い様、本当にありがとうございます。貴重なポーションまで頂けるとは思っておりませんでした。対価としてこの指輪で釣り合えば良いのですが……」
母親は指から指輪を取り外す。それは銀のリングに赤い宝石が飾られた指輪。どう見ても高額な品にしか見えない。
私はギョッとして一歩引く。そして、慌てて首を振った。
「い、いえ! そんな物は受け取れませんよ!」
「こ、これでは不足でしょうか? それでは、このネックレスならば……」
女性は自らの首元に手を当てる。そこには沢山の宝石が連なる、黄金のネックレスが存在していた。
どう見ても、とんでもない値打ちものである。私が混乱して口をポカンと開いていると、見かねたアスクがテーブルの上から割って入ってくれた。
「僕の友人は金品に興味が無いんだ。そんな事よりも、改めて事情を説明して貰えるかい? ケンジの判断次第だけど、君達の助けになってくれると思うよ」
「アスク様……。確かにその通りですね。まずは、自己紹介からさせて頂きます」
ベッドの横に膝を付いていた女性は、立ち上がって改めて一礼する。そして、ニコリと微笑みながら自己紹介を始めた。
「私はテーバイの王女セメレと申します。そして、この子の名前はイノ。従者のアガウエ、ライオスと共に旅をしている最中となります」
テーバイの王女? 随分と身なりが良いと思ったけど、お姫様だったって事か……。
私は納得すると同時に疑問も浮かぶ。どうして、お姫様が数少ない従者と共に、こんな森の館にやって来たのかと言う事である。
そして、その疑問の答えは、彼女の口から語られた。
「イノの父親は全知全能の神ゼウス様です。そして、私はゼウス様の子を身ごもった為に、妻のヘラ様より呪いを掛けられております。同じ場所に一日以上滞在すると、衰弱して死んでしまう呪いです」
「――はっ……?」
ゼウスが全知全能の神と言うのは知っている。アスクから教わったのだが、オリュンポス山で全ての神々を統べる最高神であると。
そして、その流れでヘラの存在も聞かされている。ゼウスの姉であり、正妻でもある女神。とても嫉妬深い神だと聞いたけど……。
「一度訪れた場所に戻る事も許されません。それ故に、私は一度も訪れた事のない場所を、供を連れて彷徨い歩いております……」
「えっと……。ゼウス様と不倫なされたのですか? その、ヘラ様の存在を知っていて?」
私が唖然として尋ねると、セメレ王女は言い難そうに俯いた。その代わりに、従者のアガウエさんが前に出て叫んだ。
「違うのです、魔法使い様! 姫様は攫われたのです! 拒否する事も許されず、子を孕まされてしまったのです!」
「え……? 攫われた……?」
涙を滲ませ憤慨するアガウエさんの姿に、私は再び唖然となる。それは流石に不倫とは言わない。強姦と言う奴ではなかろうか?
それで女神ヘラから嫉妬で呪いを受けた? それって、セメレ王女自身に責は無い。完全に被害者って事になるんじゃ……。
「うん、ケンジ。割と良くある事さ。ゼウス様の血を引く英雄の話をしただろう? その英雄の半分くらいは、そんな感じで生まれて来ているからね」
「…………」
まさに絶句と言うやつだ。開いた口が塞がらない。余りの非道さに、頭が変になりそうだった。
この世界の神様って、そこまで非常識だったのか? というか、私がこの世界では異端と言う事になるのだろうか?
余りにも胸糞が悪い。ゼウスの所業に吐き気さえ覚える。けれど、そうして憤る私に対して、アスクはいつもの陽気な口調でこう告げて来た。
「さて、そこでケンジに相談だ。まあ、ケンジがどう判断するかなんて、聞くまでも無いんだけどね」
「……相談だって?」
いつも通りのアスクの態度に、私の気分も少し和らぐ。いつも思っている事だけど、本当にアスクの存在は私の救いになっていると思う。
私の気持ちが落ち着くのを待ってくれたのだろう。アスクは少しばかり間をあけて、私に対してこう問いかけた。
「色々と制限はあるけど、彼女を救う手立てがある。僕の話を聞いてくれるかい?」
「勿論だよ、アスク。話を聞かせて貰えるかな?」
いつも通りの私達のやり取り。このやり取りだけで、きっと何とかなると思えてしまう。私は信頼しながらアスクの言葉に耳を傾けた。
セメレ王女が必死の眼差しで見つめる中、アスクは私へとその提案を話し始めた。




