治療開始
真っ赤な顔で苦しむ少女を、私の寝室へ招いてベッドへ寝かせた。他の部屋やベッドはあるけれど、シーツが埃まみれなので、現状はここ以外は使えなかった。
そして、母親に断って額に触れる。かなりの高熱であり、とても辛そうなのが良くわかる。まずはこの高熱を抑える必要があるだろう。
「アスク、どう思う? 解熱のポーションを作るべきかな?」
「いや、見た感じ高熱だけだろう? なら、熱は濡れたタオルで冷やす程度で良いと思うよ。それよりも、体力を回復させてあげるべきじゃないかな?」
アスクの回答になるほどと納得する。体が熱を上げて病原菌を殺そうとしているのだ。下手に熱を下げ過ぎない方が良いのだろう。
そして、この熱は一昨日からだと聞いている。この苦しみようから、食事が取れているとは思えない。病気に負けない為には、まずは体力を付けさせるのが先決である。
「お母さんはこちらで子供を見ていて下さい! まずは、頭を冷やす物を用意します!」
「畏まりました、館の主様。――アガウエ、この御方のお手伝いを!」
母親の女性はまだ年若い女性だ。恐らくは二十台の前半では無いかと思う。
けれど、従者のおばさんへと威厳ある声で命令を下していた。アガウエと呼ばれたおばさんは、ペコリと頭を下げて俺へと視線を向ける。
「では、まずは一階の台所へ向かいましょう。付いて来て下さい」
俺が声を掛けると、アガウエさんは隣の青年へと視線を向ける。その青年は緊張した面持ちで、アガウエさんへと頷き返す。
母上であるお嬢さんを任せたと言う意図だろう。俺はそれを横目に寝室を飛び出し、一階の台所へと向かった。
足元を見るがアスクは付いて来ていない。どうやら、親子の様子を見守る事にしたみたいだ。
私は台所へ飛び込むと、桶と手拭いを引っ張り出す。そして、魔道具によって桶に水を満たすと、アガウエさんへとそれらを手渡す。
「アガウエさん、で良いんですかね? 濡らした水でお嬢ちゃんの額を冷やしてあげて下さい。私はこれからポーションを作りに調合室へと向かいます」
「――っ……?! か、畏まりました! お願い致します、館の主様!」
そういえば、互いに名乗り合ってもいないなと、今になって気が付く。けれど、それ所では無いのも確かだろう。
私は挨拶は後回しにすると決め、桶と手拭いをアガウエさんに託して台所を飛び出す。次にやるべき事は、体力回復のポーション作りだ。
ただ、レシピは頭に入っているけど、材料が調合室に揃っていない。素材となるハーブ――この場合は薬草と言うべきか――を貰わなければならないな。
私が玄関に向かって扉を開くと、すぐ目の前にリリィが立っていた。
『もしかして、ポーションの素材はご入用かしら?』
「――っ、流石リリィだね! 体力回復ポーションを作りたい!」
『なら、これとこれね。はい、どうぞ。持って行って、ケンジ♪』
リリィは腕の中から必要な素材を手渡して来た。こうなると考えて、初めから必要になりそうなハーブを見繕ってくれていたらしい。
やはり、リリィは気遣いの出来る良い子だ。私はハーブを受け取ると、リリィへと笑顔で告げる。
「ありがとう、リリィ! やっぱり君は最高だよ!」
『ふふっ、そうでしょう? 頑張ってね、ケンジ♪』
死にそうな子供に同情し、自らの役目を曲げたアステリオス。何を言わずとも、私の意を汲んでくれるアスク。そして、先んじて準備をしてくれていたリリィ。
この館の住人は、皆が素晴らしい心根の人物だった。そんな皆の存在が、私にはとても誇らしかった。
そんな彼等が私を新たな主人に迎えたいと言ってくれたのだ。ならば、私にはそれに相応しい振舞をする義務がある。
私は調合室に飛び込むと、最近使い続ける器具を並べる。そして、決して失敗しない様に、魔導書を片手にポーションを作り始めた。
「絶対に助けてみせる……。今度こそ絶対に……」
子供を失う悲しみなんて、無い方が良いに決まっている。何処の誰かもわからないけど、あの母親に同じ苦しみを味わって欲しくなんて無い。
私は深呼吸をして、溢れ出す感情をまずは沈める。そして、冷静になったのを確認してから、ポーション作りを開始した。
妻の幸子は出産時の出血で死んだ。娘の愛子は交通事故で死んだ。あの頃の私には何も出来なかった。大切な人を癒す術を持っていなかった。
けれど、この世界では違う。まだ僅かではあるけれど、私には人を癒す術がある。魔法の力で他の人に出来ない事が出来る。
ならばきっと、これが私の成すべき事なのだろう。最愛の妻と子の導きだと信じ、私は私の成すべき事を開始した。




