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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
2/16

目覚めると異世界

 目を覚ますと見知らぬベッドで眠っていた。身を起こして周囲を見るが、いつもの寝室では無い。何処かわからない、古民家らしき一室だった。


 一瞬は夢かと思ったが、それにしては意識がハッキリしている。それになにより、白のTシャツにジャージのズボンと、私の身なりが余りにもいつも通りだった。


 ひとまずベッドを降りようとして、足元にスリッパが置かれている事に気付く。使って良いのか迷いはしたが、恐らく問題ないだろ判断して足を入れる。


「――お目覚めの様だね。異世界からの来訪者さん。まずは、おはようと言うべきかな?」


 突然掛けられた声に、私は驚いて動きを止める。そして、声の主を探して部屋を見回す。


 しかし、それ程広くない寝室に、人の姿は見当たらなかった。ただ、壁際に置かれた小さなテーブルの上で、白い影が動くのが見えた。


「おや、返事はくれないのかな? それとも、僕の言葉が通じていないかな?」


「あ、いえ、通じています。おはよう御座います。……で、良いのですかね?」


 私はテーブルの上の白い影――白い蛇へと返事を返す。白蛇はチロチロと舌を出すと、満足そうに頷いて見せた。


「言葉が通じて一安心だ。僕は使い魔のアスク。この館の管理を任されている者さ。それで、君の事は何て呼べば良いのかな?」


「私の名前は中村賢治なかむらけんじです。家名が中村で、名が賢治。好きな様に呼んで下さい」


 私は蛇を相手に馬鹿丁寧な返事を返す。そんな自分を少し滑稽に思うが、得体の知れない相手に横柄にもなれない。


 そして、そんな私の態度が気に入ったのだろう。白蛇のアスクは機嫌良さそうな声で話しかけて来た。


「使い魔は知っているかな? 魔法使いと契約し、知性と魔力を得た生物なんだけど?」


「一応、お話としては聞いた事がありますね。実物を見るのは初めてとなりますが……」


 勿論、それは本や映画等の創作物の中での話だ。某魔法学園の映画では、フクロウを使い魔にしていた気がする。


 ただ、如何せん私も年なので記憶が曖昧な部分もある。そもそも、その映画もテレビで放映されていたものを、何となく横目で見ていた程度だしな。


「そうか、魔法の知識はありそうだね。それは説明が省けて助かるよ。何せ異世界からの客人は初めてでね。どう扱ったら良いか、こちらも手探りなんだ」


「アスクさん、ちょっと待って下さい。その、異世界とは何でしょうか? それに私はどうして、ここで眠っていたのでしょうか?」


 白蛇と話している状況も意味がわからないが、そもそも私がここに居る理由がわからない。どうもアスクさんの話を聞くに、ここは私の居た世界とは別物の様に思えるのだが……。


 混乱しながら問う私に、アスクさんはその鎌首をゆっくり上下させる。そして、明るい口調で問いに答えてくれた。


「そりゃあ、目覚めたら異世界だ。混乱するのは当然だよね? 異世界は言葉の通りさ。ケンジの住んでいた場所とは異なる世界。何故、君がここにいるかは僕にもわからない。ただ、波長が合う人間が稀にこの世界に迷い込むそうだ。――ああ、それと僕の事はアスクで良いよ」


 私の問いにスラスラと答えるアスクさん――いや、アスク。信じがたい話だが、私は異世界に迷い込んだらしい。最も目の前の白蛇を前に、それが嘘だと疑う気は無かったが。


 私は何から問うべきかしばし迷う。けれど、まずは相手への礼節だろうと私は判断した。


「それでは、アスク。まずは君の主人に挨拶出来ないかな? 勝手にベッドを使ってしまったので、その謝罪もしなければならないしね」


「ああ、それは無理だね。前の主人は五年前に死んじゃったからね。賢者ケイローンって知ってるかい? 頭は良いんだけど、下半身が馬なんだぜ? ケンタウロスの中じゃあ、かなりの変わり者だったね」


 やはりここは異世界なんだな。この屋敷の元持ち主は、人間では無くケンタウロスだったらしい。


 そして、彼は既に無くなっている。という事は、この屋敷は今は主が不在と言う事だろうか?


「まあ、そんな事より腹は減ってないかい? 良ければ屋敷の案内がてら、朝食を用意させて貰うよ?」


 問われて私は自らの腹を押さえる。毎朝しっかり食べる習慣だった為、確かにお腹は空いていた。


「それではお願いできますか? ただ、私も年なので軽めの朝食だと助かります」


「なあに、それは心配ないさ。屋敷の裏手に農園があってね。ここで食べれる物は、そこにある野菜くらいのものだからね」


 確かにそれならば、脂っこい物が出る事は無いだろう。米や味噌汁等は期待出来ないが、それでも食べさせて貰えるならば有難い話だ。


「ああ、そうそう。ただ、一つだけ問題があってね。ケンジにお願いしなきゃならない事があるんだ」


「私にお願いですか? それは何でしょうか?」


 食事の対価が必要と言う事だろうか? 残念ながら今の私は無一文だ。身に付けた衣服以外に、自分の持ち物が一切なかったからね。


 私は何を要求されるのかと少しばかり身構える。けれど、アスクの要求は私が思うよりずっと簡単なものだった。


「この通り僕には手が無くてね。野菜の収穫も調理もセルフサービスなのさ。食べたい分だけ自分で取って、必要そうなら自分で調理してくれるかい?」


「その程度はお願いする程の事でもありませんよ。働かざるもの食うべからずってね」


「それはケンジの世界の言葉かい? 良い言葉だね。それじゃあ早速働いて貰おうか」


 アスクは側の椅子を伝ってスルスルとテーブルから降りる。そして、扉の脇にある小さな穴から外へと向かった。恐らくその穴は、彼の為の通り道なのだろう。


 その部屋の作りに私が感心していると、穴からアスクが顔を出してこう告げた。


「その扉もセルフサービスさ。勝手に開いたりしないから、開けるのは自分の手でどうぞ」


「わかったよ、アスク。それじゃあ、案内を頼めるかな?」


 私はくすっと笑って扉に向かう。そして、扉を開くとアスクは穴から顔を引っ込めた。


 私が廊下に出ると、アスクはスルスルと木製の廊下を滑って行く。私はその後をゆっくりとついて行く。


「ケンジにとびきりの朝食を振舞おう。とびきりになるかはケンジ次第だけどね?」


「それはそうだね。それじゃあ、張り切って腕を振るうとしようか」


 異世界に迷い込んだばかりだと言うのに、私はこの陽気な白蛇との会話を楽しみ始めていた。


 こんなに楽しい気分は何年ぶりだろうか? 愛子を無くして既に二十年が経つ。あの時から動かなくなった心が、久々に揺れ動いた気がした。


「――っ……」


 しかし、同時に無くした妻と子の顔が脳裏に浮かぶ。その悲しみも蘇り、私の心はすぐにその動きを止めてしまうのだった。

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