神々の存在
この不思議な世界へやって来て十日目となる。その間にアスクから色々な事を学び、わかって来た事がある。
その一つが、ここはギリシャ神話に似た世界。けれど、やはり異世界だと言う事実である。
「つまり、女神アテナの守護する都市国家アテナイは、海神ポセイドンの子孫が治めるアトランティスと戦争中って事なんだね?」
私はリビングのソファーに腰かけ、テーブルの上のアスクに尋ねる。彼はいつも通りの陽気な声で答えてくれる。
「その通りさ、ケンジ。アテナイはアテナとポセイドンの両神が競い合い、アテナが勝ち取った土地なんだ。けれど、ポセイドンはそれを未だに根に持ってると言う訳さ」
私は顎に手を伸ばして髭に触れる。撫でるとシャリシャリと音がする程度には、私の髭も伸びてきている。
けれど、この屋敷には鏡が無く、私自身はその姿を見る事が出来ない。水面やガラス窓等から、ぼんやりと輪郭程度はわかるのだけれどね。
ああ、ちなみに鏡が無いのは魔術的な意味合いらしい。外から覗き込まれ無いようにと、以前の主人が鏡を持ち込まない様にしていたそうなのだ。
「アテナはゼウスの娘で、ゼウスはアテナを溺愛している。だから、海神ポセイドンも表立ってアテナに手を出せない。そんな訳もあり、ポセイドンは自分の子孫を使って、アテナに嫌がらせをしているんだ」
「ゼウスが相手だと、ポセイドンも強気に出れないって事かな?」
「ゼウスはオリュンポス十二神の頂き。この世界の支配者だからね。力ではまず勝てないし、ゼウスはポセイドンの命の恩人でもある。更にポセイドンはゼウスの兄でね。まあ、色々と複雑な関係と言う奴なのさ」
つまり、アテナにとってポセイドンは伯父と言う事になる。腹いせで姪っ子に嫌がらせをするとか、ポセイドンの器はどれだけ小さいのだろうか……。
「そして、アトランティスは軍事国家と言える程の武力を持つ国だ。本来ならば他の国々を侵略してもおかしくない。けれど、ポセイドンがアテナイに執着しているから、その他の国には手を出せない状況にある」
「そんな国に狙われるアテナイも大変だね……」
「なあに、そこはアテナのご加護と言う奴さ。都市の守護女神として敬われる彼女は、堅牢な国を作ってアトランティスも手が出せない。この世界が安定しているのは、アテナのお陰と言っても過言では無いね」
アスクの説明でまた一つ理解した。この世界は神々の影響力が大き過ぎる。
色々な場面で神々が顔を出すし、英雄や王族に神々の血縁者が沢山いる。半神半人の子供達でも、歴史を変える程の力を持っていたりする。
この館の元の持ち主である賢者ケイローンも、実はクロノスと言う神の子供だ。母親はニンフなので半人では無いけど、実はゼウスの腹違いの兄でもある。
私もギリシャ神話に詳しい訳では無いけれど、所々で知っている名前が出て来る。そんな神話の神々が、この世界では現実として君臨している訳である。
「う~ん、ゼウスはこの世界の秩序を守護しているんだよね。その戦争に介入しないのかな?」
「ゼウスは人間をそこまで好きじゃないからね。暇な時に遊ぶ玩具くらいの感覚なのさ。だから、全滅するとかは困るけど、戦争で数が減る位は気にも留めないだろうね」
アスクの説明に私は絶句する。この世界の最高神は、人間に寄り添うタイプでは無いらしい。
それに兄のポセイドンも人間の国家に戦争を吹っ掛けている。この世界は人間にとって、とても生きにくい場所なのではなかろうか?
私が呆然としていると、アスクは楽しそうに笑いながら続けた。
「まあ、実際の所それで人間が滅ぶ訳じゃ無いしさ。神の血を引く人間の子は、その親や神々から寵愛を受ける事もある。決して全ての神々が、人間にとって害ある存在って訳でも無いしね」
「なるほどね。アテナイを守護する、アテナみたいな女神もいる訳だしね」
「……まあ確かに、アテナは他の神々よりは人間寄りだけどね。ただ、彼女は彼女でトロイア戦争の引き金になったりとかね……。かなりプライドが高いから、注意が必要な女神でもあるからね?」
何故だろうか? 神々のフォローをしたと思ったアスクが、今度は含みのある言い方をして来た。
どう判断すべきか迷う私に、アスクは陽気な声でこう続けた。
「つまり、神々は基本的に自由奔放なのさ。気まぐれで助けてくれる事もあれば、災害としか言いようが無い被害を与える事もある。出来るだけ近寄らず、怒らせない事が肝心だと僕は思うね」
「なるほどね。触らぬ神に祟りなしって奴か……」
私の知る神様とは価値観が全然違うみたいだ。決して人間に対して、慈愛の精神等は持ち合わせていないと言うことらしい。
どちらかと言えば、日本で言う所の土地神に近いのかもしれない。祀っていればご利益もあるけど、下手に怒らせると祟られたりもする。
とても人間臭くて、人間よりも傲慢なのかもしれない。アスクの言う通り、出来るだけ近寄らない方が良いと言う事だろう。




